第六十六話 またいずれ……
グラスの攻撃は身動きのとれないベガの体を貫きそのまま崩れ落ちた。しかしグラスの放った攻撃は”ブレイブバード”に酷似しただけあってグラスの体に跳ね返ってきたダメージも小さくなかった。反動ダメージをその傷ついた身に受けたグラスの意識は途切れ、崩れ落ちる。
~~ てんくうの とう 頂上 ~~
ボロボロになって崩れ落ちるグラスに駆け寄るラックたち。すぐに彼の容態を確かめる。
「大丈夫だ。ダメージが深いが直に治療すれば--」
ラックが言い切る前に地響きが生じた。グラスに手をかそうと駆け寄ったラックは地響きでバランスを崩す。傍らにいたリンもトノも思わず諸手を地面につけ、揺れに耐えている。
「じ、地震か!?」
トノが率直な頭の中の思いつきを口にするも即刻否定される。”てんくうのとう”と言われるだけあって今ラック達がいるのは雲の上。地震など起こるはずもない。嫌な予感を拭い切れないラックは珍しく不安げな様子で辺りを見回し、原因を探る。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォッ!!!」
耳を摘みたくなるような叫び声。声のした方角へ振り向くと倒されていた筈のレックウザが起き上がっていた。どうしようもない強敵が起き上がった姿を見せらつけられたラック達をよそにレックウザは倒れているベガのほうを睨みつける。
雄たけびと共にレックウザは倒れ伏しているベガを容赦なく尾で殴り飛ばした。ベガの体はそのまま吹き飛ばされて跡形もなく消え去った。ベガを吹き飛ばしたレックウザは次にラック達を見据えた。レックウザの体の長さから来る体格差に思わず身を竦める。
しかしレックウザは攻撃することはなく頭をリンやトノと同じ身長の高さまで下げて待機していた。構えていたラック達はレックウザの意外な行動に目を見開く。
「もしかして……乗れっていってるの?」
そう口にするリンにレックウザは頷く。どうやらレックウザはグラス達を地上へと送り届けようとしているらしい。今にも崩れ落ちそうな塔から逃れようとラックは気を失っているグラスを抱え、レックウザへと飛び乗った。リンもトノも彼に続くように飛び乗る。
「グオオオオオオオオオ!!!」
レックウザは咆哮と共に塔を飛び去り、そのまま急降下を始めた。その勢いに思わず手を離そうと踏ん張るリンはふっと崩れ落ちる塔へと目を移す。そこには未だにがんじがらめに縛り付けられたあのフライゴンが崩れ落ちる塔を目の前にして泣きじゃくっている姿があった。
「つ……蔓の鞭ッ!!」
風圧に耐えながらクラッシャの首根っこめがけて蔓を発した。蔓はキッチリクラッシャの首を締め付け、そのままリンの元へと引き寄せる。しかし文字通り首根っこを捕まえられたクラッシャは、そのまま急降下するレックウザに引きずられて悶絶する。
~~ ~~
……おい
おい、大丈夫…
…しっかりしろ!!!
ラックの声が聞こえる……。
……私は…死んでない…のか…?
私が目を恐る恐る開けると、みんなが心配そうに私を取り囲んでいる。
~~ 海岸 ~~
グラスが意識を取り戻し、体を起こした。一帯を見回すと自身やチームメイトがあのゲンシカイオーガ、ゲンシグラードンが暴れまわっていた海岸にいることを知る。
「よかったわ……なんとか生きてて……」
リンがほっと胸を撫で下ろすその傍らでトノが”心配させやがって”と言わんばかりに軽く頭をたたく。彼からすればそんなつもりなど微塵もなかったのだがまだ傷が癒えていないグラスの体にはそんな僅かな衝撃さえもこたえるのか反射的に顔をしかめ、トノは怒られてしまった。
「グラス」
今までラックの背後からシリウスが顔を出し、彼の名を口にする。唐突に現れた師の姿にグラスは思わず全身に緊張が走る。
「ありがとうグラス--そしてチームブラザーズ。貴方達のおかげでアルタイルの暴走も、ベガの悪巧みも食い止めることができたわ。本当にありがとう……」
ことが収束したにも関わらずシリウスの表情は暗いものだった。というのもグラスは前もって聞かされていたのだ。グラス達と戦った以降、かつてのシリウスの仲間であったアルタイルが行方をくらませたたという事実を。そんな師の気持ちを汲んでかグラスはそれ以上何も言えなかった。
「本当に残念ですね……」
「あぁ……」
「そうね……」
この場にいるはずのない者の声にグラスとシリウスが反応する。ふっとその方向へと振り向くとアルタイルであろうサザンドラが彼らに笑みを浮かべている姿があった。彼が笑顔を見せるのは今に始まったことではないがその表情に今まで醸し出していた邪悪さは微塵も感じられない。
とはいえ今までの巨悪が目の前にいるのだからブラザーズの面々も警戒、グラスに至っては剣の鞘に手をかける。
「わわっ!驚いちゃいました!?ていうかそんな怖い顔して構えないで下さい!!私もう皆さんを襲う気なんて微塵もないですから!!」
今までに見たことのないようなアルタイルの態度にブラザーズ一行は目を点にする。今までの冷徹な彼の態度からは想像もできないような焦りっぷりを見せる。諸手を前にし首をぶんぶんと振り回し、自身に戦う意思がないことを示す。
ここでブラザーズとは意味こそは違えど同じく驚嘆しているシリウスが前に出る。
「アルタイル……どうして貴方がここに?」
「いやぁー、あなた方に合流しようとしてたんですがベガに奇襲されましてね……」
舌を出してくだけた表情をするこのサザンドラは、最早ブラザーズの知るアルタイルではなかった。そればかりか彼らがよく知るサザンドラのイメージとはかけ離れていた。シリウスは特別驚くことなく”そう……”とだけ漏らした。アルタイルに悟られないようにトノがシリウスの足元へと近寄る。
(なぁ……アルタイルの奴なんかおかしくないか?てかアイツベガにやられたんじゃなかったのか?)
トノからの耳打ちを受けるシリウスは苦笑いを見せながら返す。
(いいえ、彼は元々こういう性格で優しいポケモンなの、何かのきっかけでおかしくなったんど思うんだけど……。あと彼は元々ポケモンじゃないから一度やられても元に戻るみたい)
(…………)
トノは目の前で無邪気にはしゃいでいるサザンドラを直視する。その姿はトノでさえも縁起ではないと確信していた。トノの頭ではシリウスの言っていたことはよく分からなかったがとりあえずは大丈夫だろうとほっとするトノはふっと笑みを浮かべてあることを提案する。
「よーし!!ワシ等の活躍で世界が平和になったことじゃ!!今日は盛大にワシの屋敷でお祝いしてやるか!!」
領主らしく自身の屋敷での祝杯を提案。これにはリンもラックも上機嫌になりこれから祝杯が行われる雰囲気が生まれていた。そんな陽気な雰囲気にまぎれてトノがシリウスに向かって”お前も来るじゃろ?”と馴れ馴れしく話しかける。
彼の無礼にグラスが怒らない筈もなく即刻トノを切り伏せにかかる。”ゲコォッ!!”という情けないうめき声とともにトノを切り伏せたその時だった。グラスの体から光が立ち込め始めた。
「こ、これは……!!」
「-どうやら元の世界に戻るときが来たようね……」
グラスは既に理解していた。元々人間である彼自身はいずれは元の世界に戻らなければならない。彼は真摯な表情でチームメイトの方へと振り返る。
仲間達はグラスの異変に気がついた。その異変に真っ先に気がついたリンが”どうしたの?”と問いかける。
「ラックにリン……それとトノ。すまない、今日でお別れだ」
突然突きつけられたお別れの言葉。トノは動揺する余り彼に詰め寄る。
トノだけではない。リンもそしてラックもあまり表こそは出さないものの傍らから見ても動揺していたのは確かだった。
「ポケモン世界での役目が終わったんだ。元の世界に戻らなければならない」
「…………」
問い詰めたい気持ちを押し殺し黙ってパートナーの言葉に耳を傾ける。だがリンは既に目に涙を浮かべトノは歯がゆそうに下唇を噛む。そんな中グラスよりも先にラックが口を開いた。
「--グラスよ」
『--?』
突然ラックの口から出てきた言葉。そんな彼の顔は半ば無理してでも作られた精一杯の笑顔がグラスへと向けられていた。
「言いたくても言えなかったんだよな……。俺たちが今悲しいと思っている気持ちをお前さんはずっと抱え込んでいた……辛かっただろうなぁ……」
ラックは突然のパートナーとの別れに憤りを表すこともなく、悲しみを表すわけでもなく。優しくグラスの体を撫でた。グラスはそんなラックの気遣いに涙し俯く。
「……済まない……、折角こうして--」
「そうだ」
グラスの体に纏う光が一層強くなった。本人を含めた全員がグラスがこの場から消え去るまでの猶予が短くなっていくことを察する。
「グラス……俺達にとってお前はいつだって大切な仲間だ。絶対に忘れないからな」
「すまな……いや、ごめん……うぅっ…、これでさよならだ--」
涙を堪えきれなくなったグラスの口をラックが防いだ。グラスの口を防がなかったこうの彼の片腕は人刺し指を立てて口元へとあてていっている。ラ
「おっと、さよならはなしだぜ?それを言ったら二度と会えなくなっちゃうだろ?」
涙しているグラスとは対照的にラックは笑顔を絶やさなかった。そんなパートナーを見てグラスは涙を拭い精一杯の笑みを送った。
「ラック!!リン!!トノ!!」
仲間達の名を大声で呼びかける。今まで傍らで泣いていたリンやトノも同じように涙を拭いつつグラスを直視する。
「じゃあな……また会おう……!!」
そういいきったグラスの体は一層強くなった光とともに跡形もなく消えていった。海岸には彼の名前を泣き叫ぶ声が響き渡った……。