第六十八話 闇に見出した光 2
~~ てんくうのとうでの戦いの後、傷つき倒れていたベガを助け、介抱していたのは敵対していたはずの救助隊の一員であるリンであった……。
「----これは一体どういうことだ、チームブラザーズ……否、リンよ」
ベガは自身にとって見覚えのあるツタージャの名を口にした。なぜ自分の邪魔立てをしたあの救助隊の一員がそんな自分を助けたのか--彼はそれを理解することはできなかった。
自分を助けられたであろうリンをベガは睨んだ--が、それも無理もない。ついこの間まで自分と敵対していたあのツタージャが特に警戒する様子も自身を憎むような様子すらも見せずに自分を見据えていた。ベガにとってそんなリンの姿はただただ忌々しいだけであった。
「私を助けて恩でも売った気になってでもいるのか?」
額を寄せたベガは警戒を解く様子など微塵もない。できることならばこの場で八つ裂きにしてやりたい。ベガの感情を支配したのは憎悪の感情のみ。だが体はまだ言うことを聞かず体の傷の痛みがベガの全身を駆け巡り、そのままうずくまる。
「どうもあたしの言うことを聞くように見えないけど怪我をこれ以上酷くしたくなかったら大人しくしてることね」
「どういうことだと聞いている!!」
傷の痛みをこらえながらも大声で怒鳴りつけるベガだがすぐさまリンの体から蔓の鞭が複数飛び出した。あっという間に蔓はベガを拘束し、そのままベッドへと縛り付けられた。もちろんベガがすぐにおとなしくなるはずもなくじたばたと暴れ続ける。
「--うるさいわね、聞き分けの患者にはちょっと荒療治も辞さないつもりだけど……それでもいいのかしら?」
放せと暴れるベガに発せられた”へびにらみ”。リンから食らったまひ状態から来た全身に走る思い電気に近い衝撃が体中に走る。蔓に拘束される必要もなく指一本すらも動かせない。思わず竦み上がったベガは反射的にリンから目をそらす。
「さっき何で助けたかったって聞いたよね。別に恩を売ったわけでもなくただあなたを助けたかった。それだけのことよ」
蔓での拘束を外し淡々を口にする。ベガの返答を発せられるまもなくリンが続ける。
「てんくうのとうでの戦いのあとアルタイルから聞いたの。以前キーストーンを奪っていった一族のイーブイがベガだって」
殺めたはずのアルタイルが生きている、そして奴が自信の忌まわしい過去を話したこと。ベガの全身にまひ状態とはまた違った衝撃が全身を打ち抜く。
「ベガ、あなたが生きていて本当によかった」
先刻までの不機嫌ささえも醸し出していた表情から一変、今度ベガの視界に飛び込んだのは笑顔のリンだった。
「なぜ……」
「ん?」
「なぜだ!?なぜ私が生きていたことを喜ぶ!?私はお前たちを騙して、始末しようとしたのだぞ!?」
再び声を荒らげるベガだが今度はしかし敵意は感じない。ただただ目の前の状況に対する疑問からきただけの言動に過ぎなかった。
「ただ目の前に傷ついたポケモンがいたら助けた。それだけのことよ。
まぁ強いて理由をつけるとすれば、あたしが一番愛しているヒトの考えの影響を受けたから……かな?」
「一番愛したヒトの……影響……」
リンの言葉を復唱--同時に彼の脳裏には始めてポケモンに変化したときの日の光景が浮かび上がる。イーブイになって右も左もわからない自分を快く受け入れてくれた自分にとって今はなき家族同然の存在。アルタイルの強襲を受けてから頭の片隅から無理やり消去しようとした記憶がよみがえってくる。
彼のなかで長年心中に巣食っていた憎悪が氷解された気がした。ふっと息を吐きながら憎悪の消えた目つきでしっかりとリンを見据える。
「リンよ、私を匿ったからには--」
「匿うも何もこれからあなたには治療費の代わりとしてここでしばらく住み込み働いてもらうからね」
ベガが自身の将来を案ずる前にリンがはっきりとそう言い切った。言い方こそ棘を感じるが不思議と今のベガにとっては嫌な気持ちはしなかった。そればかりか今まで自身が忌み嫌っていた他者との共存に楽しささえも覚えていた。
「不思議なものだな……」
「ん?何が?」
消そうとしていた
下等だと蔑んでいた
そんな存在に光を見出すとは。だがそれも悪くはない。キーストーンもその力も全てを失った私に生きる術も宛もなかった。そんな私の面倒を見てくれるこんなお人よし。
それが暗黒から見出した唯一の光。復讐からでは決して見出すことはできなかったであろう希望。
それがお前だった。チームブラザーズ--リンよ。
その夜。ベガがアルタイルに復讐を決意して以来、初めて彼はあの悪夢にうなされることはなくなった。藁でできた布団に根っころがり寝息をたてている。
--はずだった。ベガは今ただっ広く何もない平地に一人たっていた上を見ても下を見てもあたりを見回しても何もない空間。彼は即座に目の前にある光景を夢だと断定する。しかしその割に妙に現実味を帯びた感覚がする。
「--?」
当てもなく歩いていると風が吹き付けた。心地よい風を浴びたベガは無意識的に安堵感を覚えた。そんな彼の眼前にあるヒト影が前触れなくあらわれる。反射的にその影のもとへ足を走らせる。落ち着いた緑色の髪と腕、純白のドレスのようなものを纏ったその者にベガは目を見開く。
「お……お前はっ!!」
ベガが続けようとした矢先、彼とその影の間が引き裂かれるように真っ二つに分かれた。必死に手を伸ばそうとするベガだがニンフィアの体長で伸ばしたところで高が知れている。無常にも距離が段々と伸びていっている。
--ま、まってくれ!!
刹那、ベガの開いた両目に移った光景--それは見覚えのある天井だった。