第三十六話 ガンバルズとバンギラス
~~ ブラザーズ きち ~~
ワタッコ救出のために雷鳴の山に向かったブラザーズ一行はトノの思わぬ活躍によって辛くも救助は成功
することができた。そして帰路についた一行だがその基地内の空気は穏やかなものではなかった……。
地面に正座させられているニョロトノ--トノとグラスたちのチームの者ではない筈のリザード。その二人を説教しているキモリ--グラス。その経緯を眺めているツタージャ--リンとリザードと同じくチームのものではないはずのマンムー、実に2体のポケモンがチームでもないポケモンが基地内にいる。
「それでだオビト……私達のいない間に勝手にここに入り込んでトノに余計なことを吹き込んだ訳だな?」
「は、はい……」
凄むような剣幕のグラスにトノもリザード--オビトも蚊の鳴くような声で返事することしかできない。何故グラスがここまで怒っているのか、それは命令を無視して勝手にトノが飛び出したことをにほかならない。
トノが留守番している間にブラザーズに会いに来たのは、かつて彼らと敵対していた悪徳救助隊--当時はヒトカゲのオビトとマンムーのゴラスであった。罪を償い、オビトに限り進化して戻ってきた彼らはあの時の礼としてブラザーズを訪れたのだが生憎の留守。
そこまではよかった。しかしこのオビトというポケモン、何を思ったのかトノに"そんな待機命令なんて無視しろ"と吹き込んだのであった。リーダーという名目上命令の無視は厳しくせざるを得ずに彼らはグラスの説教を受けるに至る。
「でもさぁ……コイツも本当はあんた達と同じように--」
「なんだ?」
「……なんでもありません……」
"命令を無視しろ"とは言ったものの、オビトとて悪気あってそう吹き込んだのではない。トノの心中を察した彼も彼なりの考えがあってそう言った
--しかし如何せん相手は頑固者のグラスだ。到底まともに取り合ってくれそうもないと半ば諦めていた。
「すいやせん……あっしがついていながらこんな真似を……」
説教を遠目で眺めていたゴラスがリンに謝罪の言葉を述べた。かつて敵対した時でさえ悪意を感じない彼の性格上リンもゴラスを攻めることなど最初から微塵も考えていない。
「いいのよ。どーせあのバカ、トノサマに活躍の場を取られて拗ねてるんでしょ」
「拗ねてるって……いくらなんでもそんな子供じみたこと--」
「ああ見えてアイツ、結構子供みたいなとこあるのよ」
若干ながら呆れを含むゴラスとは対照的にリンは素知らぬ顔で続ける。ちなみにラックはいつものように報告に向かってこの場にはいない。グラスの若干大人げない理由から発生した説教が続くこと約10分後--
「大変だよリーダー!!」
けたたましく扉を開けたのはオビトのチームメイトのゼニガメ--ヤマト。しかし扉を開けた直後、足を派手に滑らせて転倒して頭を打ち付けた。すぐさまゴラスが"大丈夫ですかい?"とフォローに入る。
ヤマトはゴラスのフォローを受けながら立ち上がり、そしてまた忙しく手足をあたふたとばたつかせた。
「なんだよ、騒々しいな」
大袈裟ともとれるヤマトの動きにオビトは鬱陶しそうに返した。改心しても相変わらず彼に対しては素っ気ない態度を決め込まれているがヤマトは構わずに続けた。
「ハ……ハーブが……ハーブが……ッ!!」
「----ッ!?」
ハーブの名を聞いてから目の色が変わった。血相を変えてヤマトに詰め寄り"何があった!?"と声を荒らげる。詰め寄られた勢いで胸ぐらまで掴まれたヤマトは苦しげに"ちいさなもり"までついてくるように伝えた。
するとオビトは矢のように飛び出していったではないか。あまりに突拍子もない行動に思わずグラスも足が出てしまう。
「ちょっとグラス!待ちなさいよ!!」
リンが止めにかかるもおいそれと待つ筈もない。二体のトカゲはちいさなもりへと急ぐ。
~~ ちいさな もり ~~
本来は穏やかな気候であるはずのこの森が、辺り一帯を砂嵐が吹き荒れていた。その原因はその地に立っているポケモン--バンギラスがオートで起こしていたものであった。
そしてそのバンギラスの足元ではチコリータが傷つき倒れている。戦闘しているであろうこの状況を遠目でガブリアスが眺めている。
「あ……あれは……!!」
ほうほうのていで地に這いつくばっているチコリータが自分の仲間だと確信したオビトは間髪入れずに"火炎放射"の構えを取る。あとを追っていたグラスに"待て"と制されるも今の彼は聞く耳さえ持たない。
腹に力を込めてバンギラスに向けて炎を吐き出す。
「"火炎放射"!!」
「----!!」
予想だにしていなかった攻撃にバンギラスは一瞬だけ驚きを見せた--がすぐになんのことはないと言わんばかりの表情に逆戻り、辺りに舞っている砂が意思を持つ盾のようにその周りに纏い炎を防いだ。
「何者だ……」
「そりゃこっちのセリフだ!!てめんめぇ……オレの仲間になにしやがったんだ!!」
仲間を傷つけられてかこれ以上ないほどにオビトは怒りを露にする。しかしその反面バンギラスのほうは素知らぬ顔を決め込んでいる。悪びれるといった感情が微塵も感じられないバンギラスの態度にオビトに額に青筋が浮かぶ。
「お前はシャドーの手下だったトカゲ……フン!!くだらぬ理由で悪事に手を染めてその仲間とやらを困らせたマヌケはどこのどいつかな」
「く……ッ!!」
痛いところをつかれ、先ほどまでの威勢が嘘のように閉口。オビトがおとなしくなったことを確認したグラスがバンギラスに近寄る。
「バース……本当に彼女を攻撃したのはお前か?」
「……その小娘を攻撃したのは事実だ」
ゴールドランクの救助隊が格下の相手をいじめるも同然に痛めつけたのかともとれる彼--バースの発言グラスは落胆、オビトは怒りを再燃させ、再びツッコミにかかる。
一方で相変わらずバースは無表情を崩さない。
「だが、俺から仕掛けた訳ではない。ソイツが俺に挑んてきたのだ」
「嘘つくんじゃね--」
激昂するオビトをグラスがなだめにかかる。それを眺めていたバースがフンと鼻を鳴らしながら挑発的に--
「そのチコリータの小娘に伝えとけ。"弱者のお前の恨み言になど興味はない"とな。行くぞキサメ」
それだけ言い残してキサメと呼んだガブリアスを連れて去っていき、それに呼応するように砂嵐もおさまった。しかし怒りを抑えられないオビトは"待ちやがれ"と突っかかるがグラスに制される。
止めるなと言わんばかりにグラスも睨むが、グラスは動じることはない。
「今は彼女の介抱が優先だ」
「--!そうだ、ハーブ!!大丈夫か!?しっかりしろ!!」
怒りのあまり仲間のことを忘れていたのか、ハッと思い出すようにチコリータのほうに駆け寄った。オビトのことはかつての冷徹で悪事を行っていたことの印象しかなかったからかその様子にグラスは違和感を感じていた。
「とりあえず我々の基地に運ぼう。リンに治療を頼む」
「ありがとう!!」
これまた彼から発せられた素直なお礼の言葉。グラスは二度に渡る違和感を感じつつも基地に戻ることに。
~~ ブラザーズ きち ~~
「うん……これで大丈夫かな」
問題はないと言った様子でリンがハーブを治療し終えてそう呟く。それを耳にしたオビトもヤマトも安堵を浮かべた。
「助かったよ、ありがとう」
「それで……彼女になにがあったの?」
「詳しいことはわからねぇ……。あのバンギラスが痛めつけやがったことくらいしか……」
安堵した表情から一転、バースのことを思い浮かべたオビトはまた怒りを露にし、拳を震わせる。グラスとしては一度手合わせした相手が身も蓋もない言い方をされているからフォローするように口を出す。
「しかし……彼が理由なく誰かを襲うような真似はしないと思うが」
「聞いた話じゃあのバンギラスさんって救助隊なんでしょ?ならオイラもおかしいと思う--」
グラスの考えにヤマトも賛同したように見える
--がオビトに睨まれて竦み黙りこくってしまう。そんな二人をゴラスが"まぁまぁ"となだめにいったが。やや険悪な空気が漂ったのを察してかリンがすっと立ち上がる。
「とりあえず時間が時間だ食事にしましょ」
そう言って木の実やりんご等が大量に収集されている棚に足を運んだ。そのうちのひとつにすっと手を伸ばすとリンのそれではない黄色のふっくらとした手が先にその木の実をとった。
「んあ?はっひゃヒン?ほはへほつはひぐひひひひはのふぁ?(んあ?なんじゃリン?お前もつまみ食いをしにきたのか?)」
その手の主は頬をこれでもかというくらい膨らませたニョロトノ--トノ。ボリボリと殿らしからぬ下品な音をたてて食べかすをポロポロと落すトノに"悪びれ"の三文字は微塵も感じられない。そればかしかニッコリと笑顔で彼女につまみ食いを勧誘する始末。
「トノサマ?ちょっといいかしら?」
リンから発せられた優しい声。トノが振り返ると満面の笑みを浮かべたリンがこちらにくるように手招きしている。トノは身震いした。危険予知も持っていない彼が身震いしたのは、リンが本気で自分に怒っているからにほかならない。
「は、はい……」
ほぼ有無を言わさずといった様子でそのままトノはリンに引きずられ、外に連れられていった。その経緯をグラスたちにも見られていたが。
数秒後、斬撃音と共にトノの断末魔が辺りに響いた。それを耳にしたグラスたちからはドッと笑いが生じ、先刻までの険悪な空気が図らずも緩和された。