第四十八話 裏切り
「き きさまぁぁっ!!」
リンを誘拐してグラスを誘い出し彼を洗脳しようと企むアルタイル。しかし洗脳はリンによって失敗、怒り狂ったアルタイルだがシリウスの乱入によって邪魔され激昂。青を基調とした彼の顔はサザンドラの筈だが、さながらクリムガンを彷彿とさせる程真っ赤になっている。
「師匠……」
「グラス、アイツはわたしが相手するわ。貴方はその娘を看てて」
「……はい」
不服ながらグラスは戦場から離れてリンの介抱に向かう。それを確認したシリウスはキッとアルタイルをにらめつけた。アルタイルは今にも"げきりん"を放ちそうな程怒り狂っている。流石に相手が相手だからかシリウスのほうも警戒せざるをえないのか額にしわを寄せている。
「シリウス!やはり私の邪魔をする気ですね!!ならばこちらにも考えがあります!!」
アルタイルがそう口にすると転送してきた手下ポケモン達がグラスやシリウスを取り囲む。その中にはライトやガマなどといった四人衆のポケモンも出てくるあたり恐らく手下総出で向かううつつもりなのだろう。
「ハッハッハ!!いくら貴女でもこれだけの相手をするのは不可能!!私に歯向かったことを後悔して死んでいきなさい!!」
一体の力はさほど強くなくとも総出ともなれば多勢に無勢。真っ向から戦ってしまおうものなら間違いなくシリウスは為すすべもなく倒されてしまう。敵の群れを目にして思わず後ずさる。そんな彼女の表情を目の当たりにしたアルタイルは得意気に高笑い。
「お前たち、グラスを捕まえて残りの者共を始末しなさい!!」
アルタイルの命令を受け、ライトを筆頭に手下ポケモンが一斉に襲いかかってきた。襲いかかるポケモンにシリウスは確実にいなしていくが、次第に数の暴力におされて劣勢になっていく。
リンの介抱に向かっていたグラスだがリンが目を覚ますと彼女に隠れているように言った後にシリウスの助太刀に向かう。
「させっかよバカが」
そんなグラスの邪魔をするようにあの忌々しいピカチュウ--ライトが彼の眼前に手下を引き連れてたっていた。隠れて様子を見ていたリンがハッと目を見開いた瞬間、グラスが地面を転がっていた。ライト一体ではかなわなくともこちらも数の暴力で圧倒していた。
執拗にグラスに加えられる打撃、悲痛なうめき声をあげながらも彼はリンを守ろうとどうにか体を起こそうとしていた。ライトにはその光景が滑稽に見えたのか楽しげな声を発する。
「やめなさいライト!!そいつを殺す必要はありません!!」
元々グラスを手駒にしようと企んでいたアルタイルもこの自体を快く思っていないのかそう叫ぶ。が、はシリウスと自分の手下たちの戦闘の音にかき消されてその言葉はライトの耳には届いていない。アルタイルでさえ望んでいないことなのだからライトがグラスを必要以上に痛めつけるのに利益などない。相変わらずニヤニヤと下劣な笑みを浮かべるあたり彼に明確な目的などないのだろう。
芳しくない状況を目にしていた。シリウスは自分に襲いかかる敵を"二度蹴り"で飛ばし、一瞬の隙をついてグラスたちの助太刀に向かう。以前としてグラスを痛めつけるライトを"リーフブレード"で切りつける。
渦中からシリウスに逃げられたことで一旦攻撃の手を止めた手下たち。その群衆をかき分けてアルタイルが近寄ってくる。ライトの勝手な行動こそあったものの一転して自分が優勢にたったことでニコニコしながらアルタイルはグラスたちに詰め寄ってくる
「今一度問います。グラス、私の配下になりなさい。さすれば貴方の命だけは見逃してあげましょう」
「断る!!」
「…………残念です。お前たち--」
まるで断られるのを予期していたのかアルタイルは躊躇なく手下達に"殺りなさい"と命じた。命令を受けてガマゲロゲ--ガマが率先してグラスと対峙。ガマゲロゲ特有の全身のコブを震わせる。
コブを震わせたあと、ガマは勢いよく"ハイパーボイス"を放った。
グラス達にでなくアルタイル達に。
ガマから発せられた爆音がまさか自分達に向けられるとは思ってもみなかったアルタイル達は思わず顔をしかめながら耳を塞ぐ。思いがけない光景にグラスのみならずシリウスも目を見開くがそんな彼女にガマは"はやく逃げるぞ"と言わんばかりに目配せ、それを受け取ったシリウスはグラス、リン、ガマを背中に乗せてその場から逃げ出した。
爆音がようやく止んだころに手下達はようやくガマが裏切ったことを認識。アルタイルが顔を歪ませて怒りを顕にしているあたり彼等はすぐにシリウス達を追う準備をとる。
「お前たち!!急いで奴らを引っ捕えなさい!!」
『ハッ!!』
一斉に駆け出す部下たちだが誰一人としてビリジオンを上回る素早さを持ち合わせておらず呆気なく逃走を許してしまう。
「おのれ……!!」
「ふぅ……ここなら大丈夫そうね」
アジトから遠く離れた草原に一行は身を置いた。グラスとリンならそこまででもないがガマゲロゲのガマまで加わるとなると結構な重量になりシリウスは少し疲弊した様子で三人を背中からおろした。ライトに痛めつけられたグラスはリンの肩を借りながら降りている。
「それにしても……」
シリウスの視線がガマにうつった。グラスも同じだ。彼には気になることが山ほどにある。それらをたずねようと二人が同時に口を開いた時であった。
「ふっ、時間か……」
『--?』
突発的にそう口にしたガマだが、突然彼の体が輝き始めた。眩い光が一帯をおおうように彼の体から発せられグラスたちは思わず目を瞑ってしまう。
しばらく時間がたって光が収まった。するとそこには先ほどまでいたはずのガマゲロゲの姿がなかった。リンは驚きのあまり唖然としていた反面、シリウスもグラスもまるでこうなることは知っていたかのように真剣な眼差しでその場--ガマが居た場所を見据えていた。
「それがお前の正体か」
「……いつから私がニンフィアだと気がついていていた?」
ガマが立っていた場所にいた片耳と首元にリボンのような触覚のある薄いピンク色の毛並みを持つポケモン--ニンフィアがそう口にした。彼はガマゲロゲからニンフィアに姿形を変えていた--否、もとの姿に戻ったと言い換えたほうがただしいだろう。
ニンフィアというファンシーな外見に反して彼は低音かつ不遜な口ぶりで無愛想にそう尋ねる。
「はじめて変だと思ったのは"樹氷の森"でお前が"リーフブレード"を食らった時だ。普通のガマゲロゲなら間違いなく倒れる筈だがお前は倒れなかった。あの頃から違和感を感じていた」
話の内容や目の前でガマゲロゲがニンフィアに変わったことなど状況が飲み込めずにリンは目を点にしている。彼女を放っておいてあとの三人が話を続ける。
「ふっ、やっぱりお前たちにはわかっていたか」
ただ不敵に笑みを浮かべるこのニンフィアが元は敵の配下についていたこと。リンは警戒した様子でその会話の一部始終を聞いている。シリウスがニンフィアに詰め寄るように近寄る。
「さて……では話してもらえるかしら?」
「嗚呼、いいだろう」
「……ありがと。じゃあ色々聞きたいことはあるけど何故わたし達を助けたの?」
意外とあっさりと了承を得ることに。ニンフィアはすっと口を開いた。