第四十九話 アルタイルとベガ
「話してやる。よく聞け」
ガマゲロゲの姿を模した筈のガマだが突如としてニンフィアへと姿を代えた。アルタイルをも裏切った彼はあくまでも上から目線で自ら望んでグラス達に自分の経緯を話し始めた。
「私の種族は見ての通り元々はニンフィア--名前はベガだ。アルタイルの元にスパイするために"へんげのたま"で変装していたのだ」
「変装って……なんでわざわざそんな手間のかかることを?」
"へんげのたま"は対象のポケモンの種族を変えるアイテム。何故スパイをするためにわざわざ道具を使うのか察しれなかったリンはそう口にする。そう尋ねられたニンフィア--ベガは忌々しそうな表情で額にしわを寄せる。
「……私の故郷はアルタイルによって滅ぼされ、兄姉達も殺された」
しばし間がおかれた。グラスとリンは驚きで声も出ずに目を見開く。唐突に容赦ない過去が暴露されるとは思わずにいていた。シリウスは黙って彼の話に耳を傾ける。ベガは淡々と自分の身の上話を続ける。
「私もアイツに何度も立ち向かったのだが、当時幼いイーブイだった私は全く歯が立たなかった……。兄姉のうち一人を除いて殺され……」
「一人?」
「お前たちはシャドーのことを覚えているか?」
"シャドー"ブラザーズ結成時にて始めに戦ったあのお尋ね者。彼とベガは同じイーブイの進化系統であることから三人は彼等に何かしらの因果関係があるのかと考える。
「ヤツは私の兄の一人なのだがな……普段からどうしようもない屑でヤツは自らの意思でアルタイルについていった。自分の故郷の壊滅に加担してまでな」
「じゃあ一人が生き残ってるのはあのサザンドラにつかえてたからってこと!?」
ベガは"そういうことだ"と冷たく言い放った。あのシャドーのきまぐれな性格から彼はただの面白半分で故郷を壊滅させたのかと頭の中でグラスは考えていた。
「その日以来、私はアルタイルとシャドーに復讐することを決めた。ただヤツの組織力には私一人ではどうしようもなくてな」
「……それで"へんげの珠"を使ってアルタイルのもとで潜入捜査をしようと考えた訳ね」
「そうだ。そしてカエル屋敷にスパイに向かった頃、私は従者としてブラザーズに出会った。もしかしたらお前たちなら奴らを滅ぼせるかもしれない……そこでだ」
ベガの目つきが変わる。彼の最も言いたいことを切り出そうとしているのか、目つきに真剣味を醸し出している。ブラザーズの二人はそんな彼の眼光に釘付けになる。
「チーム"ブラザーズ"よ。私が協力してやるからアルタイルの組織を討伐してもらう」
頼み込んでいる筈なのだが上から目線のベガの物言い。グラスは"何故お前と一緒に行動せねばならない"と吐き捨てるようにそう口にする。リンも困ったような表情、シリウスは眉一つすら動かさずに表情を変えずにベガを見据える。
そんなグラスたちのリアクションはべガにとっても想定内なのか特別慌てることなく--
「言っておく、お前たちが例えアルタイルに関わらないようにしようともヤツはお前たちのことは狙ってくるぞ」
「ど、どうして!?」
「アイツは口こそ丁寧だが陰険でしつこいなヤツだ。お前たちに逃げられたのを恨んで仕留めるまで狙ってくるぞ」
半ば脅しともとれる容赦ない言葉をベガが投げかける。しかし彼の言うとおりアルタイルなら執拗に付け狙うこともありえなくはない。リンは思わず身震い、グラスも眉を顰める。もう少しで思惑通りになるからかベガはふっと口角を釣り上げる。
「いいことを教えよう」
『--!?』
「アイツは"メガシンカ"について研究し、それを我が物にしようと企んでいる」
『"メガシンカ"!?』
グラスにとってもリンにとっても聞きなれない言葉に二人して首をかしげる。一方でシリウスのほうは彼等に説明するためにすっと身をかがめて目線を合わせる。
「ほとんどのポケモンには"進化"と呼ばれる、特定の条件を満たすことで瞬間的に容姿や性質が大きく変化するという特徴があるでしょう?今まではポケモンの種族ごとに進化の段階数・限度が決まってたけど今この"メガシンカ"はその進化の限度を突破した更なる進化形態としてごく最近知られるようになったの」
グラスには見覚えがあった。"炎の山"にてサスケと名乗るルカリオが突如シリウスの言うことが起こっていたことを。あの時彼は"メガシンカ"してたことをここで始めて悟る。
「"メガシンカ"は見た目だけでなく種族値、特性、タイプなども変化し種類のよっては伝説のポケモンクラスの種族値や恐ろしく強力な専用特性になるのだ。そしてヤツは伝説のポケモンのエネルギーを無尽蔵に吸収し、それを所有者の絶対的な力として還元する"メガリング"という"メガシンカ"に欠かせない道具を利用して世界を征服しようと企んでる」
"メガシンカは一部のポケモンしかできないようだがな"と付け加える。もしサスケが"メガシンカ"を制御しきれたらと考えるとグラスは恐ろしいものを感じていた。
「尤も、サスケが力を制御できずに自爆したり、常にポケモン達を拉致するあたりは奴らも"メガシンカ"の力を完全には使いこなせていないのだろう。本来ならそんな必要などないのだがな。まぁそこに我々の漬け込む隙があるあたり奴らの無能っぷりには感謝すべきかもしれんがな」
"我々"と口にするあたり既にベガは彼等が協力してくれる前提で話を進めてる。
「フン、そこまで言うのならお前のお望み通り。協力しよう」
「グラス!?」
協力の意を示すグラスにリンは思わず声を荒らげる。あんな得体の知れない不遜なニンフィアの言うことなど信用ならないのは無理もない話。慌てて彼等の間に割って入る。
「リン、気持ちはわからんでもないが私達はアルタイルのことや"メガシンカ"のことをまだまだ知らなさすぎる。彼を味方に引き入れてもいいのではないか?」
「でも……またスパイってことも考えられるんじゃ……」
「それはない」
リンが懸念するのはベガがアルタイルのスパイであるということ。以前ベガがガマゲロゲの時にカエル屋敷にてスパイ活動をし、トノ達を傷つけていたことを脳裏によぎる。
「同じ手を、ましてや私達の前に通用するとは考えんだろう。ここまで手の込んだ嘘を作ってまでする作戦でもないだろう」
「うーん、そうかも知れないけど……」
「決まりだな」
実際には決まっていないのだが今度はベガが勝手に割って入った。交渉が成立したからか彼のその表情はどこか嬉しげである。
シリウスはそんなベガを疑いを込めた眼差しで睨むように凝視していた。それでもベガは特別警戒することなくその場を去ろうとした際に彼女のほうに含み笑いを浮かべながら振り返る。
「--どこへ行く気?」
「フン、私を疑うのは結構なことだが今は愛弟子の体力を気遣ったらどうかね?逃避行やらで疲れてるだろう?
まぁ、一旦は別れることにするよ。救助隊がこんな得体の知れないヤツと一緒に行動を共にしすぎると怪しまれそうだからな」
「--わたしも付いていっていいかしら?」
「どうぞご勝手に。では私は一旦失礼する、また明日会おう」
それだけ言い残してベガとシリウスは去っていった。残されたグラスとリンは一旦は救助隊基地に戻ることになった。