第六十三話 ファイナルバトル!
~~ てんくうの とう 頂上 ~~
「……来たか」
塔の頂で待ち受けていたベガは何者かがここへと踏み入れたことを察した。誰が来たのかなどベガにとってはどうでもよく、また既知の事実だった。かつて自身が手を組む--もとい利用したあの救助隊ポケモンだ。
どうせなら奴らにも私直々に引導を渡してやろう。
メガシンカという強大な力を手に入れたベガに邪魔者の来訪への苛立ちは微塵もなかった。ただアルタイルを始末したときのこと--自身の力を誇示し他者を捻り潰すことの快感を思い起こしていた。
ふっと口元を吊り上げながらベガはブラザーズと対峙していた。
「ふふふ、お前達にとっては第一関門突破といったところか」
ブラザーズを侮っているその口ぶりに 誰も憤ることはなかった。できなかったと言い換えたほうが正しいだろう。彼の背後には超古代ポケモン--レックウザの姿があるのだから。ふとベガはグラスの左腕に装着したメガバングルに着眼する。
--そうか、奴もキーストーンを……
グラスはラックに目配せ、そして全く同じタイミングでベガとグラスは直に左腕を掲げる。ベガのメガリングとレックウザの体内の隕石が反応--レックウザはメガレックウザへとメガシンカし一帯にに強い乱気流が起こり始める。
「……!?」
しかしグラスのメガバングルは全く反応しない。ラックのラグラージナイトも反応せずにメガシンカができずにいた。ブラザーズの面々はショックのあまり目を見開き、ベガはあざけるように口元を吊り上げる。
「ど、どういうことだ!?確かにキーストーンとメガストーンがそろえばメガシンカはできるはず……。なのになぜ!?」
うろたえるグラスの様子を滑稽に感じたのかベガは最早こらえられずに高笑い。
「ハハハハ!!ただキーストーンを装着すれば”メガシンカ”を操れるとでも思ったか?愚か者め!!私は幼少の頃からキーストーンの扱いの鍛錬を受けてきた。お前ごときに”メガシンカ”の力を使いこなすことなどできやしない!!」
ベガの口から発せられた事実。キーストーンは所持すれば隠れ特性の力を引き出すことこそはできるものの、メガシンカの力を使いこなすにはそれなりの技量が必須とのことだった。メガシンカさえあれば戦えると思っていたグラスはショックのあまりに膝をつきがっくりとうなだれる。
「なんだ、もう戦意喪失したのか。レックウザ」
興ざめした様子でレックウザに”りゅうのはどう”を命じた。ラックはうなだれたグラスを抱えて攻撃をかわし、リンとトノは攻撃をよけながらレックウザへと向かっていく。
トノはぐっと右手に力と冷気を込め”れいとうパンチ”でレックウザへと殴りかかった。
攻撃は確かに当たったがまるで手ごたえがない、レックウザは全くダメージを食らっていない様子でトノを睨む。蛇ににらまれたなんとやらといったところでトノは恐怖のあまり身をすくませる。
レックウザの技でもない尾での”こうげき”を食らいリンもトノも吹き飛ばされる。レックウザからすればなんのことはない攻撃だが体長10メートルを超えるメガレックウザの尾だ。トノやリンからすれば大木で殴られたような衝撃が全身に走る。
たまたま吹き飛ばされた先に居合わせたラックが二人の体をキャッチ。唯一乱気流に耐えうる重量を持っているラグラージのラックはレックウザ--そしてレックウザが起こしているであろう乱気流を見据える。
「デルタストリーム……」
「--??なんじゃそりゃ?」
「俺も直に目にするのは初めてだがな。強い乱気流は飛行タイプのポケモンを弱点攻撃から守る作用があると聞いていたがまさか……」
ラックの解説にベガが”ご名答”と返しご丁寧にも詳しい説明をおっぱじめた。デルタストリームと呼ばれるメガレックウザ固有の特性は強い乱気流を生じさせ自身を含めた飛行タイプのポケモンを守るという。天候の一種と耳にしたトノは途端に得意げな表情になり--
「はっ!たかが天候だったら上書きすればよいだけの話じゃろ!!雨よ!!」
諸手を掲げてトノの特性”あめふらし”を起動しようとした。しかし強い乱気流は収まることもなく、また上空に雨雲が起こることもなかった。”どういうことじゃ!?”とうろたえながらきょろきょろとあたりを見回す。
おかしいと思ったのはトノだけではない。リンもラックもいつもの見慣れた豪雨が降りしきるかと思っていたにも関わらずに今回に限ってはそれが見受けられない。
「お前のような一介のポケモンが超古代ポケモンの力に抗えるとでも思っているのか?この乱気流を打ち消すことができるのはゲンシカイキした超古代ポケモンにしかできないのだよ」
ベガはうっかり詳細を話したのではなかった。分かったところで自身が敗れることはないという確信を得た上で得意げに話したのだった。
レックウザはベガの命令を受け、ラックたちにまたも巨大な尾を勢いよく振り下ろした。ラックはラグラージのもつ怪力をもってレックウザの攻撃を受け止める--が、とても長続きはしない様子で腕を震わせながら二人にこの隙に攻撃するよう指示。
今度こそといわんばかりにトノの”れいとうパンチ”とリンの”リーフブレード”がレックウザに迫る。しかし既にラックは耐え切れずに尾の餌食となり、自由になった尾は飛び掛った二体を子虫を振り払うようにあしらった。
仲間達が何もできずにやられている姿を今まで呆然と見てたグラスは最早戦意はなかった。彼の脳裏には戦ってベガを止めるという考えはなかった。グラスは大声で彼の名を呼びかける。
余裕があるからだろう、ベガはすんなりとレックウザの攻撃を止めて耳を傾けた。グラスは勝てるはずもないと判断したのか所謂命乞いを始める始末。終始情けない姿のグラスにベガはクククと何度目かの含み笑い。
「そうだな、貴様のメガバングルをこちらに渡してくれれば攻撃をやめてやってもいいぞ」
「わかった……」
真意は定かではないがベガは条件をつけて応じた。するとグラスはあっさりとメガバングルを手放しベガへと少々乱暴に投げつけた。
--がトノが全力でそれを阻止。投げつけたメガバングルをスライディングキャッチ。当然グラスはいきなり邪魔されて怒りをあらわにしトノへと詰め寄る。
「何やってるんだ馬鹿蛙!!お前何やってるのかわかってんのか!?」
「それはこっちの台詞じゃい!!お前こそ何やってんのかわかってんのか!!」
トノも負けじと同じほど--否、グラスより激しく怒りをあらわにしていた。胸倉をつかみかかるあたりその剣幕であることが伺える。
「バカ言うな!真っ向から超古代ポケモンとぶつかりあって勝てる筈がないだろ!まともに戦うことなど無謀だ!確かにお前のキーストーンが手渡されるのは--」
「キーストーンの言ってるんじゃないんじゃ!!バカはお前だろ!?アイツにキーストーン渡して《はいわかりましたー》ってすんなり攻撃を止めるとでも思ってのるか!?」
「…………」
「ワシは確かに臆病でへっぺり腰でバカじゃ……。じゃが今のお前はワシ以上の臆病でへっぺり腰でバカ者じゃ!!」
グラスを罵倒するトノを遠目で眺めていたベガは相変わらず余裕を崩さない。彼はクククと口にしながらトノへと近寄った。
「今回はお前の方が正しかったな。バカ蛙よ」
即座にレックウザに攻撃を指示、指示を受けたレックウザの攻撃をトノとグラスは寸前のところで避ける。勿論この一撃が決まらなかったからといってベガの余裕が消えることがない。
「キーストーンが本当に欲しければお前達を消してから奪えば十分のこと。こんな蛙にでもわかることも判断できなくなるとはな」
「ぐっ……!!」
双方を馬鹿にされてトノは苛立った様子でベガを睨む。だがその怒りはグラスへとも向けられ、グラスのほうへ振り返る。その剣幕にグラスは初めてトノに僅かながら恐れをいだいた。
「もういい!!お前のような腰抜けは必要ない!!引っ込んでろ!!」
そう吐き捨ててトノはレックウザへと向かっていった。ラックもリンも何も言わずにグラスを置いて戦闘へと向かっていった。
置いてけぼりを食らったグラスは呆然と立ちすくんでいた。
『俺も前に言ったろ?"俺はグラスを信じてる"ってな』
『愚民どもを言いくるめて一晩だけ時間を作る。それまでに逃げ回る準備をしておくことだな』
ふと逃避行の時のことを思い起こしていた。自分にあらぬ疑いをかけられて心を折られていた時にラックやバースが自分を励ましてくれていたこと--自分を信じてくれていたこと。またも自分のことが信じられなくなったことに不甲斐なさを感じていた。
--こんな不甲斐ない仲間--ライバルをあいつ等は望んではいないんだ。
頂上について初めてグラスは戦意を抱いた。そして仲間とともに絶対にこの戦いに勝つと決意したときだった。ラックのラグラージナイトとグラスのメガバングルが反応した。
メガシンカしたラックの姿は従来のラグラージよりもたくましくなり、特に上半身の筋肉が発達したかのような姿へと変わっていった。初めての体験にラックは自身の体を見回していた。そして自身の体から感じたことのないような力がこみ上げてくるのを感じていた。
(ま、まさかこのタイミングでメガシンカの力を引き出すとは……)
常にグラスを見下すような態度をとり続けていたベガは信じられない様子でラックのメガシンカを見届けていた。自分があれだけ苦労したにも関わらずこの短時間で力引き出さしたことに劣等感を抱き始める。
そんな自分の感情を否定したベガは首を横に振り、ブラザーズの面々を睨む。
「だが負けるはずがない。超古代ポケモンの力を持ってすればな」