第七十話 確信に変わる疑問
突然血相を変えて救助隊基地から出て行ったベガ、そんな彼が戻ってきたのは翌日になってからのこと。しかしリンが眠気を堪えながら出迎えた先には傷だらけになったベガの姿があったのだった。
リンが出迎えた途端に崩れ落ちるベガの体を慌ててリンが介抱する。呼吸も荒く少し診ただけでも相当な傷を負ったことが伺える。
「ど、どうしたの!?その傷?」
「な、なんでもない……!!」
「なんでもない傷じゃないでしょう!?」
リンに声を荒らげられて思わず体を引き攣らせる。が、その動作だけでも体に障るのか傷の痛みに全身が見舞われた。急いで手当てを施す。慣れた手つきで手当てをしつつリンはベガに対して事情を説明を求めるも彼は口を開くことにない。
何度か言葉を変えて尋ねてみるもやはりベガは全く口を開けなかった。
「”ひょうせつのれいほう”……」
「--?何?」
しばしの時間を置いて漸くベガが口を開いた。彼が口にしたのはかつてグラスが逃避行の旅に出かけた際に訪れたダンジョンの名前だった。リンもその地の名前は耳にしていた為その地を把握していた。
「そこに連れて行ってくれ……事情はそこで話す……」
いつになく深刻な表情と共に頭を下げる。プライドの塊とかつてトノに(勝手に)称されたベガが真摯な態度で頼み込むその姿にリンも無碍に断ることはできなかった。そのときだった。
気配を感じた。その気配はトノでもラックでもグラスのそれでもなかった。見知ったもののそれではないと判断したリンは片手に銀の針と共に外へと飛び出した。
気配の主の名前をベガが、その主の呼称をリンが口にする。グラスが師と仰ぎ尊敬していたかつてブラザーズと共にアルタイル一味と戦ったあのポケモンだった。
「お師匠様!?」
「シリウスか……」
リンもベガもなぜこんなところにと言わんばかりのリアクション。若干の敵意をむき出しにするベガに対して少し申し訳なさそうなシリウスの態度から彼女のほうも意図せずに耳にしたことが伺えた。
事情を察したのかシリウスは彼らに協力することを申し出る。
「だ、大丈夫ですよ!!飛行手段もあるからそっちで行ったほうがはやいと思うし--」
(そうだ。何もお前の助けまでも受けるまでもない)
リンは申し訳なさからか、ベガは鬱陶しさからかその申し出を半ば拒否。しかしそう容易くシリウスもひくことなく折れずに続ける。
彼女はその飛行手段をフライゴンのクラッシャではないのかとたずねてきた。飛行手段の彼を”極寒地であるひょうせつのれいほう”に連れて行こうものなら機能しなくなるのではないかと。
「そんなこといっても、お前だって草タイプだろう?」
「大丈夫よ。わたしは彼と違ってそう簡単にやられたりはしないわ」
「お前……意外とハッキリ言うんだな……」
遠まわしにでもなくクラッシャを弱いと切り捨てたシリウスに若干辟易とするベガ。そんな彼を意に介することもなくシリウスは自分に任せてと豪語。いつになく積極的な彼女の態度にリンも承諾した。
この日と翌日はベガの治療に専念。出発は明後日となった。
~~ ひょうせつの れいほう ~~
ビリジオン--シリウスの背に乗せられてダンジョンまで到着した二人。それまでにかかった時間はベガの足で向かった時の時間の半分もかからなかった。それほどの長距離を長時間走ったにも関わらずシリウスは息一つあがっていない。
ダンジョン道中でも彼女がほとんどの敵を倒していた。これだけの実力あればあれだけ豪語できるのも至極当然なのかもしれない。
「ベガ……」
リンはそんなシリウスの実力を見る傍らでふっとベガへと視線を移す。彼の表情は見るからに緊張が先走っていた。他者に対してみせる尊大さや、自身へと見せている信頼の態度すらも微塵も感じないほど落ち着きがなくなっていた。まるでベガとは全く違う別のニンフィアかと思うほどだった。
何故彼がここまで緊張しているのか、そして昨日はなぜ突然あの場から消えたのか--
ダンジョンの最深部へとたどり着いた。ベガはこの地の主であるキュウコンの名前を大声で呼びつけた。そのポケモン--キュウコンはさして時間もたたずにベガたちの前に姿を現す。
そんなキュウコンの姿を見たベガの表情がたちまち曇る。
「久しぶりだな……」
「やはりきたか、ベガ」
「フン、貴様に再び会う日が来るとは思わなかったがな……」
誰の目に見ても忌々しそうにそう口にするベガ。そんな彼の真意を知ってか知らずかベガ以外にその場に居合わせた者全員何も口にすることはなかった。しばし言い渋った後彼はようやく重い口を開いた。
その次にベガが口にしたことでリンの頭の中にあった考えが確信へと変わっていく。
「だがな、あの時にかかった祟りだが……いい加減解いてくれないか?」