第五十八話 目的
※若干グロ注意(主に後半)
~~ いんせきのどうくつ ~~
「やるなグラスよ……。流石は俺のライバルだな……」
一瞬にして追い詰められたにも関わらずバースの口から弱音が出ることなく、出たのはグラスに対しての賞賛だった。グラスのほうは追い詰めたにも関わらず緊張感の抜けない表情に対し、バースは逆に追い詰められたにも関わらず戦いを楽しんでいるような笑みが見受けられる。
「だが俺の力はまだこんなものではないぞ……!!」
ぐっと拳に力を込めるバースにグラスは向かっていく。自身に向かってくるバースは拳に冷気を込めて迎え撃とうとした。”冷凍パンチ”はグラスの頬をわずかに掠めた。冷気に顔をしかめるグラスの様子から威力の高さを物語るには十分すぎた。やはり一発でも食らったらおしまいだということは傍らから見ても十分わかる。グラスがリーフブレードで反撃しようとしていた時--
「待ちなさい!!」
『--!!?』
凛とした高い声と共に二人の間に割って入ってきたのはビリジオン--シリウスだ。彼女の背にはラックも乗っている。またもシリウスに戦闘の邪魔をされてからか、バースの表情は先刻の楽しそうな顔つきから一転--恨めしそうに彼女を睨む。
「チッ……またも邪魔をするか……」
「邪魔をする気は私にもなかったわ。あなたがアルタイルに仕えてなければね」
バースは戦いを邪魔されて、シリウスはアルタイルを止めるためか互いが互いに敵意をむき出しにして睨みあっている。しばしバースを見据えたシリウスは確信を得た表情で口を開ける。
「やはりあなたは洗脳を受けていない……。なぜあなた程の実力を持ったポケモンが彼に仕える必要があるの?」
(洗脳を……受けていない……?)
アルタイルは自身の配下を”あくのはどう”で洗脳するとグラスは聞いていた。だからこそシリウスが口にした言葉に首をかしげていた。そんな彼を傍らにバースたちのやり取りが続く。
「……アルタイルの他の配下達は奴の負の力にやられて操られていたが俺は自分の意思で協力した。なぜ俺は自分の意思でアルタイルに協力したか教えてやる……」
「強者との戦い--ただそれだけが俺の望み……。強くなるただそのために”メガシンカ”の力が必要だったのだ。まぁ”メガシンカ”も体になじんで来た今ではもう奴に協力する必要もなくなったがな……」
バースの真意が口に出された。意外な彼の真意を耳にしたグラス達をよそにバースは彼らに背を向ける。
「邪魔が入ったことだしそろそろ潮時だな……、グラスよ、これをお前に渡しておく」
乱暴にグラスに手渡されたのは黒色のスイッチだった。彼が言うにはアルタイルへのアジトへのワープ装置だとのことだ。
「俺は一足先に奴のアジトへ向かう。今度こそそこで決着を付けるぞ。じゃあな」
「待ちなさいバース!!」
シリウスの呼び止めにバースは振り向きさえせずとも意外にも足を止めた。すると彼のほうから返す形で口を開く。
「シリウスよ……、暴走している仲間--アルタイルを救いたくばそろそろグラスに本当のことを打ち明けたらどうだ?」
「--!!ど、どうしてあなたがそれを……?」
グラスにとってもシリウスにとっても信じられないことをバースが口にする。しかしシリウスの態度から彼の言っていることには決して嘘偽りはないのだろう。
動揺するシリウス、そしてグラスをよそにバースはその場を去っていった。
「待って!!」
「師匠……バースが言っていたことは一体……?」
バースが去った後グラスはシリウスに詰め寄るようにたずねた。シリウスはどこかばつが悪そうな様子だがこれ以上は隠していられないと腹をくくった様子で口を開いた。
シリウスとアルタイル、そしてグラスは元々は冒険家としてチームを組んでいた。元々のアルタイルは茶目っ気のある優しい性格だったのだが、アルタイル何かをきっかけに暴走--今のような冷酷な性格へと豹変していったとのこと。
そんな彼を救おうとしたシリウスにグラスは協力を申し出た。しかしアルタイルに対しては情けをかけてしまうことを危惧したグラスは自身の記憶をあえて消すことで彼に対する情けを完璧に克服しようとすることを提案。
シリウスはそんなグラスを手助けする役割に回ったのだが記憶を戻す足がかりにならぬよう師弟という関係にしてチームメイトという関係を隠していた。
「ずいぶんとややこしい関係だな」
空気を読んでか読まずかベガがそう口にする。ラックも表情には出さずとも内心では同じことを思っていた。
「でもいいのかい?よりにもよって奴とケリをつける寸前で話ちまってよ?」
「いいえ、元々はこのタイミングで言うつもりだっわ」
「もういいだろ、身の上話は」
痺れを切らしたのかベガが割って入った。バースをしとめられなかったからか苛立ちを含めた彼の表情は早くしろと言わんばかりだった。まだ十分に話しきれていない様子だったが仕方なしに一度区切ることに。
「グラスにベガ。ちょいと外へ出てくれ」
ここでラックは何か思い出したかのように声をかける。
「なんだ?」
ラックに促されて一度ダンジョンの外へ出た四人が目にしたのは照りつける強い日差し、かと思えばそんな天候とは打って変わっての強い雨。それらが交互に移り変わっていった。それは紛れもない異常気象だった。彼らの知らぬうちに超古代ポケモン二体が目を覚ましてしまった。早急にアルタイルを止めなければ取り返しのつかないことがおこるだろう。
(まさか……リンの身に何か……!!)
グラスはリンの身を案じたがその反面、非情なことに彼の脳裏にトノのことはなかった。二体の超古代ポケモンが目覚めたということは二人とも止めることができなかったということに違いない。
「……お師匠様よぉ……。悪いがリンとトノさまを助けてやってくれねぇか?アルタイルは俺とグラスが引き受ける」
「……わかったわ」
強い日差しから出る汗を拭いつつラックはそう頼み込む。その後にリンの身を案じるグラスを宥めた後、ベガからアルタイルに関する情報を聞き、彼らはアルタイルのアジトへと乗り込んでいった。
〜〜 〜〜
超古代ポケモンが目覚めたことで異常気象の見舞われた広場のポケモン達は目の前の異常な光景に恐れ、慌てふためいていた。その光景を遠目で眺めていたのはライトだった。
「クックック、やっぱりカス共がビビッてる姿見るのは気持ちいいいもんだな」
誰よりも自分以外の者が苦しむ姿を見るのがすきなのがこのライトという奴だ。アルタイルに仕えているのもアドンをけしかけたのも彼の狂気的な思考からきたもの意外何でもなかった。
しかし彼自身もこの異常気象に何も思っていないわけではなかった。
「……それにしてもさすが超古代ポケモン。すべてのバランスが狂っちまったな……。これがアルタイルの野郎がいってた”おわりのだいち”……そして”はじまりの海”……」
生まれて初めて彼にわずかながら”恐怖”という感情が芽生えた。当たり前だが強い日差しと豪雨が交互に起こる現象なんてありえる筈がない。
「……あぁ?何だテメェは?」
気配を感じたライトは後ろを振り返る。彼の背後にはグラスと戦った後のバンギラス--バースが立っていた。どう見ても敵意をむき出しにしている様子からライトも頬袋に電気を溜め込む。
「これ以上お前達と行動をともにする気はない」
「……何がいいたい?」
「お前達--否、アルタイルなどもう用済みだといっているのだ」
「ほぅ……俺らを裏切るってのか」
ライトもライトで形上は仲間であるアドンを裏切ってはいるがこうも面と向かって裏切るといわれてしまえば流石に黙ってはいられない。増して用済みなどといわれたらライトでなくとも頭にくるに違いない。
「”十万ボルト!!”」
先手をとったライトがバースに向けて強力な電撃を放った。この異常気象ではバースの砂も発動できずに電撃を直撃させられる。
「ケッ砂がなかったらテメェなんかただのでくの坊だな」
完全にバースを侮り得意げな表情のライトだが、攻撃を食らったバースの様子は無表情から変わらない。余裕を見せ付けられているのかライトはすぐに冷静さを失い額にしわを寄せる。
ライトは足元に違和感を感じた。わずかに足元がせり上がる感覚に見舞われる。それに気がついたのは彼の体が動かせないときだった。
地面から大量砂が競りあがり、ライトの全身を拘束する。ジタバタともがくも彼の体は微動だにしない。その様さながら砂の棺に入れられている様だった。
「これ以上お前にウロウロされてグラスを倒されてはかなわんからな。悪く思うなよ」
「テメェ……やっぱりグラスのことを知ってやがったな…・・・!」
眼前にあった異常気象に加え、次は眼前に突きつけられた死という一文字。今まで突きつけたものが最期に自分に突きつけられ、ライトは初めて恐怖という感情を身にしみこませていた。
「い、いいのか?俺をここでしとめたらアルタイルの野郎が黙っちゃいねぇぜ?」
最期には命乞い。だがバースが耳を傾けるはずがない。バースがぐっと右手に力を込めるとライトを纏った砂がそのままライトを圧殺する。砂はそのまま地面に落ちた。
よほどの圧力をかけたのだろうか最早肉片すら残させていない。本格的にアルタイルに反旗を翻したバースはそのままアルタイルの首をかこうと彼のアジトへ向かっていた。しかしアルタイルは彼の一部始終をモニターで監視していた。
「クックック……やはり裏切りましたねバース。このままわたしに従事していたほうがよかったものを……」
反旗を翻されたにも関わらずバースからあの笑みが崩れることはなかった。それどころか彼が向かってくるのを楽しみにしているようにさえ感じている。モニターの電源を切ったアルタイルはバース、そしてグラス達を迎え撃つために部下を収集する。