第十二話 vs マンムー part2
--ドスドスッ!
重量感のある音をたててゴラスから放たれた"氷柱落とし"がグラスの立っていた地点に容赦なく降り注いだ。しかしゴラスはその地点を凝視するように眺めていた。--あのキモリがいない。
「あんたは……!うちの子分達の相手をしてたんじゃねぇんですかい?」
手下のドンファン達と戦っていたツタージャがグラスを"氷柱落とし"に当たらないように突き飛ばしていた。
「手下?あぁ、あの弱っちいドンファンとフライゴンのことかしらね?」
「--あんたも……あっしとやりあう気ですかい……」
真意はともかくその口ぶりは戦いを望んでいないようにも伺えた。だが今のリンにはそんな言葉が届く筈もない。何も言わずに突っ込んでくるリンにゴラスも戦闘態勢をとる。
直線的にリンが突っ込んでいくもその動きはゴラスにとっては、先ほどのグラスの動きと大差ない。彼はいなすように突っ込んでくるリンをよける。
--!!?
すっと体を右にかわしたかと思われた。だが彼の体が唐突にバランスを崩す。彼の左前足に草がからまり、体のバランスを崩してしまった。
ドシーンと大きな音をたてゴラスの巨体が地に崩れた。倒すには至らなかったものの、タイプ一致、弱点技"草結び"ではそれなりのダメージを加えることには至った。
「なるほど……あっしのことをよくご存知で……」
(嘘……!きいてないの!?)
マンムーで草結びを食らえば致命傷になるのは確実な筈であった。しかしこのマンムーはリンの予想に反して余裕さえもうかがえるほどの体力が残っていた。
「リン……」
「な、何!?」
「助かった……今ので何かをつかんだ気がする……」
先ほどの"草結び"を見たグラスは、雲をつかむような感覚から解き放たれた気を感じた。彼のマントを翼にチェンジさせ空中に飛ぶ。
「ほぉ……面白い能力ですなぁ……」
そう口走るゴラスは、特に驚くこともなく冷静に"つららばり"をはなつ。ゴラスにむかって滑空してくるグラスは手馴れた動きで"つららばり"をかわし、ゴラスの足元へと急接近。
--ゲシッっという音をたててグラスの"けたぐり"が決まる。彼はリンの"草結び"--特に相手を転ばせるところヒントに擬似的ではあるが"けたぐり"を習得したのだ。二度目の転倒技を真っ向から食らったゴラスに追い打ちをかけるようにリンから"リーフブレード"が飛んできた。
「さすがにこれで倒したでしょ……!」
「--だといいんですがねぇ……」
三度にわたる弱点攻撃。これだけ決めればあのマンムーだって倒せる筈--しかしその幻想は無情にも余裕さえうかがえるゴラスの様子によって打ち砕かれた。
「こちとら、これ以上お遊びに付き合う余裕はないんで……悪く思わないでくだせぇ……」
再三にわたる"つららばり"が発せられた--が、その"つららばり"は今までのそれとは格段に違う。大きさもスピードも数倍増加したつららがグラス達に迫ってくる。
「ぐおおおおおおおおおおおぉッ!」
「きゃああああああああぁぁぁっ!」
自分達の背丈ほどのつららを食らい勢い良く飛ばされ、木々に叩きつけられる。
(ど、どうして……!?)
立ち上がるのさえも厳しい。五発もの"つららばり"で受けたダメージが大きい。だがそれ以上にリンにはこのマンムーに勝てる気が全くしなかった。自分達の攻撃は通じない相手の攻撃は一発で致命傷になりうるほどの威力、レベルの差を感じていた。--どうやったら勝てるの……!!
「さぁ、大人しく帰ることですぜ。もうあっしとあんた達とのレベル差はあんた達にもわかったでしょう。あっしもこれ以上戦う気はないんで……」
半ば威圧するようにゴラスが威圧するような眼光でグラスとリンを睨んだ。リンは既に心が折れかかってはいた--
--すっ
リンよりも深い傷を負ったグラスがよろよろと弱々しくも立ち上がった。
「なっ……!」
まさか立てるとは思ってもいなかった。リンもゴラスも立ち上がったこのキモリに驚きを隠せていない。だが当の本人はふぅっと深呼吸をし、キッとゴラスのほうを睨む。
「なぜ……なぜ立ち上がるんですかい……!?それ以上やったら……無事じゃすみませんぜ……!!」
今まで平静を保っていたゴラスであったが、グラスの眼光にどこか動揺が見て取れた。
「なぜかって……?そんなこと決まっている……」
「----!!」
と、ここでグラスはできる限りすうっと息を吸い込み--
「私が……救助隊だからだッ!!」
「きゅ……救助隊……!」
--勢い良くタンカを切ったグラスの目付き。それはゴラスをしばし硬直させていた。これを今のグラスが見逃す筈もない。
「リン!」
「あっ……うん!」
膝を落としているリンにグラスが一喝。ダメージに耐えながらも彼女も体を起こし、攻撃の体制に入った。グラスの叱責(に近い一喝)を受けたリンの顔には寸分の諦めは見受けられなかった。
「"リーフブレード"!」
「"けたぐり"……!」
「ぐっ!」
その技は全く威力が違っていた。少し前までは同じ攻撃でも余裕を持って受け止めていたゴラスであったが、彼の顔にはもうそのような余裕は見受けられない。
「さぁ……これでもお遊びだと言い張る気か……!」
ダッとグラスは一歩踏み出す。とここでゴラスが口を開ける。
「あっしの負けです」
「何?」
「あんたたちには勝てる気がしなくなったんですよ。なんであっしはこれで失礼しやすぜ」
と、言い残してゴラスは早々とその場を去っていった。言葉とは裏腹に彼の体には幾分の余力が伺えたが--
「ま、待ちなさい……!」
「よせ!リン!」
追いかけようとするリンをグラスが制止する。
「あいつはまだまだ余力がある。だがこちらの状態を考えてみろ……。追ったところで勝つのは難しいだろう……」
--解せぬな……。あれだけの体力を残して何故か奴は逃げていった……。何故だ?
……まぁ考えても仕方がない。
「ラックのところに合流しよう。あいつも心配してるかもしれん。行くぞ」
「…………」
「リン?」
俯いて移動しようともしないリン。そんな彼女の顔をグラスが心配そうにのぞき込む。
「……ごめんなさい?」
「--??どうした藪から棒に?」
「明け方にあたし、あなたに"無様なところを見せるな"って怒ったでしょ?それなのに今度はあたしのほうがあいつの実力に屈してすぐ諦めちゃう姿を見せちゃって……」
「そんなことはない」
ピシャリとグラスの制止がはいり、リンははっと彼のほうに顔をあげる。
「私はあの時、微塵も動くことはできなかった。だがリン、お前は諦めかけはしたが、その後行動に移すことができたろう?それだけでも讃賞に値するさ」
それと……と、若干照れくさそうにグラスは続ける。
「さっきは助かった……。お前に助けられてなかったらあの"つららばり"を軽く倍以上の数食らってたろうからな」
「ううん。令を言うのはこっちのほうよ。ダンジョンで罠からあたしを助けてくれてありがとね」
出発前の殺伐とした雰囲気はどこへやら。二人の間にはなごやかな雰囲気が包んでいる。
「さぁ、ラックのところに合流しよう」
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グラス達から逃げるように去っていったゴラス。彼は失敗報告の為にあの男の元へと向かっている。
「あのグラスって男の目付き……どこか懐かしいものを感じやした……」
「あっしは今まであんたに命を助けられ、あんたに忠誠を誓い、その命を一心に受けてきやした。たとえそれがどんな内容でもそれに一度たりとも疑問を感じたことはありやせんでした……」
「それが今日、あの男を見て初めて揺らぎやした……。あっしのやっていることは本当に正しいのかどうか……。たとえ恩人の命でも足の引っ張りあいをすることが本当に正しいのかどうか……」
「それを確かめたい……。かつてはあの男と同じ目をしていたあんたならきっとわかる筈……。そうでしょう?--
--オビト殿……」