第三十三話 傀儡と化したサンダー
『リーフブレード!!』
グラスとリンがサンダーに真っ向から葉の刃をぶつけにかかった。サンダーは二つの攻撃を全て避ける。
その背後から--
「"みずてっぽう"!!」
サンダーに後ろに回っていたラックが攻撃を仕掛けた。これが意思のあるポケモンなら決まったかもしれないが今のサンダーはライトが操っているも同然。操り主のライトがいるからかサンダーは難なくみずてっぽうも避ける。
「やっぱり一筋縄ではいかないわね……」
「上手くいったと思ったが……」
「はい、残念でした〜。んなくだらねぇ作戦なんかきくかよ」
サンダーを取り囲んでいるブラザーズに高みの見物を決め込んでいるライトの嘲るような口ぶり。当然そんな煽りなど三人とも相手にしている場合でもなく相手にすらしていない。
(まずいな……俺は電気に弱いしグラスとリンは飛行に弱い……。だがアイツ等は決定打に欠けるし、等倍攻撃を打てる俺が主軸で戦っていくしかないか……)
電気・飛行というタイプはあろうことかブラザーズメンバーと相性が最悪。グラスとリンは草技が通らずに飛行技を効果抜群で受けてしまう。防御面ではラックにも同じことが言えるが電気タイプは水攻撃を等倍で通す。つまり最も火力が出せるラックがメインで戦うしか手段がない。
「サンダー!! "十万ボルト"!!」
「"どろばくだん"!!」
サンダーから発せられた強力な電気を"どろばくだん"で吸収する。サンダーが攻撃を放っている隙をついてグラスがラックの後ろから現れる。
頭で考えたこととは反対にラックが主体に攻めることができない。そうやすやすと思い通りに行くはずもないことはラックもあらかた予測はしていたが。
「"二度蹴り"!!」
隙を見せたサンダーに文字通り二発の蹴りが入った。蹴りから発せられた乾いた音とは対照的に相性は悪くサンダーには傷一つついていない。甘く見すぎていた。
「おいおい何だ?それで
--ッ……攻撃してるつもりじゃねぇだろうな?」
攻撃を食らっても傷が付くどころか怯む様子すらないサンダーを見て、ライトはバカにする口を閉じない。その一方で彼の腕は着々と蝕まれていっており時折激痛に顔を歪ませる。
「仕方ない。地道に攻撃していこう」
「オッケー!"蔓の鞭"!!」
リンは返答しながら首から二本の蔓を取り出しサンダーに向ける。蔓の攻撃はバシンと音を立てて直撃するも全く怯む様子もなくサンダーが電撃を放つ。
操られていて自我はないはずのその目つきはどこかしら怒りを込めているようにも見受けられる。
「"ほうでん"だ!!」
ライトの指示を受けたサンダーは全身から雷鳴の山の周りから落ち続ける雷鳴が霞んで見える程の電気が流れる。伝説のポケモンの力が垣間見えた瞬間にグラス達は青ざめる。
「黒焦げになりやがれ!!」
「くっ!!」
舌打ちをしながらラックがリンとグラスの前に立つ。あまりに咄嗟の行動に二人共目を見開いた。
(まだ、上手くいくかわからんが……!!)
「"まもる"!!」
ラックの前には緑色の壁が表れた。"ほうでん"で表れた電撃は勢いを落すことなく"まもる"のカベに直撃した。直撃した瞬間、耳をおさえたくなるほどの爆音が生じた。
(ちぃッ!)
"ほうでん"の高火力とコントロールしきれていない "まもる"。この攻防戦にケリがつくにはそう時間はかからなかった。
カベにはヒビが生じた。ラックは額に汗を垂らしながら踏ん張った。もう少し持ちこたえらればダメージの軽減もできる。
「無理だラック!!急いで離れろ!!」
「危ないから一人で受けようとしないで!!」
"ほうでん"は全体攻撃。自分たちもうければ一人が受けるダメージも減ることをしっているグラスとリンは無茶をするラックを止めようとする。が、ラックは耳を傾けず守りを解こうとしない。
このままでは放電をラック一人が食らうことになりかねない。
二人が危惧していた自体が起こった。ラックたちを守っていたカベからパリンと音がなった。カベはあっけなく壊されて電撃がラックに直撃。その勢いに持ちこたえられることもなく岩に叩きつけられる。
「ラック!?」
「こんの……ッ!!」
吹き飛ばされたラックを見てリンが怒りに任せて特攻する。慌ててグラスはそんな彼女を静止する。
リンはグラスの指示でラックの手当てに向かった。
だが、この背を向けた一瞬の間にも--
(あのミズゴロウとツタージャは医者だから放っておいたら回復されそうだな……。だったら……)
「よそ見とはずいぶん余裕じゃねぇか。サンダー!!"めざめるパワー"!!」
ライトがその間を見逃すことはなく追撃の"めざめるパワー"を打ち込ませる。サンダーは生じた冷気をまとった力を放った。
「きゃっ……!!」
「リン!?」
ラックが倒れてから僅か数十秒の間であった。サンダーの上からの"めざめるパワー(氷)"を受けたリンは地面に叩きつけられる。草タイプだからだろうか、彼女の体の所々が凍結していた。ラックと違い意識こそはあれど凍えから体が思うように動かせない。
「へへッ……偉そうに啖呵切った割には弱ぇんでやんの」
「チッ……」
サンダーという絶対的存在がライトに慢心を生んでいた。いつものグラスならそこに付け入るつもりだが今回ばかしはそうはいかない。あっという間に仲間二人が倒されてグラスのほうに余裕がなくなっていた。
--恐怖。その感情がグラスの体が僅かに震えあがらせる。
「どうした?そいつらを見限って尻尾を撒いて逃げるのかい?」
天使のような悪魔の囁き。グラスの心は揺れることこそはなかったもののいつものように強気に言い返すことはなかった。今の彼は完全に戦意を失っている。
「"ドリルクチバシ"」
「--!!?」
すでに眼前にサンダーのクチバシが迫ってきていた。グラスが気がついた時には既に避けられない程の距離が詰められていた。
(まずい……!このままじゃやられる……!!)
「"ハイドロポンプ"!!」
『--!!?』
気づけば額にポツリと音を立てて水滴が落ちてきた。かと思えば豪雨が一帯に降りしきった。その豪雨の影響を受けたどこから発せられたかわからない激流がサンダーに直撃する。
「……ッ!誰だ!!」
予想だにしていなかった妨害が入り、苛立った様子でライトは辺りを見回した。しかし彼の苛立ちは"ハイドロポンプ"を放った正体を確認すると鳴りを潜める。
「トノ……!?」
待機しろと命じた筈のあのニョロトノの姿があった。何故ここにいると問い詰めたいところだが生憎そんな余裕がない。
「おやおや、誰かと思ったらあん時の泣き虫カエル君じゃねぇか。何しにきたんだい?」
「フン、お前と話すことなんぞ何もない」
予想だにしなかったニョロトノ--トノの返答にライトはつまらなさげに舌打ちをする。その返答と同時に彼の宝玉に触れた時のことを思い出した。
所謂逆恨みだがライトの脳裏にそんなことはどうでもいいほかならない。
「トノ……一体なんでこんなとこまで……」
(訳はあとで話す……!!それよりもお前らしくないな、あんな奴なんかに屈するなんてな)
ライトに聞こえない程の小声でトノが返す。彼らしからぬセリフにグラスは目を見開いた。
(このワシが頼み込んでお前たちのチームに加入したんだぞ。それなのにお前がそんな無様な姿見せられたら、ワシの立場がないだろうが。馬鹿もんが)
(ふっ、そうだな)
かと思えば途端に彼らしい横柄な口ぶりに早変わり。しかし彼らしい態度に戻りグラスは心に余裕をもたせることができた。
グラスの考えとしてはリンとラックを助けたいのは山々だが一人でサンダーを相手にするのは難しい。ならまだ二人がかりでサンダーを倒してから二人を助けるほうが可能性はある。
「"ハイドロポンプ"!!」
彼の考えに賛同したトノ口から発せられた激流は豪雨により一層強化されてサンダーに向かう。自身のタイプと同じ技の属性ということも相まって激流の威力は相当なものとなる。
この戦闘で初めてサンダーがダメージらしいダメージを食らった様子を浮かべた。今までグラスたちの攻撃を食らっても怯むことさえなかったサンダーが攻撃で仰け反る。
ライトはトノの"ハイドロポンプ"の威力に目を見開いた。かつて自分がバカにし、足蹴にしたあのニョロトノがこれほどの潜在能力を秘めているとは考えてもいなかった。
「チッ……サンダー!"十万ボルト"で黒焦げにしてやれ!!」
予想だにしていない火力に苛立ちを隠せず"十万ボルト"を指示。大技を放ったトノには隙が生まれて避けられる距離ではなかった。
到底自分では耐えるのは難しいが反射的に目を瞑る。体に力を込めて自身に走る筈の痛みに耐える--
「ぐっ……!!」
「グラス!?」
トノが目を開く。そこには"十万ボルト"をその身に食らい、体の一部を焦がしいていたグラスが彼の眼前に立っていた。草タイプではあるものの、その焦げ跡がサンダーの特殊攻撃力の高さを物語らせていた。
「グラス!?なんでワシを……!?」
「これでいい……この戦い、お前が倒れたら勝つ見込みがない……。だからできる限り電気攻撃は私が受けておく……」
最後に"気をつけろ"と付け足す。庇われてやはりまだまだ未熟な自分に嫌気が差したトノは"わかっておる!!"と語気を荒らげながら返した。
トノとグラスのやり取りを遠目で眺めていたライトは今までとは比じゃない程一層不機嫌な表情を浮かべた。何度目か変わらない苛立ちから痛んでいる右手にぐっと力を込めてギリギリと拳を握る。おさまることのない痛みからわずかながら彼の手が紅く染まった。
「てめぇら……調子に乗ってんじゃねぇぞ!!サンダー!! "かげぶんしん"!!」