第六十五話 ホントの最終決戦
~~ てんくうの とう 頂上 ~~
「”シャドーボール”!!」
ベガから発せられた黒い塊--”シャドーボール”。寸前のところまで黒い塊をひきつけて身をかがめて攻撃を避ける。もとより低いグラスの身長だが、かがむことでさらに打点は低くなりその低さは余裕を持って攻撃を避けれる程だった。
身をかがめてまま猛スピードで自分のもとへへと向かってくるグラスについていけるほどの素早さはベガには併せ持ってはおらずグラスからの”リーフブレード”をまともに食らった。いくら力を得たとしてもニンフィアは素早さと物理防御力には優れない種族、グラスと真っ向から打ち合っては勝てるはずはなかった。
「…………」
この種族差は仕方ないと考えベガはすっと息を吸った。
「”ハイパーボイス”!!!」
「--!!?」
ベガの口から発せられた爆発音に近い大声が発せられた。反射的にグラスは耳を押さえるがそんな程度で攻撃を遮れるはずもなくまともに攻撃を食らってしまう。爆音に負けて吹き飛ばされるグラスの姿を見てベガはにやりとほくそ笑む。
当然まだ諦める意志を見せないグラスは果敢にベガへと向かっていく--が、またも”ハイパーボイス”を食らって吹き飛ばされてしまう。いくら吹き飛ばされないように踏ん張るがキモリであるグラスの体ではベガから発せられるすさまじい振動に耐え切れない。
(ど、どうして?あの時はそんな攻撃力はなかったはず……)
成すすべもなく吹き飛ばされるグラスの姿を見たリンは自身がアルタイルに拉致されていたときのことを思い返してみた。あの時ガマゲロゲの姿であったベガもアルタイルの配下に向かって全く同じ技を放っていた。しかし今ニンフィアの姿で発せられた技の攻撃力は明らかにガマゲロゲの時のそれとはレベルが違っていた。いくらニンフィアとガマゲロゲの特殊攻撃力が違うことを加味してもだ。
リンは思い返してみた。トノの宝玉ことメガバングル--キーストーンには”メガシンカ”を操る力を手に入れる。しかし元は隠れ特性を引き出す代物だった筈……。
「”リーフブレード”!!」
「無駄だ!!」
体に鞭を打ちベガへと向かっていくグラスだがまたも発せられた”ハイパーボイス”に遮られる。ベガは既に勝ちを確信していた。”ハイパーボイス”さえ連打していれば敵はまともに自分に近寄ることさえできやしない。
あとは”ハイパーボイス”のパワーポイントにさえ気を配ればどうということはない。足元をすくわれないように注意を張り巡らせたベガの足元の一本の蔓が這いよっていた。
(あれは……リンか?)
蔓の元をグラスがたどるとそこには倒れているリンの姿が。ベガに悟られないようにその足元へと忍ばせる。彼女の蔓の先は僅かに変色していた。その色はリンが発した”いえき”の色と酷似していた。
「……”シャドーボール”!!」
決まったと確信したときだった。ベガはリンに向かって”シャドーボール”を投げつけた。黒い塊を身に受けたリンは尽きかけてる体力を奪われ、一本の蔓を動かすことさえもできなくなる。
「リン!!」
「残念だったな……。大方私にも胃液をぶつけて弱体化させようという魂胆らしいが……」
リンの身を案じるグラスにベガは得意げに口を開ける。一度レックウザを倒すきっかけの技を見せられてはベガも否応なしに警戒せざるを得なかった。最早万策が尽きたなと勝利を確信したベガは”電光石火”でグラスに突撃する。
今の今まで遠距離攻撃ばかりしていたベガがいきなり近接戦闘をしかけてくるとは予想だにしておらず、その動きについていけずに攻撃を食らった。
「--ッ!!?」
”電光石火”を食らった拍子にグラスのバッグの中身がこぼれた。中からは数個の不思議球ばかりが転がっただけだった。グラスは反射的にそのうちのひとつに手をかける。
--が、残りの不思議球をすかさずベガに砕かれてしまった。これまた残念だったなといわんばかりに勝ち誇った笑みを浮かべた。
だが笑みを浮かべたのはベガだけではなかった。グラスも珠を片手に口角を吊り上げている。その様子に苛立ったベガは”何がおかしい!!”と怒鳴る。グラスは黙って不思議球を掲げた。不思議球はベガに向かって黄色い光を発した。ただ食らうわけには行かないとベガは”ハイパーボイス”で応戦する。
振動に耐え切れずにグラスは頂上から叩き落された。苦しめられつつも勝ちを確信したベガ。そのときに僅かに彼が違和感を覚えたがすぐに気のせいだ流す。
(グラス……、くっ……!!)
叩き落された仲間の身を案じるリンは必死に体を動かそうとするも蓄積したダメージが大きすぎて腕一本すら動かすことができない。そんなリンに止めを刺そうとベガが近寄った時--
(--!!あいつ……なぜだ……!!)
羽織ったマントを翼へと変形させたグラスが飛行しながら頂上へと戻ってきた。キモリが飛行する術などあるはずもないと至極当然の思考を働かせるベガだが彼の目の前にある状況はとても現実離れしている。
いくら飛行する術を得たからといって所詮は弱りきったキモリだ。さっさと始末しようとベガはすぅっと息を吸い”ハイパーボイス”を放つ。
ことはできなかった。否、準備動作の息を吸う行為すらベガにはできなかった。まるで唇に粘着テープでも貼り付けられているかのように彼の口は微動だにしなかった。戸惑うベガにグラスが接近、”リーフブレード”で切りつける。
(ど、どういうことだ!?とにかく”シャドーボール”!!)
焦るベガは”シャドーボール”で応戦。こちらの技は問題なく出すことができたものの、焦りのあまり不十分な黒い塊はグラスの剣に容易く打ち返されてしまう。戸惑うベガにグラスは畳み掛けるように攻撃する。
ベガの記憶の片隅に眠っていた記憶がよみがえった。”ちんもくだま”--この不思議球の名前がよみがえった。この珠の効果を受ければ一定時間食料等を口にすることができずにさらには口を使った攻撃を使用することができないというもの。救助隊からすれば用途のきわめて薄いこの不思議球はベガにとっても影の薄い道具であるが--
「確かにこの不思議球は普段は役に立たないとされている。だが”ハイパーボイス”を主力にするお前相手には十二分に役に立つ道具だったようだな」
(グッ……、おのれ……!!)
再びグラスは翼を用いて高く飛び上がる。そしてそのまま翼を折りたたんで急降下し、そのまま低空飛行を維持しながらベガへと突撃しにいく。その”ブレイブバード”に酷似したグラスの突撃を相殺することが”ハイパーボイス”が使えない今のベガではできないと判断しベガは四股に力を込めて攻撃を避けようとする。
が、ベガの足元が泥沼と化しておりそれにより彼の足がとられていた。泥どころか土ですらないこのてんくうのとうの足場がなぜ泥沼と化したのかとベガが考えた時、彼の視界にはラックの姿があった。
「俺は地面を泥に変えることもできるんでね……。こうやってな」
ベガは思い出していた。自身の実兄のブラッキー--シャドーが駆け出しの救助隊の頃のブラザーズに捕まった時の状況を耳にしたことを。あんな下らないと称したトラップに引っかかるシャドーのことを軽蔑しておきながら自分まで全く同じ手法で捕らえられたことに相当な屈辱感を植えつけられる。
必死に泥沼から逃れようとするももがけばもがくほど足をとられていく。
「いっけえええええええええええええええええええええええええええええぇええええええ!!!!」
既にベガの眼前には、不死鳥を模した眩い橙色のエネルギーをまとったグラスが低空飛行で突撃している姿があった。グラスの攻撃は身動きのとれないベガの体を貫きそのまま崩れ落ちた。