第五十七話 俺のライバル
※後半胸糞注意です。
~~ いんせきのどうくつ ~~
バースが右腕を上げ、勢いよく振り下ろすと今まで無造作に舞っていた砂嵐が突然意思を持つように動きを変えグラスに向かって襲い掛かってきた。さながら砂でできた津波のごとく砂嵐はグラスの体を飲み込んだ。
「……”じしん”!!」
完全にグラスの姿が砂に埋もれたところを確認し、バースが威勢良く右足を踏みしめると一帯に地震が起こった。傍らで戦闘を見ていたベガでさえその揺れに顔をしかめた。舌打ちをしながらベガはグラスの身を案じた。草タイプのグラスとて地面に埋もれた上での地震はダメージが大きいに違いない。地震が終わった後もグラスは地面から出てくる気配がない。
「…………」
突然舞っていた砂嵐がバースの背後に迫っていった。砂はバースを守るように盾の姿を模し、攻撃を防いだ。
「……これでも駄目か」
背後から攻撃したのは砂に埋もれた筈のグラスだった。砂に埋もれた筈の彼がなぜ背後にたっていたのかがわからなかったベガは目を見開く。
「”身代わり”を用いて俺の後隙を突くのはいい発想だったな」
バースにはグラスの算段は既にわれていた。背後から攻撃してくるだろうと決めうち砂を守りへと用いた。まずはこの砂嵐をどうにかしない限り突破口などないに等しい。グラスはバッグから”あめだま”を取り出した。
砂嵐がおさまり、洞窟内に小規模な雨雲がたちこめて激しい雨が降り始めた。雨に打ち付けられてかバースの表情が若干苦々しいものへと変わる。
(不思議だまで天候を書き換えたか……。だがあんな程度の道具じゃ長くはもたんぞ)
半ば関心しつつもベガはまだ不安を拭えていなかった。見た限りでもこの小さな雨雲からの雨が永続的に続くようには到底見えない。この雨が降っている間にケリを付けなければ勝機はほぼないといっていいだろう。
砂などなくともと言わんばかりにバースは”ストーンエッジ”をグラスへと向けて放つ。地面から突き上げるように出てきた鋭い岩をグラスは一つ残らず打ち落とし、そのままバースへと切りかかった。
少ないながらダメージにはなったもののこれでは決定打には到底なりえない。下手に時間をかければまた砂嵐が吹き荒れる悪天候に逆戻りだ。
バースは地震を繰り出そうと右足を勢いよく踏みあげたがすぐに止めた。下手に動くと反撃されるからと考えたのかバースは守勢に入る。
(どういうことだ?今のはわざわざ止める必要もなかったが……)
しかしベガは今のバースの様子に違和感を覚えた。今の”じしん”なら一度攻撃を決めてしまえば反撃の前にダメージを与えることができるはずだと。きっとグラスは何か別の目的があるに違いない。
「”けたぐり”!!」
「ぐわあぁああッ!!」
懐に潜り込んだグラスはバースの右足を力強く蹴りつけた。今までグラスの攻撃をもろともしていなかったバースが地面に叩きつけられた。絶叫に近い彼の声から相当なダメージが入ったに違いない。
”けたぐり”は格闘タイプの技で、相手の体重があるほど威力が上がる技。バンギラス相手にはこの上なく有効な技だが相手を転ばせてはじめて成立するわざ。なぜ今になってグラスの攻撃が通用したのかベガは直には分からなかったが--
(そうか、”あめだま”を使ったのはただ天候を取り戻すだけじゃなかった。今の足場が砂に埋もれた上に雨でぬれて不安定になっている。いかに強固な足腰を持っていたとしても立っていることは容易ではないか)
あの時バースが攻撃を止めたのもようやく合点がいった。メガバンギラスのような強固かつ重い体を持つポケモンが下手に転倒させられるとその硬い体が仇となり自身に致命的なダメージが入りかねない。故にバースは足場の悪い状態ではあまり動かずに戦おうとしていたのだった。
(まぁあれほどの相手だ。地形や道具をフルに活用せんとまともに戦えるはずもないからな)
形成が大きく変わり余裕が生まれたグラスは口角が無意識に上がる。だがバースは反対に不利になっている筈だが彼もグラスと同じように笑みが浮かんでいる。
「やるなグラスよ……。流石は俺のライバルだな……」
一瞬にして追い詰められたにも関わらずバースの口から弱音が出ることなく、出たのはグラスに対しての賞賛だった。
~~ マグマのちてい さいかそう ~~
二つのメガシンカを用いたリザードン--アドンに善戦こそはしたものの、晴れ下での最大火力の”オーバーヒート”を3度受け戦闘不能で倒されたリン。そんなリンに止めを刺そうとしたアドンだが攻撃が上手く出せなかった。
そんな状況に割って入ったのはアドンの仲間である筈のピカチュウ--ライトだった
。
「き……きさまは……」
「ずいぶんと無様なもんだなぁ。アドンさんよぉ」
いつの間にはメガシンカがおさまり普通のリザードンへと戻ったアドンをあざ笑うかのようにライトがはき捨てる。アドンの体は口のみならず体中から黒煙が出てしまっていることからは彼の体に異常が出てることは誰の目にも見て取れる。
「デメリットのねぇ”オーバーヒート”なんてあるわけねぇだろうが。アホめ」
「--?ど、どういうこと?」
状況がつかめずリンは思わずそう口にした。するとライトは機嫌がいいのかあの嫌味たらしい笑みを浮かべつつリンのほうへ振り向き答える。
「せっかくだからお前に教えてやるぜ。あいつは元々スタミナがねぇから俺に負けてばっかだったんだ。だからちょろっとある”ツボ”を教えてやったんだ。そしたらあいつ真に受けやがってよぉ……」
「ツボ…・・・?」
ライトはケラケラと笑みを浮かべながら弱っているアドンの頭の角と角の間を踏みつけた。踏みつけられたアドンは苦悶の表情を浮かべる。
「てめぇも医師なんだから知ってるだろ?リザードンのこのツボは体の限界--いわばリミッターを壊すツボだってよぉ?全部俺の思惑通りって訳さ」
「まさか、彼の体が壊れるのを分かってそのツボを教えたんじゃ--」
リンが言い切る前にライトは”その通り”と答えた。
「アドンのクソッタレめ、弱ぇ癖に”メガシンカ”をもらったのをいいことに威張ってばかりいやがったのが気に食わなかったからな。ちょっとイタズラをしてやったのさ」
ライトは右手で弱りきったアドンの首根っこをつかみ左腕に力を込めて電気を溜め、首元に”かみなりパンチ”を打ち込んだ。喉をつぶされてかアドンはうめき声すら上げられずその代わりのごとく黒煙を吐き出す。
ボロボロなアドンの姿がこっけいに見えたのだろう、ライトはケラケラと笑みを浮かべる。そのままライトはグラードンが眠っていた溶岩のもとへアドンを引きずり--
「そおぉらよっとぉお!!」
マグマの中にアドンを放り投げた。炎タイプのアドンでも弱りきった体に煮えたぎるマグマの中に投げ込まれてはただで済むはずもない。首から下がマグマに埋もれた状態で声にならない叫び声を上げ続けている。
「ハハハハハ!!なんていい様だなぁアドンさんよぉ!!」
これまで一貫して冷静な態度だったライトが感情をあらわにして笑い始めた。形上とはいえ仲間をこんな目に合わせているライトの姿にリンには戦慄--そして言いようのない怒りの感情が露になっていた。
直にアドンの体が完全に飲み込まれたのを頃合にライトはリンに向けて視線を移す。言うことを聞かないリンの体だがこのまま黙って好きなようにやられる訳にもいかない。痛む体に鞭を打ちつつ立ち上がる。
「なーに心配すんな。今はお前とやりあう気はねぇからよ」
「えっ?」
すぐにでも自分に襲い掛かると思っていたライトは予想だにしていなかったことを口にする。ライトは自分と戦う意思はない様子。本来の敵である自分を差し置いて味方であるアドンを襲ったライトの真意が理解できない。
「アンタ……一体何が目的なの……?」
「ケッ、んなこといえる訳ねぇだろうが、アホが。んじゃあな」
「ま、待ちなさい……!!」
当然のようにライトは答えることなくダンジョンから去っていった。傷ついた体のリンが追いつけるわけもなく彼女はダンジョンの奥地に一人で取り残され、言いようのないもどかしさを感じていた。