第三十一話 強気なヒトと弱気なヒト
--ワタッコの救出にちんもくのたにに向かったブラザーズだが予想だにしない強敵に阻まれて、ワタッコを"ライメイのやま"に連れ去られてしまう。グラス達は体制を整えるために一旦は基地に戻ることにしたのだが……
~~ ブラザーズ きち ~~
「…………」
対サンダーの策を練ってはいるがそう簡単に策が思いつく筈もない。四人はただただ黙りこくって誰一人として口を開けない。
ただ、グラスだけは少しばかし違うことを考えていた。一人だけ様子が違っている。トノだけはあのサンダーのことを思い起こして明らかに怖がっていた。リーダーとして彼の扱いも考えなくてはならない。
「よし」
『--??』
唐突にグラスが声をあげる。あまりに静まり返った基地内にいきなり声が上がるものだから他の三人は僅かに驚きを浮かべる。
「方針は決まった。行き当たりばったりで行こう」
「バカ?」
方針という名の思考停止策は僅か数秒でリンにバッサリと切り捨てられた。それでもグラスは"話は終わってない"といわんばかりに続ける。
「何も完全に思考停止したとは言っていない。相手は伝説のポケモンだ、生半可な策など--ましてや大した練習もない焼刃の策なんぞ意味がないだろう」
「一理ある」
一方でラックはリンとは対照的に賛同の意思を見せる。
「もちろん最低限の準備はする。道具の準備は万端にしておくとかな……
あとはトノ」
「--!!!?な、なんだぁ!?」
いきなり声をかけるのがグラスという男なのだろうか。トノが大げさに驚く。
「お前は留守番をしてもらう」
「なななななななな……なんでぇ!?留守番なんでぇ!?」
驚きのあまり呂律が回っていない。
「今回の相手は伝説のポケモンだ。全滅する可能性も十二分にある。だからトノ、お前は私達が一日たって帰ってこなかった場合に助けを呼んでもらいたい」
(……なるほどね)
グラスの真意を悟ったラックは一人で納得。一方でトノはどこかしらホッとした安堵の表情を浮かべた。相当サンダーを怖がっていたのだろう。
彼は震えた声で"まかせておけ"とだけ言い残した。一行は準備のためにトノを残して救助基地を去っていった。
「はぁ〜……」
誰もいなくなった頃、トノは一人でため息をついていた。自分から救助隊に志願しておきながら敵に臆してしまい、あまつさえリーダーから戦線離脱の宣告を受ける。
それが新人の自分に気を遣われての故の宣告だっただけに余計にトノのメンタルにこたえた。
「わし、何やってるんだろ……」
外の世界が見たくて、そして従者達をまもれる程強くなるために救助隊を志願したのにこの有様。窓越しに外の景色を眺めながらふぅとため息をついた。
「おう、邪魔するぜ」
「----殿、流石にその言い方はないんじゃねぇでしょうか」
一つは不遜な声質、もう一つはその子分らしきポケモンの声がかかる。聞き覚えのない二つの声にトノは不審がる。
「なんじゃお前たちは……」
「俺らはここの救助隊に用があってきたんだ。あんた誰だ?」
あいも変わらない不遜な口調でそのポケモンは問う。トノは簡易に自分がこのチームの者だと説明する。するとその不遜な口ぶりのポケモンは不思議がった。
「なぁ、あんたの他にも三人ほどチームメイトいただろ?ソイツ等はどうしたんだ?」
「アイツ等か?アイツ等は既に出かけていったぞ」
不遜な口調のポケモンの質問はやまない。他のメンバーはどこにいったのか、何故このニョロトノはチームメイトなのに留守番を任されているのか。それを余すところなく聞かされた。
~~ ライメイのやま 入口 ~~
一通り準備を終えてライメイのやまに足を運んだグラスたち三人。
「グラスよ」
「なんだ」
「お前一人だけで大丈夫なのか?確かにあの策にも一理はあると思うが」
グラスの言う策--それは二手に分かれて頂上で合流するというものだ。
「あの卑怯なピカチュウのことだ。どこに罠が仕掛けてあるかわからん」
安易に固まると道中で発見され、攻撃を受けるかもしれない。これがグラスの考えなのだが彼は一人でダンジョンに足を踏み入れようとする。もちろんこの案にはラックもリンもそう簡単に賛同できる筈もなく--
「あんたみたいな向こう見ずなんか一人で行ったって頂上にたどり着けるわけないでしょ。無理よ絶対無理」
「リンよ。お前にだけは"向こう見ず"とは言われたくない」
今度はグラスが(悪意なく)喧嘩をふっかけていく。気の強いリンがそれに応じないわけもなく喧嘩がおこりそうになるがそこでラックが制する。
「まぁ待てリン。こいつが一度言ったら聞かないことはわかってるだろう?」
「……まぁそうなんだけど」
「話を聞くにここには休憩所があるそうだ。そこで合流するとしよう」
その様子を頂上からふてぶてしい態度で眺める一体--のポケモンがいた。コトの首謀者でるピカチュウのライトがサンダーの背中に乗っている。
「へへっ……、やっぱり来やがったな」
弱々しい口調とそのお世辞にも良いとはいえない顔色とは裏腹に彼の気持ちは高揚していた。それは彼には強力な配下(サンダー)がいるからにほかならない。まさにレントラーの威をかるなんとやらといったところか。
ふっとライトは気がついた。あの臆病なニョロトノの姿がないことに。それに気がつきチッと面白くなさげな様子で舌打ちを漏らす。
「ホンッとにバカな奴らだぜ。コイツ一人見捨てれば命を落とすこともねぇのに……」
さぞつまらなさげに傷だらけのワタッコを見下しながらそう漏らす。
その時に--
「--ッ!!!」
また腕が痛み出した。宝玉の効力は衰えるどころか痛みは増していくばかり。できることならこの痛みを与えたあのニョロトノに自分以上に痛みを味わわせられなかったことが口惜しい。
そんな逆恨みを募らせながら悪事を続けるピカチュウは三人の命知らずを待ち続けている……。