第四十三話 シンカ
--追手を巻くために"炎の山"に入っていったグラスとラック。ジュプトルの忠告通りにダンジョンに入っていった彼等を追う者は誰一人としていなかった。ほんの束の間の安堵も許されずに彼等はダンジョンを突き進んでいく。
そんな時を同じくして、アルタイルの差金である二つの影が暗躍しようとしていた……。
-- --
グラスがクラッシャの陰謀であらぬ疑いをかけられていることをしらないトノとハーブはコテツからみっちりと修行をつけられていた。
そしてこの日の修行は終えたのか、修行で疲弊しきっているトノはリンの肩を借りながら帰路につこうとしている。
「ふぃ〜……。今日も頑張ったのじゃい……」
「今日"も"って……まだ始まったばっかりでしょ?」
疲れて頭が働かないのか、それともボケで言っているのかは定かではないがそんな他愛ない会話はリンにとってもトノにとっても悪くなく、むしろ心地よいひと時であった。束の間の平穏の時間を過ごしていた二人だがそこに一つの影が--
「ふむ……噂通りなかなかに美しいな。まぁ隣の奴は随分とみすぼらしいが……」
聞き覚えのない声が上空から聞こえた。リンもトノも反射的に上を見上げる。声の主はリザードンのアドン--アルタイルの手下のポケモンだ。品定めするようなアドンの目つきにリンは思わず戦慄--思わず後ずさる。彼女の本能が"奴は危険だ"と知らせていた。
「だーれがみすぼらしい緑のカエルじゃ!!なまいきなドラゴンめ!!」
一方でトノは普段から弄られている影響からか"みすぼらしい"と形容されたと思い込んで一人で怒っていた。勿論アドンはトノの方をそう形容したらしく彼には見向きもせずにリンの目の前に降下する。
「初めましてお美しいお嬢さん。そんなみすぼらしいカエルなどと一緒にいるよりも私と一緒に来ないか?」
「あらあたしのことかしら?美しいなんて正直なヒトね」
傍から聞けばナンパにしか聞こえないやり取りであるが、どう見てもあのリザードンはそれで引き下がるようには見えない。それでもトノがいるからかリンは恐れを隠し、いつものような強気な口調で返す。
「でもあたし、仲間をバカにする奴は大っきらいなの。とっとと引き下がってもらえるかしら?」
「ふむ……できればあまり乱暴な手段は使いたくはないのだがな……」
「なんだお前はさっきから!!リンはお前なんか興味ないと言っておるじゃろうが!!バーカバーカ!!」
トノからすればアドンがリンにナンパして失敗したかに見えたのか嘲るような口ぶりで馬鹿にし返す。彼の声が耳障りだと言わんばかりにアドンはトノを睨んだ。その鋭い眼光からトノは一瞬怯みを見せる。
「うぅ……あんまりしつこいとワシがお前をぶっとばすぞコラァ!!」
そう叫んだ瞬間にあたりに大雨が降りしきった。ただでさえ炎と水という相性差に加えてこの天候。修行の成果を見せてやるとトノの顔は既にたたかう前から勝ち誇っていた。
だがアドンはこの圧倒的な不利な状況にも関わらずトノを見下すような態度と口ぶりを変えることはなかった。
「フン……見せしめには丁度よいか……」
そう呟くとアドンの体が光輝き始めた。光は徐々に強くなりそして一気に発散される。発散された光からはアドンが姿を現した。しかしその姿は変わっており頭部に大きな角が生え、つばさの形状も変わっていたりとさながら"リザードンがシンカ"したような光景にリンは目を見開く。
彼が"シンカ"した直後。あれだけ降りしきっていた豪雨が嘘のように止んでいた。そればかりか日差しが強くなり豪雨によりできていた水たまりが凄まじい勢いで蒸発するほど気温が上昇している。
「な、なんだこりゃ!?」
自分の大雨が一瞬にして晴らされてトノは困惑していた。そんなトノを嘲笑うかのようにアドンはこうげきの構えをとる。トノも慌てて"ハイドロポンプ"を放つ。
「"ソーラービーム"」
本来は溜める時間を要する大技だが日差しが強い影響で瞬時にこうげきを放つことができた。強い日差しで弱化した"ハイドロポンプ"は"ソーラービーム"に難なく打ち消されて、勢いを衰えることなくトノに直撃する。
疲弊していた体に弱点攻撃を食らったからか一撃でトノは倒れてしまった。しかしアドンは止めを刺そうとせんばかりにトノに近寄り、その大きな足で踏みつぶそうとする。
--バシィッ!!
「……なんのつもりだ?」
「これ以上トノサマに手を出さないで帰って!!」
「お前も私に歯向かい……傷をつけるか。ならば痛い目にあってもらわねばな」
トノが倒されて怒るリンだが、劣悪な相性差を崩すことはできなかった。アドンはあえて手加減した炎をリンにぶつけたがそれだけで彼女の体力を奪っていった。あっという間に二体を倒し、それを確認したアドンは通信機を取り出す。その時には既に彼は元のリザードンの姿に戻っていた。
一通りのやり取りを終えた直後、アドンは倒れているリンを小型の檻に閉じ込めてそのまま彼女を拉致して飛び去っていった。
-- 炎の山 --
「あちぃなぁ……やること終わったらこんなとこさっさと出ていきてぇもんだぜ」
グラス達が山頂目指している時、既に山頂では一体のポケモンがその地に立っていた。ルカリオのサスケだ。文句を垂れながら彼はこの山の主であろう伝説ポケモン"ファイヤー"を既に我が物にしようとしていた。
その口数の多さとは裏腹に彼のミスは少なく、テキパキと手はずを整えていた。気づけば既にファイヤーは完全な彼の下僕と成り果てていた。
「さーて、とっとと帰るか……ん?」
--大丈夫かグラス?
--あぁ大丈夫だ。すまないなラック
目的を終えてアジトに戻ろうとしたサスケだがなぜかポケモン--それも正気のポケモンの声がして足を止めた。さらにそのポケモンは彼にとっては敵である者の名が飛び交っていたことに気が付く。
(グラスにラックってたしかライトの奴が邪魔されたって奴……こいつはチャンスだ!!)
ほくそ笑むサスケは声の主が頂上に現れるのを待っていた。ライトを邪魔した奴を自分が倒せば間違いなく実力を評価され、地位があげられるに違いない。そんな下心を丸出しにした彼の前にグラスとラックが現れる。
「--!!追手か!?」
「いや、違うな。まぁだからといって味方って訳でもなさそうだが」
グラスとラックはファイヤーを使えさせているルカリオを見て臨戦態勢をとる。見るからに味方とも思えないこのルカリオはグラスに"何者だ"と聞かれ、彼等が思ったとおりのセリフを口にした。
「ご名答!オイラはルカリオのサスケ!!たしかテメェら、ライトの邪魔をした奴等らしいなぁ?アイツもこんなチビ共にやられるたぁ情けないぜ!」
威勢良くそう口にするサスケ。心のなかではまだ出しきれていないライトへの暴言を出していた。"普段から偉そうにしている癖にこんな奴にやられてんじゃねぇ"と
「こんな奴ファイヤーを使う間もねぇな。オイラ一人で十分だぜ」
そう口にするとファイヤーはその場から飛び去り、アルタイルの元へと向かっていった。グラス達の不安要素の一つであったファイヤーがその場からはいなくなってグラスのほうは安堵する。彼も口が達者なサスケのことを軽く見ていたからであった。
(おいおい気を抜くなよ?たしかにあのルカリオ、見た感じは大したことはなさそうだけどファイヤーを操ってた奴だ。只者じゃねぇぜ?)
ラックがそんなグラスを諌めるとサスケは既にこちらに向かってきた。見るからに血気盛んな彼は"インファイト"で一気にカタをつけようと距離を詰め寄る。"インファイト"のスピードが速く、その拳は既にグラスの眼前に迫っていた。
慌てて剣で攻撃を塞ぐも相手の力が強く徐々にグラスのほうが押される形となった。当然ラックもそんな状況を指を加えて見ている筈もなく"泥爆弾"を二人の間に割って入るように投げ込んだ。当然そんな中に"ばくだん"を投げ込まれたのだからか"泥爆弾"は間もなく砕け散り、その破片--泥の塊はサスケとグラスの顔面に直撃する。
「いってぇ……!!テメェ何しやがんだオラァっ!!」
鋼タイプのサスケには泥が顔面についたからか相当不快に感じたのだろうか、怒り狂っていた。同じく泥を付けられたグラスのほうはタイプ故にさほど不快には感じていない様子。
苛立ちからサスケは懐から石のようなものを取り出し、それをかざした。すると彼の体が光に包まれ、その光が止むと彼もまた"シンカ"したように姿を豹変させる。
「この姿でテメェ等をぶっ飛ばしてやらぁ!!」