第六十話 vsアルタイル
~~ アルタイルのアジト ~~
「あなた方には消えてもらいます」
アルタイルが有する三つの口から”りゅうのはどう”が放たれた。ボスというだけあってか攻撃速度も普通ではなくよけようとしたグラスの体を掠めた。だがそれだけでもその威力は十二分に感じられた。相手は敵組織の総帥、一瞬たりとも気を抜けば直にバースの二の舞となりかねない。
攻撃がちょうどグラスとラックを分かれさせるかのごとく飛ばされてラックがアルタイルの前に、グラスが背後へと回りこんだ。アルタイルと対峙するように眼前に立ちふさがったラックは”どろばくだん”を生成する。
「おやおや?私の特性をご存知ないのですか?」
サザンドラの特性は”ふゆう”地面タイプの攻撃を無力化するにも関わらずラックは地面タイプの攻撃の構えを取っている姿が滑稽に見えたのかアルタイルは嘲笑を見せる。口ぶりが常に敬語であるところがかえってグラス達の怒りを買う。
“どろばくだん”はアルタイルに向かって投げつけられ、眼前で爆発した。破裂によって生じた泥の塊はアルタイルの視界を奪うように飛び交った。
(今だグラス!)
目配せでアルタイルの背後にいるグラスに指示を出した。剣を構えたグラスが視界を奪われたアルタイルに向かって”せいなるつるぎ”で切りかかる。ラックもこの作戦が決まったと核心した時だった--
「--!!?」
無防備なはずのアルタイルの体を守るかのごとく、尻尾がグラスの体を巻きつけた。全身を巻きつかれてしまいグラスは身動きがとれない。
尻尾の拘束が強くギリギリと締め付けられたグラスの体にじわじわとダメージが入る。策が失敗に終わってしまいラックは急いでグラスを救出する術を考え始める。
「生憎ですね。私達サザンドラはごらんの通り三つの顔があります。あなた方が私を挟み撃ちにすることなどお見通しなのですよ」
したり顔で解説するアルタイルは背後から攻撃することを見越して右腕の顔に背中の目の役を担当させていた。これではとても挟み撃ちにする算段は仕えそうにない。
(グラス……下手に動くなよ……。俺がなんとかする)
続けて目配せでグラスに抵抗するなと指示。様子見に”水鉄砲”を放つも上昇してかわされる。あの羽をどうにかしない限りとラックはサザンドラの特性”ふゆう”を対処できない限り勝機は薄い。
(羽を攻撃……?否、あいつにはそんな単純な攻撃は通用しそうにない……--ッ!!)
思索するラックに容赦なく”りゅうのはどう”が連即で飛んでくる。元々機敏な動きとは程遠いほどの素早さしかないラックは攻撃をよけきれずに食らって吹っ飛ばされてしまう。丁度部屋に置いてある棚に全身を叩きつけられ、その衝撃で棚に陳列されていた道具が音を立てて落下する。
「痛ッ!!」
ラックの頭に不思議だまらしき球体が落下。その球体を手に取ったラックは反射的に掲げた。不思議だまは眩いほどの光を発し、思わずアルタイルでさえも目を瞑ってしまう。光を遮断しようとラックは懐にしまい込んでいた”見通しメガネ”を身に付けた。
足元には棚に陳列していたであろう不思議だまの数々が地面に転がっていた。試作品かどうかは定かではないものの球にはそれぞれラベルがはられている。
(これなら……!!)
手に取った不思議だまには”重”とだけかかれたラベルがはりつけられた。不思議だまをかかげる寸前に光が止み、アルタイルは反撃しようと”あくのはどう”を打ち込もうと構える。
「ぐぅうううううッ!?」
体が言うことを聞かない。まるで重りを付けられたかのごとくアルタイルの体が地面へと近づいていく。仕舞いにはその小さな足でアルタイルは地面に立つことを余儀なくされた。その異様な状況の覚えのある彼は表情を曇らせる。
(今だグラス!!)
「”けたぐり”ッ!!」
地面に足がつき、しめたとグラスが唯一自由な右足でアルタイルを蹴飛ばした。足を蹴飛ばされたアルタイルはそのまま転倒し、グラスを開放してしまう。
「ぐっ……”重力”ですか……」
”重力”。これが強くなると飛行タイプ、また”ふゆう”を持つポケモンですら地面に降り立つことを余儀なくされる状態。ラックが使った不思議だまはこの”重力”を強くさせる作用があったためアルタイルは空中にいられなくなった。
体を浮かすことができなくなっては”けたぐり”も普通に食らってしまいアルタイルの体に大きなダメージが入る。
「”せいなるつるぎ”!!」
「ガハッ……!」
”けたぐり”で転ばされて怯んだ隙を見逃さずにグラスは”せいなるつるぎ”できりつけた。格闘タイプの攻撃を二度も打ち込まれてかアルタイルはそのまま仰向けになって倒れこむ。
「ありゃ?ボスって割にはずいぶんとあっけねぇなこりゃ」
口ぶりでは軽口を叩いてはいるものの罠があるのではないかと勘ぐったラックが当たりを見回した。しかしその警戒も杞憂に終わる。本当にアルタイルは戦闘不能になってしまっていた。
アルタイルとてバースと戦って無傷で終えられる筈がなかった。グラス達には見えないように振舞っていたが既に先の戦闘で疲弊しきっていたアルタイルの体力が尽きるのはさほどの時間はかからなかった。下手に動かれぬようにグラスは首元に剣先を突きつける。
「クックック……、クハハハハハハハハハ!!!」
「--!?」
とても余裕がある状況とは思えない最中にアルタイルが笑い始めた。何か策があるのかとグラスもラックにも緊張が走る。
「さすがですね……。幾度となく我らに立ちふさがり邪魔をするだけのことはありますね……。ですが!!」
アルタイルの目が見開いた。満身創痍にも関わらずその悪意のこもった二つの眼からはラックでさえも怯みそうなほどの気を醸し出している。
「いくら私を叩きのめしたところでもう既に手遅れなのですよ」
「どういうことだ?」
「既にあの二体は宝玉の効果で我々がコントロールしている状態と言っても過言ではありません
--おっと失礼」
会話に割って入った通信機の着信音。律儀に断りをいれるアルタイルとこれまた律儀に応答を許したグラスの間には僅かながら殺伐とした空気が消えていた。
「……どうしましたか? フム、太陽が激しく輝きそのすぐに大雨が降り注いでいる……。そうでしょう……それこそが私の目的--」
通信の内容が彼の思惑通りなのかアルタイルの顔にあのにこやかな笑みが浮かんだ。
「な、なに!?予想以上の暑さと降雨でポケモン達が次々に!?馬鹿な……ッ!宝玉の力があればそんなはずは……!」
うろたえのあまりアルタイルは通信機を強く握り締める。力を込めるあまりミシミシと音を立てる通信機に気を留める余裕もなく大声で怒鳴り散らすように部下の言葉に反発する。しかし部下からの連絡が訂正されることもなくアルタイルの額に脂汗が滲み出す。
”とにかく様子を見て見なさい!!”と怒鳴り散らし乱暴に通信を切断。ここで丁度シリウスが到着。荒い息遣いをするアルタイルにゆっくりと歩み寄る。
「……アルタイル、グラードンやカイオーガの力--”ゲンシカイキ”の持つ力を見くびっていたようね……」
「なっ……?」
「グラードンとカイオーガ。どちらか一体でもゲンシカイキすればすべての生物を死に追いやる……。増してそれほどの力を持ったポケモンが二体も目覚めてしまえば--」
淡々と続けるシリウスに対してアルタイルはガクガクと震え始めた。彼が”ゲンシカイキ”と呼ばれた言葉を知らず、また外の状況を目視していないのかと3人は察する。ラックが二人の間に割ってはいる。
「とにかくここで言い争いをしても仕方ない。一刻も早く外の状況を確認しよう」
~~ ~~
「こ……これは……!!」
アルタイルを含めた一行が目にしたのは先刻よりも激しくなった日差しと大雨だった。強い日差しの最中激しい風雨が吹き荒れるこの天候は紛れもなく異常気象だった。やはりアルタイルも予想していなかったのかこの異常気象を目にしてがっくりと肩を落とす。
「私はただ……ポケモン達の理想郷……ただそれだけを作りたくて……」
自らの過ちを悔いる彼の姿には今までに見せていた残虐性は全く見えなかった。古くからアルタイルを知っているシリウスも意気消沈したその顔を見てはこれ以上責めることはできなかった。そんなシリウスに今度はグラスが割って入り声をかける。声をかけられたシリウスは反応し、目線を合わせようと身をかがめる。
「先ほど師匠がおっしゃっていた”ゲンシカイキ”というのは何なのでしょうか?」
「伝承で聞いた話なんだけど”自然のエネルギーによって圧倒的な力をみなぎらせた2匹の様は後世に語り継がせる為『ゲンシカイキ』と言わしめ、それぞれの姿は『ゲンシグラードン』『ゲンシカイオーガ』”と呼ばれたらしいの。」
「それが何故こんなときに……」
シリウスにはグラードンとカイオーガが”ゲンシカイキ”したことに思い当たる節があった。”あらしのかいいき”に向かったニョロトノ--トノの特性”あめふらし”は奇しくもカイオーガと同じ特性を併せ持つ。トノが降らせた大雨が自然エネルギーとなりカイオーガを”ゲンシカイキ”するための力を意図せずに与えてしまったと。
「そういえば”マグマの地底”にアドンを行かせたのももしや……」
同じように特性”日照り”を持つリザードン--アドンもグラードンと同じ特性を有していることをアルタイルは思い返した。アルタイル一味とチームブラザーズの各々が知らず知らずのうちに超古代ポケモンを”ゲンシカイキ”させてしまう手助けをしていたのだ。
「だから宝玉の力をもってしても制御しきれなかったのでしょうか……」
「可能性としては十分にありうる話ね……。とにかく一刻も早く止めに行かないと!
アルタイル、あなたも一緒に来なさい。私達が引き起こしてしまった事態は私達が責任を持って収束させるのが筋ってものじゃないの?」
一転して厳しく追及するシリウスの口ぶりはアルタイルの心に深く突き刺さった。シリウスが”私達”と口にしてるもののどう考えても自分が悪いに決まっている。なんと言われようとアルタイルはグラス達について行き責任を持って場を収めるつもりだったが--。
「先に行っていてください」
「--?どうして?」
「私の部屋にメガリングを置いてきてしまいました。アレがあればグラードンやカイオーガを収める術になりうるかもしれません……」
「わかったわ。私達は先に行ってるわね」
その様子からは到底逃げるとは思ってもいないシリウスはアジトへ戻ることを許し先へ向かうことにした。残されたアルタイルは急いでアジトの自室へ戻りメガリングを探し出す。
リングを見つけたアルタイルは急いで自室からグラス達のもとへと戻っていった。そんな彼の背後に--
「久しぶりだなアルタイル。この顔を忘れたとは言わせんぞ」
「--!!あ、あなたは……!!」