第三十七話 ガンバルズとバンギラス 2
--トノがリンに制裁されているときを同じくしてブラザーズきち前にて……
「屋敷ではコテンパンにやられちゃいやしたね……」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてブラザーズきちを睨むフラインゴ--クラッシャ。彼の兄貴分のドンファン--グランガも彼程ではないがコテンパンにやられたことに対してよくは思ってないのか表情は芳しくない。
「ちくしょうが……!!いくら仕事成功して金になったとはいえここまでやられっぱなしじゃ流石の俺も気がおさまらねぇ……」
「でもどうします?オビトのクソッタレやゴラスの旦那が足を洗われちゃしょうじきお手上げだぜ……」
方や自分を雇った元悪徳救助隊のリーダー、方や自分を率いた同じ地面タイプの兄貴分が共に悪事をやめてしまった以上自分達とともに行動することはまずありえない。ライト達も休養したり別の用があったりと彼らの戯言に付き合う余裕など欠片もないだろう。
「せめてあのクソ生意気なキモリのやつだけにでも仕返しができれば……」
「あのキモリ……ちょっと待てよ?」
グランガの何かを企てたような性質にクラッシャは期待した面持ちで"なんすか?"と尋ねる。得意気に笑みを浮かべグランガは口を開けた。
「あのキモリのことだが少し聞いたことがある。耳貸せ」
グランガがクラッシャに耳打ち。一連の話を耳にしたクラッシャはニヤリとあくどい笑みを浮かべる。
「おもしろそうっすね!!早速やりやしょうよ!!」
「クックック……。まぁあわてるな」
怪しい笑みを浮かべて彼らはその場から去っていった。
~~ ブラザーズ きち ~~
「……んん……こ、ここは?」
意識を飛ばしていたチコリータ--ハーブがようやく目を覚ました。それに気がついたオビトは慌てて彼女のもとにかけより大声で大丈夫かと呼びかけた。
「大丈夫だよオビト……あと声が大きいよ……」
「そうか、すまねぇ……」
おそらく他のものに指摘されると間違いなく反抗する彼だが、その相手はハーブで彼女は弱っている。めずらしく彼は素直に謝った。一連のやり取りが終わったことを確認して二人の間にリンが割って入る。
「少し聞きたいことがあるんだけど……いいかしら?」
「は……はい……」
その場に居合わせた者全員が彼女の"聞きたいこと"が何なのかを察した。勿論それはハーブにとってはできれば口にしたくはなく、なかなか口を開けられない。
数分程の間をおいてから、ようやく腹をくくったハーブが重い口を開ける。
「私の兄は……あのバンギラス--バースに命を奪われたんです……」
『--!!』
衝撃的な事実に全員が驚愕のあまり閉口。ブラザーズもつい最近彼のことを知ったばかりであるが、ゴールドランクの救助隊のリーダーともあろうものがまさか誰かを殺めた経歴があるとは誰一人として考えてすらいなかった。
驚きに目を見開いている彼らを尻目にオビトが今度は口を開ける。
「ハーブの両親はハーブが生まれて間もない頃に事故で亡くなったんだ。金も職もないアイツの兄貴はハーブを育てるためにやむを得ずに悪事に手を染めて評判の悪い救助隊に過剰な制裁を加えられて死んだと聞いたんだけど……」
"まさかアイツだったとは……"とでも言いたげなオビトの表情。彼は悔しさのあまり顔を歪ませていた。大事な仲間がまさか自分と同じ救助隊に苦しめられたことがあることに気が付けずに。
重くなった空気にゴラスが--
「あっしも噂では聞いたことがありやす。バースは戦闘の腕は立つがその腕に挑んだポケモンを全て再起不能にしてきたと……」
「ひぃッ……!!」
恐ろしい噂をこの場で耳にし、ヤマトは反射的に情けない声をあげて"うるせぇ"と言わんばかりにオビトに頭を殴られた。理不尽極まりない光景だが見慣れているからか誰も気には留めずにゴラスの話に耳を傾ける。
「だからカレの悪評はよく耳にしやすね。"バースは救助隊の恥さらしだ"とか"やつみたいな救助隊みたいにはゼッタイなりたくはない" といった類のね……」
「…………」
グラスはどうにも腑に落ちない様子だった。一度バースと手合わせした彼だがそこまでバースが非情なやつだとは思えなかった。
「でも救助隊でもある以上悪事を制裁するのは仕方ないと思ってます。でも本当に兄は命を落とさなければならなかったのでしょうか!?そこだけはせめてカレには謝罪をしてほしかったんですが……」
「謝罪を……しなかったというのか?」
ハーブの悲痛な気持ちがこもった叫びにグラスはいつもどおりの口調で答える。それにハーブは小さく"はい……"と答えた。
「カレ、私の前で言ったんです。"お前のようなひ弱な者にオレが指図されるいわれはない。不満ならオレを倒してみろ"って……」
「だからアイツと戦っていたんだな?」
弱々しくハーブが頷いた。そして彼女はうつむきながら付け加えた。負けた直後"お前の兄もあの世で非力な妹をさぞ恥じてるだろうな"と吐き捨てるようにそう言われたと。
「あの野郎もう許さねぇ!!ぶっ飛ばしてやる!!」
「ちょっと待ちなさい!」
パートナーをこれでもかというほど罵倒されてとうとうオビトは堪忍袋の緒が切れ、飛び出そうとした。明らかに頭に血が上ってるように見て取れる彼を見て慌ててリンが止める。
止められたことに苛立ちを彼女に向けたオビトは声を荒らげる。空気は一層に険悪になったときだった。
「取り込み中悪いけど、ちょっといいかい?」
遠慮気味などこか間の抜けた声。一行はその声がした方に振り向いた。そこには依頼達成の報告から帰っていたラックが戻ってきていた。
「トノとそこのチコリータの君にお客さんが来てるんだ。ちょっと来てもらえるかな?」
「私に……ですか?」
「--??」
疑問を持ちつつトノ等二人はラックに言われた通り彼らの待ち人のもとに足を運んだ。そんな彼らを出迎えたのはあのバンギラス--バースのパートナーのガブリアスであった。
そして、それを確認したのかラックが再びグラスたちのほうへ振り向き、声をかける。
「グラス。長老がお前に用があるらしいんだ。俺もついていくから来てくれ」
「--?わかった……」
-- 長老の住む館 --
ブラザーズきちでハーブの話が始まる直前のこと。
「ほっほっほ、今日も平和で何よりじゃな」
ポケモン広場で佇んでいる一人のポケモン--アバゴーラ。彼が先ほどのラックが言っていた長老なのだろう。平和と彼が口走るほど周りの環境は穏やかなものであった。そんなところに--
「ケッ、よぉじいさんよ!」
「だ、だれじゃ!?」
平和だと口走った途端に耳に入った柄の悪い声質。アバゴーラは慌てて声のしたほうへ振り返ると、見るからに柄の悪そうなフラインゴとドンファンが立っている。
「なんじゃお主たちは!?」
「俺様たちは救助隊ガンバルズ」
「へへへッ、じいさんよ、ちょっと頼みがあるんだが聞いてくれるかい?」
最早彼らは破門されたも同然な彼らなのだが勝手に自分を雇っていた救助隊の名を借りる。ドンファンは頼みと称しているが、どう考えても穏やかなものではないとアバゴーラは察していた。
「ん?兄貴、誰かきますぜ!?」
「ケッ、他の救助隊か。じいさんよ、話は向こうでつけさせてもらうぜ。ケッケッケ」
「ひ、ひぃ〜〜ッ……」
あまりに突拍子もない出来事にアバゴーラは怯えきって彼らの言うことに従ってしまった。長老の誘拐はあまりに突然の出来事であった。