第七十二話 再び立つ元凶
「----これで……祟りが解ける……」
ようやく目的が成就すると考えたベガは思わず焦りを見せるも必死に落ち着こうと息を整えようと深呼吸。一息を置いてから窪みにしるしをはめ込もうとしたときだった。
「待ちなさい!!」
『--!?』
静止の声がかかる、それはベガ達にとっては予想だにしなかった声だった。聞き覚えのある声のした方角へと振り向くとベガの表情が一変--憎悪に満ちた顔つきへと豹変していった。
「あ…あなたは…?」
それもそのはず静止の声をかけたのはベガにとって最も忌むべき存在であり、ベガ自らが止めを刺した怨敵、サザンドラ--アルタイルであったからだ。
リンにとってもかつて自分を攫った元凶ともとれる存在--故に少なからず彼女の中で恐怖感が芽生え全身を硬直させてしまう。しかしリンはアルタイルの異変に気づいた。
眼前にいるサザンドラの様子は今までのアルタイルの凶悪なイメージとはかけ離れていた。申し訳なさからか苦々しい顔つきのままがっくりと項垂れていた。
「ごめんなさい!!ですが祟りを解くことだけは見過ごせません!!」
彼の口から出たはじめの言葉は謝罪であった。しかしベガは聞き逃さなかった。アルタイルは祟りを解くことを邪魔しようとしていることを。かつて自身の故郷を奪った憎悪--そして目的を邪魔しようと立ちはだかれたことに対する怒り。今のベガにはこの二つ以外に何も占めていなかった。
反射的にベガはアルタイルに飛び掛った。飛び掛った直後闇雲に足で殴りつけたり噛み付いたりとただひたすらにアルタイルを痛めつけていた。
しばし時間を置いてリンが気づいた。ベガにボコボコにされているアルタイルが全く抵抗をしていないことを。どれだけベガが痛めつけようとしてもアルタイルは全てその攻撃を受けようとしていた。慌てて一方的に痛めつけるベガを制止する。
「止めるなリン!!こいつだけは…こいつだけは……ッ!!」
目が血走ってるベガはまるで聞く耳を持たない。仕方ないと力ずくで止めにかかった。漸くベガからの攻撃から免れたベガは上半身を起こしながら重い口を開いた。
「--あの祟りを解いてしまえばベガ……あなたは消滅します」
「ど、どういうこと!?」
深刻な表情のアルタイルは祟りを解いてしまえば、その矛先は本来祟りを受ける対象であったベガに向かうことを示唆する。
しかしアルタイルの言うことなぞ信用できるかかと言わんばかりに攻撃を再開する。それでもアルタイルは抵抗する素振りさえも見せない。
とても攻撃を止める気配がないところを見て力ずくでリンがベガを制止する。制止され冷静さを取り戻したベガは今まで自身が知らなかったアルタイルの顔つきを目にする。
そのライト達を従えていた冷酷さも、本来彼が持ち合わせているひょうきんさもないその神妙なアルタイルの面持ちからとても下手な嘘をついているとはベガでさえも思わなかった。あの冷酷非情なアルタイルからは想像もできないような顔つき。はじめてベガは彼が口にしたことに耳を傾け始めた。
「ベガ……これ以上あなたの邪魔立てをすることは忍びないと思っています。ですが!それでも祟りを解くというのですか!!」
一度ベガの全てを奪ってしまったアルタイルは彼の命そのものを失うことが許せなかった。しかし図らずもまたベガ達の邪魔立てをすることになってしまっていた。
ベガは自分のしていることが自身を亡き者にしようとしていたことに気がつかされる。少し前までの彼なら躊躇うことなくアルタイルを蹴散らし、なおかつ祟りを解かずに放置していたに違いない。
「嗚呼、そのつもりで私はここに来た」
ベガはためらうことも、臆することもなく断言する。そんなベガの顔つきもまた下手な嘘はとてもついているような顔つきではなかった。この場に居合わせた全員が信じられないといわんばかりに驚きを見せる。
「私がこんなことをクチするような奴ではなかったからお前たちも到底信じられないだろうな。確かに私は祟りから逃れてすぐに復讐にとりつかれアルタイル、お前を始末することしか頭になかった。そしていつしか一番大切なことを忘れていった……」
真剣な表情で語るベガ。次第に彼の瞳が潤んでくる。
「そして長い時を経てリンの世話になったときに私は久しぶりに夢でアイツにあった……。こんな碌でもない私のことを今でも慕っていてくれていた……。だからアイツ--サーナイトにはこの世界でもっと生きていて欲しい……。こんなクズみたいな私が生きながらえるよりよっぽどな……」
自らをクズと称し、命を投げ出すこともいとわないベガの決意。そんな彼もまた今までの他者を見下していたあのときのベガとは似ても似つかなかった。
「アルタイル、貴様のしでかしたことを許す気など毛頭ないが私がお前を非難--まして復讐する資格もなかった。お前がお前なりに改心し、罪滅ぼしをするなら私も私なりにできる限りの罪滅ぼしをする……だから邪魔をしてくれるな」
「……しるしをはめ込む時は、祟りを本気で解きたいと願ってください。一瞬でも迷えば祟りは解けません」
潤んだ目を拭いながらベガはアルタイルの前に立った。その真剣そのもののベガの顔つきにアルタイルは彼に忠告すると共に道を譲った。そしてそのままベガはしるしを置くであろうくぼみの前に立ち、そのまましるしをはめ込む。
「--!!?ぐっ!?な、なんだ……これは……!?」
はめ込むと同時にベガの体中の血液が沸騰するのではないかと感じるほどの熱さに見舞われるが。必死に倒れまいと地面を踏みしめるが熱さはさらに激しさを増し、ベガの体力をあっという間に奪ってしまう。
これが本来自身が受けるべき祟りなのかと、そして自分が最も愛していたパートナーはこんな自分のためにこれだけ辛い目にあって来たのかと。
「--すまない……」
彼が最後に口にした言葉--それはベガが始めてした”謝罪”であった。