第三十九話 鉄の拳
--ガブリアスのキサメがローブシンに頼み込んだのはトノとハーブの二人を鍛えて欲しいとのことであった。これには本人達のみならず付き添いのリンも驚きを隠せない。
「ど、どーいうことじゃ!?なんでワシ等がお前に鍛えられなきゃならんのだ!?」
「そーです。あなたごときの手を借りる必要もありません」
トノはともかくハーブのほうはキサメのことを見るのも嫌だと言わんばかりに目を逸らしてそう吐き捨てた。明らかに険悪な空気を流れていることにローブシンも口を開かざるを得ない。
「……キサメ君。まずは私や彼らに事情を話してくれたまえ。彼らを鍛えるかどうかの話はそのあとだ」
「わかりました」
それだけ言ってキサメは最初のほうにトノのほうに彼のことを説明せんばかしに振りかえる。
トノのほうは以前クラッシャ達に絡まれてたところをキサメが助けたことが縁で知り合った。そして彼がクラッシャ達に馬鹿にされたことを知ったキサメは、救助活動を頑張っている彼を強くした見返してあげたいと思って彼を鍛えようと思ったのだ。
「ふむふむ……それでそこのチコリータのお嬢さんはどういった理由なのかね?」
キサメのことを知っているからかこのような理由でもローブシンは納得したような表情を浮かべている。口を開けるキサメの表情は少し苦々しいものになっていった。
「コテツさんならしっていると思うんですが、バースって弱いポケモンをテコでも認めようとしない性格じゃないですか?そのことなんですが--」
キサメの相方--バンギラスのバースは強さを真摯に追求する性格であり弱者に容赦ない非情な面から他のポケモンとトラブルを起こしたことも少なくない。ここでは罪にこそ問われなかったもののハーブの肉親を殺めたことを彼はハーブの前では全く相手にすらしていない。
それならばハーブが彼と肩を並べるほど強くなれば彼女のことを認めて自信の過ちを認めるのではないのかというのがキサメの考えであった。
「全く……彼の性格には困ったものだ……」
大体の事情を察したローブシン--コテツは頭に手を当てて苦笑いを浮かべていた。バースのことはよく知っているとはいえ知り合いのポケモンがまたも問題を起こしていては彼とていいものではない。
改めて彼はキサメが連れてきたニョロトノとチコリータをまじまじと眺める。
「……おや?」
「--??なんじゃ、ジロジロとみて?」
眺められてトノは不快そうにコテツにそう返した。一方のコテツは確信を得た表情でトノを見据えて頷いた。
「やはりな、君はたしかカエル屋敷の御子息ではないかね?」
「なっ!どうしてお前がそんなことを知っておるのじゃ!?」
初対面にも関わらず自信の出身を見抜かれてトノも二度目の驚きをあらわにする。そのリアクションにコテツのほうは何故か呆れさえ見せ始める。
「君のお母様とは長いつき合いでね、小さい頃の君も見てきたが……相変わらずその無礼な口のききかたはなっていないようだな」
「……なんだと?」
自分にとっては初対面にも関わらずこの言われよう。これにはトノが怒らない筈もなくコテツを睨む。
しかしコテツは素知らぬ顔。
「まぁ気は進まぬが、キサメ君に頼まれたなら断るわけにはいかんな」
「ちょっと待て!!それはこっちの台詞だ!!お前みたいなへんてこりんなヤツになんでワシが鍛えられなけりゃならんのだ!そんなもんこっちから願い下げだ!!」
先刻とは違い、今度はトノのほうが拒否する態度を示した。それでもコテツは猛り狂うトノを真っ向から相手にせずにリンのほうを振り向く。
「お嬢さん。たしかこのニョロトノのお仲間と聞いたが、少しばかしお灸を据えても構わないかね?」
「え?えぇ……」
唐突に恐ろしいことを口にされたが、コテツの威光に押されてリンも思わず承諾をしてしまう。尤も止めようとしたところでトノがあれだけ怒っていれば止めようがないのだが。
その彼の怒りをあらわにするように一帯に豪雨が降りしきった。トノの特性"あめふらし"が発動した。嵐でも起こったかのような豪雨にリンとハーブは思わず顔を覆う。
「"ハイドロポンプ"!!」
天候で強化された水勢がコテツに直撃。タイプで半減でもできないかぎり間違いなく痛手になる攻撃を当てることができてトノは"ざまぁみろ"といわんばかりにフンと鼻をならす。
水勢から合わられたコテツは"ハイドロポンプ"をくらって明らかに疲弊していたが、反撃のために勢いよく拳を振るう。
「グッ!?」
腹にパンチが飛んできた。それだけならなんのことはないのだが、パンチを食らった瞬間から妙な脱力感に襲われた。足元がふらつくところを堪えてしっかりとコテツのほうを見据えた。
そこには先ほどまで疲弊したいた筈のコテツがほぼ全快した状態で立っていた。トノからすればとても回復技を使ったようには見えないコテツが何故ダメージをさして受けていないのかが分からずに困惑。
「ドレインパンチ……」
「何!?」
「ギガドレインと同じ要領の技だ。君の体力は吸わせてもらった」
"ドレインパンチ"は与えたダメージの半分を使用者の体力として回復させることができる技。ギガドレインと同じ性質であるこの技は攻守を一手でできる良技でもある。そこにキサメも口を挟む。
「しかもコテツさんの特性の一つに"てつのこぶし"が兼ね備えられている。本来は控えめない威力のドレインパンチもなかなかに威力になる筈だよ」
「どうかね?隠れ特性を持っているのは君だけではない。ハッキリ言おう、君の勝機は今のままではゼロだ」
ハッキリと自信の敗北を宣言されたトノだが、今回は言い返すことができない。コテツと自分のレベルには明らかに差があり、このまま殴り合いをしていては間違いなく自分が先に力尽きてしまう。それはトノの頭でもわかりきっていた。
大人しくトノは降参を示した。その瞬間からあれだけ勢いよく降りしきった豪雨が一瞬のうちに止んでいった。
「さて……それでは約束どおり私は君たちを責任をもって鍛える。構わないかね?」
「は、はい!!」
「わかった……」
いつの間にか修行に積極的になったハーブも、負けを思い知らされたトノも修行に参加することを表明。一時期はゴタゴタしていたもののコトが上手く運んでキサメもリンもほっと一息。
~~ ~~
--やはり私はサーナイトを見限った人間なのか……。そして人間に……。
アバゴーラからキュウコン伝説を耳にしたグラスはやはり伝説のことを気にしていた。彼のその表情は非常に暗い。
「グラス」
隣で歩いていたラックに唐突に声をかけられて、自分の世界に入り込んでいたグラスはハッと隣を向く。心なしか彼の表情は少し怒っているようにも見える。
「お前さんは自分のことが信じられてないようだが。俺はだれがなんと言おうがグラスのことを信じているからな」
ラックはそう言うがグラスはまだ自分のことが信じられずにいて心中で葛藤している。これから自分はどうすればいいのか。このままいつもどおり過ごすべきか、それとも真実を探しにいくべきか。彼の脳裏には徐々に前者の気持ちが強くなっていく。
自分がどうすればいいのか迷っている最中、街中が何やらざわついていた。何事かと思いグラスもラックもその元に足を運んだ。
「あっ……!アイツは……!?」
その中心に今まで自分達を邪魔していたフライゴンとドンファンの姿。彼らは得意気に何かを話しており、住人たちは彼らの話に熱心に耳を傾ける。
「それで俺達聞いたんだよ、姿かたちこそはポケモンなんだけどよ、なんともともとは人間なんだってよ!!」
大げさに話すフライゴンに周りのポケモンは騒然とする。そこにドンファンが割って入る。
「キュウコン伝説の話はお前らも知っているだろ?伝説での人間がポケモンに転生してから世界のバランスが崩しているって、アレをもとに戻さないと世界が滅んでしまうんだぜ……?」
不安を煽るようなドンファンの口ぶりに周りは一層騒然となり、中には慌てふためくものも。あからさまな彼らの態度にラックはめずらしく怒りを感じている。
「やつめ……わざと騒ぎを大きくしてやがる……!!」
「まぁまぁ君たちよ。そんな慌てなくてもちゃーんと俺達が策を考えてあるんだぜ?」
落ち着くようにジェスチャーを示すフライゴンに周りのポケモンは"どんなほうほうだよ!?"と切羽詰まったように尋ねる。
「なーに簡単なコトよ。その人間のせいで世界がおかしなことになるんだったら……。
ソイツが消えれば元通りになるんじゃないか?」
"たしかに"やら"いわれてみれば……"やら気が付けばグラス達以外はフライゴンの言うことを思い切り鵜呑みにして信用仕切っている。あまりに彼らにとって出来すぎた展開にフライゴンはこの上なく得意気な笑みを浮かべた。
「しかもソイツはサーナイトを見捨てた酷い人間なんだ。始末されたところで文句ないと思うんだけどなぁ……」
「なぁ、グラス?」