第五十三話 宝玉
『いいですか!今から私が言うことをよく聞きなさい!!』
突然広場のスピーカーから発せられたアルタイルの声。それはポケモン達の救援に向かっていたグラス達も同じように聞こえていた。
「あの声は……!」
面識がない(正確には本性を現してからであるが)トノもグラスやリンの緊張感につられてか彼の顔からも緊張が走る。スピーカー越しにアルタイルは続けた。
『ポケモン同士のエゴから生まれた醜悪な争いによって進化の遅れた愚かな世界……、それを一度私が作り変える!!』
先刻までもやわらかい物腰から一転、彼の強い語気の一言は広場のポケモンに衝撃を与えた。彼らにも自覚があった。行き過ぎた欲望から生まれた些細な動機から発せられた争いの数々、まるでスピーカー越しにアルタイルの洗脳が始まっているかのようにポケモンの中にはは次第に彼に同調していっている。
グラス達はアルタイルの見せた大きな動きに動かねばと思いつつ、どうすればよいか考えあぐねていた--
「アルタイル……、とうとう動きだしたわね」
グラスの背後から発せられたあの凛とした綺麗な声。ビリジオンのシリウス--グラスの師だ。
「師匠!?」
「ん?何じゃお前は!?いきなりわし等に入っ--」
トノが言い切る前にグラスに切り伏せられた。本気のWリーフブレード”が飛ばしてきたグラスの目は明らかに怒りがこもっていた。
「おいアホガエル。師匠に向かってその口の利き方を今すぐ修正しろ。さもなくば貴様を--」
「グラス」
剣を刃先倒れているトノに突きつけて非を詫びるよう強制するグラスに背後からシリウスがピシャリと静止。口にこそは出さないもののその雰囲気から彼女が”やめろ”と伝えようとしているところがトノにもグラスにも伝わった。
「……申し訳ありません」
「ごめんなさいねお殿様、うちの馬鹿弟子が世話になってるわね。私はシリウス。見てのとおり種族はビリジオンで一応グラスの師匠ってことになってるわ」
「わ、わしはニョロトノのトノじゃ……」
「ば……馬鹿弟子……?」
剣をしまい、頭を下げて詫びるグラス。あの生意気な彼がこのビリジオンにだけ従順な態度をとり、果てには敬語まで使わせている姿を見せ付けられてさすがのトノのほうも先ほどとはまた違った緊張感を張り巡らせる。
お互いに自己紹介をしている傍らで、師匠に怒られてかショックを受けているグラスにリンはニヤニヤと笑いつつ彼に近づいてきている。
「あ〜ら珍しいわね。あんたがちょっと怒られた程度で本気でへこむなんて」
「う、うるさい……!」
「いっつも生意気な態度ばっかとってるあんたもかわいいところあるじゃない。そんなにお師匠様のことが大好きなのね。」
「か、かわいい……!?」
”かわいい”と称されてグラスは怒っているのか恥ずかしがっているのかは定かではないが顔を赤くさせてしまう。少し和やかな空気に変わったところで、使い物にならなくなったグラスを放っておいてリンがシリウスの方へと話しかけることに。
「ところでお師匠様?アルタイルの目的について何か知っていませんか?」
「シリウスでいいわよ。私も全部わかっているわけではないけど……それでよかったら聞いてくれる?」
3人は頷き、シリウスは口を開けた。アルタイルと名乗るサザンドラの正体は実際は″命の声と呼ばれる代物であり、彼自身は本当はポケモンではない。
”命の声”--かつてこの世界がまた危機に瀕していた時、生きたいというポケモン達の気持ちからアルタイルが生まれた。そして彼は世界を救うことができる英雄を探し、協力していた。
結果として英雄と共に世界は救われたのだが、救われた世界は平穏とは程遠く争いに満ちていた。”命の声”の元であるポケモン達の意思は次第に変わっていき、アルタイルの言う”世界を作り変える”という結果に至った。
シリウスはそんな彼と元チームメイトであり、グラスは師である彼女に協力することを申し出てポケモンと化した。
(しかし……なぜわざわざ記憶を消してポケモンに変化する必要があったのだろうか……)
重要な部位以外の人間の時の記憶が消えているグラスは声には出さずともそう考えていた。しかし今はそのことは考えている暇はないと首を横に振り目の前の事案に意識を傾ける。
『アルタイルの最終的な目的は超古代ポケモン、グラードンとカイオーガをよみがえらせること』
また別の声が発せられた。グラス達と協定を結んだニンフィアのベガだ。ファンシーな外見に似合わない低い声と、その不機嫌な表情はすぐに彼のものだとその場に居合わせた者達全員が認識する。
「そしてグラードンとカイオーガの力を最大限に引き出すためにやつは“メガシンカ”について調べまわり、暗躍していた」
「ぬっ!?貴様はぁあああああ!?」
ベガの姿を見てトノが猛り狂った。ガマの正体が彼だということを伝えられたトノは彼と協定を結ぶことを断固拒否していた。無理もない話、彼がスパイとして活動した故にトノ自身や屋敷のポケモン達も傷つけられたものだから。
トノはベガに詰め寄るがベガはそ知らぬ顔で続ける。
「Wメガシンカ”を操れるだけの力を蓄え、奴等は直にグラードンとカイオーガをよみがえらせるために動き出すだろう」
「--奴等はどこへ向かっている?」
暴れるトノはリンに制されて話を続けた。ベガは無言で地図を取り出して赤と青色が入り混じったマークが指された地点を指(?)さす。
ベガが指差した地点は暗闇峠と呼ばれるダンジョンだった。名が体をあらわすのかゴーストタイプのポケモンが多く出現するダンジョン。ここにはグラードンとカイオーガを操り、その力を最大限に引き出すことができるといわれる宝玉があるとベガが調べた限りではあるとの話。
「おそらくアルタイル達もそこへ向かっている筈だ。ベガ、案内してくれるか?」
「フン、お前に言われずともそのつもりだ。来い」
終始上から目線のベガにトノがぐちゃぐちゃと文句を垂れるが当然聞き入ってもらえるはずもなくリンに黙らされて強制的に連行された。
~~ 暗闇峠頂上 ~~
ダンジョンは決して難易度は低くはないがレベルの上がったグラスやシリウスが同行しているからかすんなりと頂上までたどり着くことができた。
既に頂上には今にも宝玉を奪おうとせんばかりに立っているアルタイルとライト、そして数体の配下ポケモン達が待ち構えていた。宝玉を守っていたであろうポケモン達は皆彼らによって倒されて一人残らず地に伏せている。
アルタイルはグラス達の姿を見て苦笑いを浮かべつつため息をついた。
「やれやれ……またあなた方ですか……。そのしつこさには最早わたくしも感服いたしますよ……」
いつものようなあのサザンドラらしからぬ柔和な表情。余裕さえ感じさせる彼の態度にグラス達も思わず身構える。だが直に彼の笑顔が消える。
「ですが残念ながらあなた方の力だけでどうにかできる時期はもう終わっているのですよ……。ライト」
アルタイルは隣にいたライトふっと振り向く。
「こちらのお客さま方の相手をして差し上げなさい。われらに楯突く気力をへし折るほど全力でね……」
「……フン」
それだけを言い残してアルタイルは宝玉を奪い取り自慢の翼で飛び去っていった。不服そうな面持ちであったライトだが彼が去ったのを頃合にニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。
「ケッ、お前らに散々やられた恨み今ここで晴らさせてもらおうか……」
ライトの指示を受けて配下ポケモン達がグラス達を取り囲んだ。一刻も早くアルタイルを追わねばと急ぐグラス達を焦らせる。囲まれて背中あわせとなったなる。
「“エナジーボール”!!」
配下ポケモン達の数が薄いところを目掛けて”エナジーボール“が発せられた。あたりの敵ポケモン達はその衝撃で隙が生まれ、一向はひとりを残して峠の頂上を抜けていった。
あっけなくあいての術中にはまってしまったライトはしかめ面、簡単に逃がしてしまった手下達は彼の怒り顔を見てびくついてしまう。ライトは残った一体をにらめ付ける。
「……一番強いてめぇを今この場ぶっ潰せるってのも、それはそれで悪くはねぇかもな……」
残った一体--シリウスをにらみながらライトが口角を吊り上げる。シリウスはライトに悟られぬように自身が囮となって彼らを逃がすように伝えたのだ。
手下達にシリウスを始末するように命じるライトだが、手下達のほとんどが顔を引きつらせている。つまりまたこれももライトの勝手な行動なのだろう。だが当然だがライトに脅されて、手下達は渋々彼の身勝手につきあわされる羽目に。
戦局は終始シリウスが主導権を握っていた。ライト達は多勢に無勢とタカをくくっていたためかまともな連携もできない部下ばかりでも楽に勝てるとふんでいた。一体ずつ襲い掛かる手下ポケモンをシリウスは的確に処理していく。
手下達を次々に倒されて、追い詰められてうめき声を上げるライト。これではかなわないと悟ったのか彼はすぐに降参の意をあらわにした。それを受け取ったシリウスは戦闘の構えをといてグラス達の後を追い始める。
(ケッ、かかったな。バカが!!)
絵に描いた卑怯者--ライトがそこまで容易く引き下がるはずがなかった。手下達と共に油断しきっている、シリウスへ不意を撃とうと企てていた。背後から手下と共にシリウスへと襲い掛かった。
「……さすがグラスのパートナーといったところかしら?」
シリウスから発せられたのは彼らから攻撃を受けた悲鳴ではなく、賞賛の声であった。代わりに攻撃を被弾し、地に伏せられたライトのうめき声が発せられる。
「おやおや、あいつのお師匠様ともあろうお方があんな攻撃を通しかけるとは思ってもいなかったぜ?」
「あら?わざわざ助っ人に来てくれたのにそれを無碍にするのもどうかと思ってたけど?」
ライトを攻撃し、仕留めたのラックだった。軽口こそは叩いているがお互いに信頼している雰囲気はライトにとってはこの上なく気に食わないものだった。本当に降参以外何もしようがなくライトは手下を引き連れて去っていった。
「……さて、お師匠様よぉ。どうするんだい?俺等もラック達を追うかい?」
「……いえ、少し気になることがあるの。彼らなら私達がいなくても大丈夫だと思うし……少し協力してくれないかしら?」
ライト達が去って直にラックたちも暗闇峠を後にした。