第四十話 見つけるために
--「なぁ、グラスよ?」
そう口にしたフライゴン--クラッシャの顔は悪意に満ち満ちていたが、街のポケモン達は誰一人としてそのことに気に留めることはなかった。否、気に留めることができなかったのだ。彼らはグラスがコトの元凶だと信じて疑わずにそんなことに気にする余裕がなかっただけだった。
当然周りのポケモンは"どういうことだ"やら"お前がその人間なのか"などと声を荒らげながらそう発した。彼らの耳にはラックの静止など入るはずもなくギャーギャーと騒ぎ立てる。
「おいグラスどうなんだ!!本当にオマエは伝説に出てくる人間なのか!?」
「……………………」
コトの核心をついた住人の一人の問いかけにグラスは答えることはできなかった。ラックは悲しげに"グラス……"とだけ漏らす。
「ギャハハハハハハハ!!返す言葉がねぇようだな!グラス!
まっ、そーゆーことだ、しょくん。グラスをぶっ倒して世界を平和にしようぜ!!」
高笑いするクラッシャがそう発すると街のポケモン達は一斉にグラスを倒そうとにじり寄ってきた。それでもグラスは足に根が生えたかのように動かない。
「……みんな、どうしたんだ?アイツの言うことを信じるのか!?」
ラックに答えることなくポケモンの一体がグラスに攻撃してきた。動かないグラスの代わりにラックが彼の体を強引に引っ張って攻撃を当てないようにする。
「クソっ!グラス、逃げるぞ!」
舌打ちしてグラスを引きずりながら猛スピードでその場から去っていった。そんな彼らを追うようにポケモン達もグラス達をおっていき、その場に居合わせるのがクラッシャとグランガのみになる。
「ケッ!ざまぁみやがれクソ野郎が!!」
誰もいなくなったのをいいことにクラッシャはそう吐き捨てた。コトが完全にうまくいったことに彼の兄貴分のグランガも満足げな表情。
「ククク……まさかここまでうまくいくとは思わなかったぜ」
「ヘヘヘッ、前もってあのキュウコン伝説をグラスのクソッタレの耳に入れておくことでアイツの不安を煽ってから、ここのマヌケな住人共にあることないことを言いふらす……。ただそれだけの作戦がここまで完璧に行くとは思いやせんでしたねぇ」
作戦だけでは何のことはないとるにたりないことだが、彼らが思っていた以上にグラスが深く考えすぎたこと、そして住人達が彼らの言うことを完全に鵜呑みにしたことが成功につながっていた。
「まぁさすがにあれだけのポケモンを敵に回したんだ。アイツ等とて無事じゃないだろう」
「本当は俺らでアイツらに仕返ししたかったんすけど……しかたねぇか」
クラッシャの取るに足らない逆恨みからここまで大きな自体に発展下にも関わらず、当の本人はむしろ自分の手でやり返せなかったことに若干不満を募らせていた。
「このことを上に報告すれば結構な金が入るに違いねぇ。俺は報告に行ってくるぜ」
「んじゃ、おれはここでアイツ等がくたばったって報告でも待ってますわ」
~~ ~~
「ぜぇ……ぜぇ……、全くびっくりしたぜ……」
グラスを強制的に引っ張って自分達の基地前まで突っ走ったラックは慣れない激しい動きに息を切らせていた。激しい動きが苦手な彼は額から滲む汗をぬぐいながら焦りを隠せない様子でそう口にする。
相変わらずグラスは何も口にせず俯いてばかり。そんな彼の様子にとうとう怒りを我慢できなくなったラックは彼の顔を強引に起こす。
「それよりもグラス!!お前なんでさっき言い返さなかった!?あんな奴等の思惑通りになっていいのか!?」
「でも……アイツ等の言うとおり……、世界を破滅に向かわせる私など……」
"死んだほうがいいに決まってる"
ラックの耳に、彼にとって最も聞きたくない言葉が入ろうとした瞬間に二人はただならぬ気配を感じた。振り返るとそこには彼らも知ったバンギラスの姿が。
「失望したぞ。グラス」
「……どういうことだ」
恐らく--否、間違いなく自分を殺しに来たと思っていたバースから飛び出した一言は意外なものであった。心なしか彼の目つきは僅かに物悲しささえも感じさせる。
「お前があのような俗物共の言うことなど間に受けることに失望したといったのだ」
バースは心中ではグラスのことを期待していた。自分と共に強さを追求できる好敵手となりうる相手をあの一戦で見つけることができたのではないかと。
その相手がクラッシャのような取るに足らない輩の一言で心を乱してしまった様を目撃したバースはそんなグラスを軽蔑していた。
バースに叱責されてグラスは目を見開いた。まだ出会ってそれほどでもない相手がここまで自分に怒っていることがグラスには信じ難かった。
「バース……あんたはグラスを始末しにきたんじゃないのか?」
「あやつのことを鵜呑みにした他の愚民共はお前達を始末する気だろう。だが俺はあのような虫けらの言うことなんぞ信用せん」
グラスとラックの目に期待の目が見受けられた。心強い味方がこれからついてきてくれると。そんな彼らにバースは続けざまに口にする。
「勘違いするな。俺はお前のような醜態を晒した奴と共に行動するつもりはない。俺は俺の力だけで真実を知りに行く」
「真実を……知りにいく?」
どうやって知りに行くのか。そんなこと頭になかったグラスはバースの言葉を復唱する。バースからすればあまりに情けないグラスの姿に思わずため息が飛び出る。
「氷雪の霊峰のキュウコンに直積聞きにいくのだ。尤もお前たちの場合は逃げ隠れして迂回しながら奴の元を訪れる必要があるだろうがな」
ご丁寧に迂回することを勧めるバースにラックはまだバースがグラスのことを少し気にしていることを悟った。本当に失望しただけなら会うことすらしていない。
グラスなら真実を突き止めて無実を証明できる。そうバースは心の中では信じていた。
「"
俺が真実を突き詰めるため"に愚民どもを言いくるめて一晩だけ時間を作る。それまでに逃げ回る準備をしておくことだな」
それだけ言い残してバースはその場から去っていった。
「グラス……口ではああ言ってるがバースだってお前さんのことを信じてるんだぜ?俺も前に言ったろ?"俺はグラスを信じてる"ってな」
「…………」
「そりゃ自分のことを信じるのは無理かもしらねぇ。でもな、俺達はお前さんのことを信じてるんだ。だから俺達のことをまずは信じてくれねぇか?」
今までは怒気さえも含んでいたラックが今度は諭すような口ぶりに。それがグラスの心境に変化を与えた。
~~ ~~
グラスと出会った直後、バースは今にもグラス達を倒そうと殺気立っている救助隊ポケモン達を呼び出していた。今にもグラスを始末したいと表している救助隊達は呼び出されたことに不満を募らせている。
「救助隊諸君。今集まってもらったのは他でもない。グラスの討伐の件だが……諸君等は明日の朝まではそれを打ち止めてもらう」
当然彼らからはブーイングの嵐。それでもバースは物怖じすることなく、むしろ半笑いで続ける。
「フン、俺の言うことは信じられなくともあんな小悪党の戯言は信ずるのか。やはりキサマらの思考などそんなものか」
明らかに挑発するような言い回しに、救助隊の一人であるバクフーンがバースに食ってかかった。
「ふざけんじゃねぇ!!んな悠長なことをして奴等を逃がしちまったらてめぇどう責任とるつもりだ!?」
それでもクラッシャの言うことを信じて疑わないのは彼だけでない。ここに居合わせてる救助隊すべてがバースを軽蔑するような目つきで睨んでいる。だがバースはそれでも物怖じすることはなく、胸ぐらをつかんでいたバクフーンを突き放した。
そして次のバースの一言に誰もが閉口した。
「責任か……それが取れぬ物ほどその言葉をよく口にするのはなんとも滑稽だが……。いいだろう!!もし奴が本当に世界に影響を与える存在ならば……」
「この俺の首をキサマらにくれてやる!!!」