第二十九話 沈黙のたに
~~ ブラザーズ基地外 ~~
「ふわぁ〜〜あ、……ねむいのじゃい--」
アホ面で大きなあくびをしながら基地から外に出てきたのは太った緑色のポケモン--トノだった。
ふてぶてしいという言葉を具現化したような彼の面持ちには朝飯の準備をしているグラス達三人に対して手伝おうという気持ちは微塵も感じられない。
「あの〜……?」
「んあ?」
後ろから控えめな声がかかった。不意に声をかけられたトノはこの上なく間の抜けた声で返す。
声をかけたのは一体のワタッコだった。見覚えのある姿にトノは間抜けな表情を冷水をかけられた直後かのごとく豹変させる。
「あの……ブラザーズという救助隊はここですか?」
「そうじゃが……お前は昨日のワタッコか?なんでまたここに?」
以前クラッシャ達に依頼を断られていたあのワタッコだった。何故そのポケモンがここにきたのかは間抜けなトノの頭では察することはできていない。
「はい、単刀直入に申し上げると私の仲間の救出の依頼を受けてもらいたいのです」
「ふぅむ……それは構わんが……お前のお仲間は悪者にでも捕まってしまったのか?」
トノが不安になったのはそこであった。御尋ね者なんてぶっそうなポケモンとは戦うのなんてまっぴらな
彼はそれが不安で不安で仕方がない。
「仲間がいわばに挟まって動けなくなってしまったのです。私達ワタッコは風さえあればいろんな場所にいけるのですが……空が雷雲でいっぱいな筈なのに何故か風は吹かないんです……」
「ふぅ〜ん……」
仲間が動けない理由を知ってからトノの頭には後半の説明は一字一句たりとも入っていなかった。ただただ物騒なやつとは戦わずにすむという安堵でいっぱいだった。
「うむ、わかった!!わし達がその依頼を受けよう!!」
「ホ、ホントですか!?」
あろうことか新参の癖に勝手に依頼を受けた。どこまでもふてぶてしいのかこのカエルは。
そこへグラスがやってくる。
「おいトノ、飯ができたからそろそろ--」
支度ができトノを呼びにきたグラスだがワタッコの姿を見て首をかしげる。
「どうしたんだ?」
「あぁ実は--かくかくしかじか--という訳なんじゃが……」
それで誰に伝わるというのか。
「なるほど……昨日のワタッコが我々に依頼をしにきたという訳か……」
伝わったようだ。と、ここでグラスがバツが悪そうに--
「と、その前に飯だ。その後にしてくれんか?」
『…………』
~~ ちんもくの たに ~~
「うわぁ〜、すごい崖だの〜」
ダンジョン入口の両脇には底なしの深いたにが鎮座している。トノはその崖を覗き込んで若干恐れたかのような声を上げる。一通り準備をすませたブラザーズ三人はそんな間の抜けたトノの声に反応することはない。
「この奥にあなたの仲間がいるんですね?」
「はい、すいませんがよろしくお願いします……」
「わかった。皆、行こう」
グラスを先頭に一行はダンジョンへと足を踏み入れ--
「……あの!!」
ようとした時にワタッコに呼び止められる。止められても表情を一切変えることなくラックが声をかける。
「どうしたんだ?」
「実は、言い忘れたことがありました……」
「言い忘れたこと?」
バツの悪そうなワタッコの様子。トノの脳裏にはどうにも嫌な予感しかしていない。
「ここ"ちんもくの たに"には、ものすごいかいぶつがいるという噂があるんです」
「か……かいぶつだとぉ!?」
大げさに反応したのはトノのみ。グラス達は"だから?"とでも言いたげに"ふーん"と返す。
一方で慌てふためくトノは"どういうことじゃ!"とワタッコに詰め寄った。
「い、いえ!あくまでも噂なんですが……でも一応お伝えしたほうがいいのかなと思いまして……」
「…………」
全身汗だくになったトノ。すると彼は唐突に腹を抑えてうずくまる。
「アーイタタタタタ、キュ、キュウニオナカガイタクナッタノジャー」
まるで自分から嘘を言っていますと言わんばかり。こんな大根芝居に付き合う筈もない。
リンはニッコリと笑みを浮かべてつかつかとトノの近くにあゆみより--
--バキッ!!
「ゲロオオオオォォォ!!!?」
腹パンが飛んだ。腹パンを受けたトノは悶絶して叫んでいる。それを表すかのごとく白目をむいている。が、当の食らわせた本人のリンは満面の笑みを浮かべている。
「何するんじゃコラーーーーーーーーーーーーッ!!!」
「それだけ叫べるなら十分元気じゃない。ホラ、さっさと行くわよ」
「ぐぬぬぬぬ……」
リンにまんまと言いくるめられ、言い返せないトノ。そんなやり取りを見て互いに顔を見合わせてはぁとため息をつきながらグラスとラックも二人のあとを追っていった。
こんな人たちに任せてよかったのだろうか。ワタッコには一抹の不安が脳裏をよぎった。