第四十七話 あくのはどう
氷雪の霊峰にたどり着き、真実を見つけられたグラス達だが喜ぶのも束の間、サスケ達の総帥であるサザンドラ--アルタイルが登場。彼はリンを人質にグラスが自らのアジトに単身でくるように要求。リンを助けるためにグラスは疲弊しきった体を引きずってアルタイルのアジトに向かうことに……。
アルタイルに手渡された地図を頼りにグラスは見知らぬ土地に足を踏み入れていた。草陰に隠れていたワープゾーンの場所と手渡された地図にある目印の位置は完璧に合致していた。意を決するグラスはワープゾーンに足を踏み入れた。
彼の体が一瞬のウチにその場から消失する。
ワープゾーンはグラスを怪しげな建物の一室に繋がっていた。異常な程冷静さを保っていたグラスはライト達もここから出てきた悪事を働いていたのかと理解する。
--ガラガラガラ
「--!?」
グラスがいる部屋の扉が開いた。そこから現れたのは手下らしき二体のダーテングであった。ダーテング達はグラスの姿を見るや警戒の構えをとる。
「侵入者!?捕まえろ!!」
自身に飛びかかってくるダーテングを軽くいなす。単調な攻撃をかわして二体のダーテングに"けたぐり"を打ち込んだ。そこそこの重量に加えて悪タイプの体にはこの攻撃はこたえたのか、一撃で二体とも目を回してのびていた。
目を回しているダーテング達を放置してグラスは扉をあけて部屋をでた。恐らくリンは総帥のアルタイルの部屋にて捕らわれている筈、急いで奴の部屋を探しに行く。
アジト内は不思議のダンジョンと大きな変化はなかった。最新部であろうアルタイルの部屋を目指し、野生ポケモンと大差ない襲いかかる手下ポケモンを倒していく。階段を下りながらあらゆる部屋を手当たり次第に探し続けるが当然リンの姿もアルタイルの姿も見当たらない。
「--!!?」
背後に気配を感じた。慌てて剣を構えるとその先には彼のしっているビリジオン--シリウスが立っていた。アルタイルに来るなと言われた筈の彼女が姿を現してグラスは慌てた様子で口にする。
「師匠!?何故来たのですか!?こんなとこアルタイルに見つかったら--」
「大丈夫」
それだけ口にするとシリウスの姿が一瞬にして消えた。すると上から手下らしきポケモン--フーディン、レパルダスが二体ずつ、ボトボトと音をたてて落ちてきた。ポケモン達が音をたてて落下した直後シリウスがまたグラスの目の前に立つ。
「アルタイルは見回りをさせてる手下全員に通信機を持たせてるの。だから手下達を報告させる前に殲滅させていけばバレることはないわ」
"いやだからって……"と口を開こうとしたが今の疲弊しきっているグラスにはシリウスの援助は少なからずありがたいと思う節もある。彼女は自分が手下の殲滅を行う間グラスにリンを探しにいかせることを提案、グラスはそれに応じてシリウスはまた彼の目の前から飛ぶように去っていった。
援助のおかげかその後は比較的スムーズにアジトを踏破していったグラスはアルタイルの部屋であろう最新部までたどり着いていた。彼はひと呼吸おいてその扉に手をかけ、勢いよく扉を開けた。
扉を開いた先には縄で体を縛られたリンとそんな彼女をやや苛立った様子で痛めつけようとしていたピカチュウ--ライトが立っていた。当然こんな光景を見せられてグラスが黙っていられる筈もない。怒りで体を震わせる。
「ハッ、何しにきやがったよ?ヘボ救助隊君?」
「フン、そのヘボ相手にボスと一緒に尻尾を巻いて逃げ出したのはどこのどなたかな?」
挑発的なライトの言葉に返す言葉でグラスがそう発する。リンを返せと言わんばかりにグラスはライトに斬りかかった。図らずも一連の騒動でレベルが大幅に上がったグラスはライトを上回る実力を有しており、あっさりとカタがついた。病み上がりの体で斬撃を食らったライトは膝を付きドサリと音をたてて倒れこむ。
「リン!今助ける!!」
倒れ込んだライトに目もくれずにグラスは縛られたリンのもとに駆け寄った。グラスは手にとった剣でリンを拘束していたロープを切り彼女の体を自由にさせる。
「大丈夫か?」
「うん……ありがと……」
「よし、早いとこここから--」
「テメェ……舐めた真似してくるじゃねぇか……!」
立ち上がったライトは手下を呼びグラス達を包囲させた。疲れきった体を顧みずにグラスはグラスはリンを守ろうと彼女の前に立ち、戦闘の構えをとる。いくらグラスがレベルが上がっても多勢に無勢。集団では無茶だとリンも加勢すると口にしようとした時であった。
「待ちなさい」
ドスのきいた低い声。グラスが予期していたそのポケモンの正体は彼やリンのみならずライト達もすくみあがるような声の主は紛れもないこのアジトの主--アルタイルだ。
「ゲッ……!」
「アルタイル様……」
ライトの手下達は総帥の姿に完全にすくみあがっている。先ほどまでの戦意が嘘のように恐怖で体を震わせている。恐らく手下の誰もが彼の意に反することをすれば命はないと悟ったであろう。アルタイルもライト達がいるのは予想してなかったのか詰問するような目つきでライトを睨む。睨まれたライトは一瞬だけ後ずさるもすぐに彼のことを睨みかえす。
「ライト。あれほど余計なことはするなといった筈ですね?直ぐにに彼等を連れてここからさりなさい」
「で、でも--」
「私の言うことが聞けないのですか?殺しますよ?」
凶暴ポケモンらしき殺意を込めた眼差し。これにはライトも従わざるをえずに舌打ちをしながら手下達と共に部屋から去っていった。ライト達が去っていったのを確認したアルタイルはとたんにいつものような笑顔を浮かべる。
「ようこそ、我がアジトへ流石私が目をつけただけあってよくぞここまでたどり着けたものですね」
表向きとはいえ笑顔で歓迎している辺り、アルタイルもまだシリウスの侵入には気がついていないのだろう。もし知られていれば恐らくリンの命はなかったのかもしれない。
「黙れ、貴様何故リンを誘拐した?私が目的ならそれだけ伝えればよいだろう?」
慇懃無礼を具現化したような彼の態度にグラスの怒りは有頂天。グラスは自分のことで仲間を傷つけるアルタイルが許せなかった。しかし当の本人はこれだけの敵意を向けられてもまだニコニコとしている。
「申し訳ありません……。こうでもしないと貴方はここにはいらっしゃらないでしょう?ですので少々手荒な真似をさせていただきました」
「--!!」
グラスが飛びかかった。しかしアルタイルはこれを予期していたのか両腕でグラスの特攻を止める。あっさりと止められてグラスは目を見開くグラスにアルタイルは含み笑いを見せる。
「まぁそう殺気立たないで下さい。貴方を呼んだのにはれっきとした理由があってですね……」
「貴様と話すことなどない!!」
途中で吐き捨てるようにグラスがアルタイルの言葉を切るが、アルタイルはそれでも"少し質問させてください"と口を開ける。その瞬間にアルタイルの目の色が僅かに変わったのをリンは見逃していなかった。
「貴方は私のことが憎いですか?」
グラスは何故こんなことを聞いてくるかが分からなかったのか驚きを含めた様子で彼の目をじっと見ていた。うすら笑いが徐々に見え隠れしているアルタイルの様子にリンはよからぬ気配を感じる。
「私は貴方やそのお仲間を傷つけ、そして伝説のポケモンを誘拐した……。そんな悪事をはたらく私を貴方は憎からず思っているのでしょう?」
徐々にアルタイルの体から禍々しい黒いオーラが発せられる。しかしグラスは彼の目に釘付けになってるのかのように微動だにしない。
「ダメよグラス!!アイツの目を見ちゃダメッ!
リンは何かを思い出したかのようにグラスの前にでて彼の両肩を掴み軽く揺らした。リンの姿を目に入れてからグラスはハッとした様子で辺りをキョロキョロと見回す。
「り、リンか!?一体……?」
「アイツはあなたを洗脳するつもりだったの!!」
そう言われてグラスは途中から意識が朦朧としていたことを口にする。
「小娘ッ!!」
『--!?』
背後から聞こえたアルタイルの怒声。今までの柔らかい物腰からは嘘のように彼の表情は怒りに満ちているあたりリンの言ったことは図星だったのだろう。彼は 全身からまた別の禍々しいオーラを纏っているあたり"あくのはどう"を撃つのだろう。
「邪魔をするなッ!!」
「きゃああああぁッ!!」
図らずもグラスを庇うように"あくのはどう"を受けたリンはそのまま壁に叩きつけられた。弱った体に攻撃を受けたリンはぐったりと地に伏せる。またも仲間を傷つけられてグラスの怒りも有頂天。敵意を込めた眼差しでアルタイルを睨む。
「おのれ小娘……、もう少しでうまくいったとこのに……
フン!大人しく洗脳にかかっていればよかったものを!!覚悟しなさい!!」
今度はグラスに向けて"あくのはどう"を放とうとするアルタイルにグラスは真っ向から飛びかかった。
刹那、アルタイルの体が宙を舞った。サザンドラという種族から彼は自力で浮遊できるのだがその顔が苦痛でゆがんでいるあたり誰かに攻撃をされて吹き飛ばされて浮いたのだろう。
地面に叩きつけられたアルタイルは忌々しそうに自分を攻撃した相手をにらめつけた。アルタイルとは対照的にその正体--ビリジオンのシリウスは不敵に笑みを浮かべる。
「き きさまぁぁっ!!」