第五十五話 至高の種族
~ マグマのちてい さいかそう ~~
「はぁ……はぁ……」
アドンをまとっていた光が収まるとかつてリンを拉致したときのあの元のリザードンの体色を基調とした姿に戻っていた。それと同時にフィールドが強い日差しを覆い始めた。
そうでなくともフィールドの場外にはグラードンが眠っていた場所にマグマがあふれ出ているというのにこの日差しの強さ--リンの体力はそれだけでもじわじわと奪われていった。この暑さでは先刻のように相手のスタミナが切れる前に先にリンのほうがダウンしてしまうことに違いない。
「……リーフストーム!!」
これで勝負を決めようとリンは自身の持つ最大火力の大技を搾り出すように葉の嵐をアドンへとぶつけた。しかし葉の嵐を真っ向から受けたにも関わらずアドンは何食わぬ顔でリンを見下す。
「フン、それで攻撃しているつもりか?」
口にエネルギーを溜め込んで”火炎放射”をリンに向けて放った。強い日差しによって強化された火炎などまともに食らっていられるはずもなく横っ飛びで炎をかわした。”火炎放射”があたった地面はあまりの熱さからか地面が溶け出しているところからその威力の高さを物語っていた。
リンはもう一度”リーフストーム”を放った。またも葉の嵐がアドンを襲ったが、その攻撃を侮っているアドンはかわすそぶりもなく真っ向から食らった。
「……!?少しはやるようだな……」
本来”リーフストーム”は打つごとに威力が落ちるデメリットがあるがアドンはその身に受けた攻撃が先刻より弱くなるはずだが、むしろ強化されたようにさえ感じていた。
いい加減抗われることに少なからず苛立ちを覚えたのかアドンはすぐにかたをつけようと先刻の”火炎放射”よりもすさまじいエネルギーを口内に溜め込んだ。
「”オーバーヒート”!!」
アドンの口から発せられたのは最早炎ではなく爆発に近い衝撃だった。直撃こそまぬがれたものの爆発から発せられた熱風と衝撃は爆音と共にリンの体をたやすくふっとばし、壁に勢いよく叩きつけられた。
「……まさか貴様も隠れ特性の使い手だったとは思っていなかったよ」
二度目の”リーフストーム”を食らったアドンには、あの不慣れな現象について思い当たる節があった。隠れ特性”あまのじゃく”自身におこる能力の上下をすべて逆転させてしまう特性。これによって本来デメリット技である大技もむしろメリットつきの大技というとんでもない性能へと豹変させる特性になってしまっている。
いち早くアドンはその特性のことを思い出し、自身も大技でケリをつけようとした。しかしリンは壁に叩きつけられつつもまだわずかに体力が残っていたのか立ち上がり反撃の構えをとる。
「……ちっ、”オーバーヒート”!!」
「くっ……!!”守る”!!」
もう一度大技を放つも今度は”守る”によって展開されたシールドに阻まれた。これ以上攻撃を受けてしまえばリンは間違いなく倒されてしまうだけにシールドに力を込めた。
二度目の”オーバーヒート”にも関わらず威力が衰えることもなく”守る”によるシールドを破壊してしまった。リンの体はダメージこそは入らなかったもののシールドに力を込めすぎたのか反撃の構えもとれずに勢いに負けて仰け反ってしまった。そこを見逃さずにアドンは三度目の”オーバーヒート”を放った。
「--っ!!?」
三度目にも関わらず威力は衰えを見せず爆風がリンの悲鳴と共に彼女の体を飲み込んだ。爆風が収まるとリンの体はダメージに耐えられなかったからかとうとう地面に倒れこんでしまう。
「チッ、手間取らせおって……」
倒れこんだリンを見てアドンはまた力を込めた。本気でとどめを刺そうとしたのか口にエネルギーを溜め込んだ。リンは何とか攻撃を避けようとするも受けたダメージが大きく体が言うことをきかない。
アドンの口からリンに向けて勢いよく炎が発せられた--
「……な、に!?」
かと思われたアドンの口から発せられたのは炎でも爆発でえもなくくすぶったような黒煙がわずかに発せられただけであった。いくら”オーバーヒート”を打ちすぎたにしても攻撃自体が出ないという異例の出来事にアドンは目を見開く。
「ケッ、無様なもんじゃねぇか。アドンさんよぉ?」
『--!?』
アドンもリン聞き覚えのある嫌味たらしいあの声質。二人が振り向いた先にはあの悪辣なピカチュウ--ライトが立っていた。
~~ あらしのかいいき さいかそう ~~
「おいおい?そんなざまで僕を止めようってのかよバカトノよぉ?」
アルタイルの洗脳を受けたバナを助けようと彼と戦うトノだが、相性の差を覆すこともできずに一方的にやられていた。あっけなくやられて地に伏せるトノを見てバナは少しつまらなそうに彼を挑発する。
トノの頭、そして実力ではバナを倒し、カイオーガを止める術を思いついた上で実行することは不可能であった。
しかしたった一つだけバナを倒すことはできなくもない術がトノにはあった。彼はバナを睨みつつ痛む体に鞭打ちながら立ち上がった。
「〜〜〜♪♪」
「--!!」
突然トノが歌いだした。あまりに突発的な彼の行動に一瞬バナは怯む。そしてトノの歌を耳にした途端、言い表せないような嫌な感覚がバナの全身を駆け巡った。
「なっ……なんだこの歌……!?」
「……ほろびの歌じゃ」
トノから発せられた技--”ほろびのうた”という技。使用するとその場に居合わせたポケモンを直に戦闘不能へと陥らせる諸刃の剣ともとれる技。先ほどバナが感じた言いようのない嫌な感覚はこの技によって引き起こされた現象であった。
「お……おいおい、この技使ったらお前も倒れるんじゃないのか」
直に自身が倒されるという事実に直面したバナは声を震わせながら問いかけた。そんなバナとは対照的に自身たっぷりに”そうじゃ”とトノは答えた。
「ああそうじゃこの技を使ったらワシも倒れる。じゃがそれで構わん!!」
「お前……」
今まで弱腰だったトノの姿しか見ていなかったバナは力強い彼の瞳に心を動かされる。
「友がこれ以上道を踏み外すのは見ていられ……ん……」
力強く叫ぶトノだが直に力なく倒れこんだ。トノ自身にも”ほろびのうた”の効果がいち早く発生してしまっていた。自分にも同じ効果が訪れることを知らされたバナは戦慄--ガクガクと全身を震わせ--
--ドサッ
そのままトノと同じように倒れこんだ。それに伴ってバナの姿が元のフシギバナの姿へと戻っていった。