第七話 ウイング
「ほーらほら!どこを見ているのさ!」
「ちぃっ……!」
エモンガを相手している私だが奴の持つ飛行能力に思いの外苦戦していた。何しろ私はポケモンの技をろくすっぽ使えやしない。相性云々の問題よりも攻撃が当たりさえしないのだ。
「へっへっへ。”燕返し”!」
「--!!」
飛行技燕返し。避けられないこの技を食らわないようにするには……。
「ぬおぉっ!」
攻撃を相殺するしかない。--ん?だとしたら……。
「うわあぁっ!」
咄嗟に剣で相殺を図ると奴の悲鳴が聞こえた。やはり直接攻撃するときがチャンスだな。向こうから距離を詰めてくれるのだから……。
「やってくれるね……。だったらこれでどうだい!」
おしてダメならなんとやらと言ったところか。エモンガは近距離戦は分が悪いと判断し、遠距離技に鞍替えしてきた。たしかにな……、これなら相性はともかくとしてこちらの反撃はロクに通る筈もない。
「はっはっは!どうだい!大人しく金品を置いていく気になったかい!」
「ないな……」
反発を耳にしたエモンガは眉間にシワをよせた。それと同時に奴の体がバチバチと帯電し始める。
「ははっ!こっちに向かってくるのかい!羽もないのに無駄なことを!」
奴の言うとおり私は自然と足が奴に方に向かっていった。奴の飛行能力に比べたらキモリごときのジャンプなどたかがしれている。私も無謀だと思っていた時であった。
--ガスッ
「なっ……!」
舐めてかかっていたエモンガの顔が苦痛に歪んだ。それを確認した私は本来重力に負け、地面に下ろされる筈のこの体が謎の浮力感を感じていた。
「な、なぜだ……!なぜキモリのキミが羽を……!」
「は、羽!?」
ふと自分の体を見ると、羽織っていた筈のマントが羽に変形して飛行していたのだった。
「な、なにこれ……」
既にリンの方は終わらせたのだろうか、こちらを見て驚嘆の声を上げていた。飛んだキモリを見たらそんな反応になるのも無理はないだろう。
「無駄なこと……、この状況でもそんな口が叩けるか?」
「ちぃっ……!」
「仕舞いだっ!」
滑空した状態でそのまま斬撃を加えた。飛行能力を失った奴の体はそのままなすすべもなく地面に落下していっている。
「リン!」
「任せて!」
私の合図でリンは落下するエモンガの体を蔓の鞭で受け止め、そのまま拘束した。ふぅ……これで終わりだな。
----
「それにしてもさぁ」
「なんだ?」
怪訝そうに訪ねてくるリン。彼女の片手にはエモンガ達盗賊団を拘束している縄が握られている。って話それるが多分さっきの滑空のことを聞いているんだろう。
「さっきなんで飛べたの……ってわかるわけないか。大方記憶喪失だし……」
「……まぁな」
それしか答えられなかった。当然だ、さっき飛べたのは私にもよくわからん。今からもう一度やれと言われてもできると断言できない。
「とにかく、はやくラックに合流するとしよう」
「そうね」
----
「あれ?行き止まりかぁ……」
電磁波の洞窟の最奥部。コンセントに近い形状のポケモン、エレキッドがボソリとつぶやいた。その声質には幼さを感じさせられエレブーの子供であることはほぼ確定的であろう。
「ちぇっ、せっかくダンジョンを冒険しにきたのに。つまんねーの」
「おいボーズ」
ほぇ?とまの抜けた声の方を振り返ると少し老けたミズゴロウが表れた。
「あれ?おじさん誰?」
「救助隊だ。あんたのオヤジさんに頼まれて、あんたを探しにきたぜ」
「げっ!父さんが!?」
エレキッドは顔面クリムガンならぬ顔面フリージオのごとく真っ青になった。大方オヤジさんに怒られるのが相当やばいんだろうとラックが思っていた時であった。
「逃げろっ!」
「--!!おい待て!」
慌てて逃げ出すエレキッドだが時すでに遅し。既にラックに追いついていたグラスとリンが逃亡を拒むかのように立ちすくんでいたのだから。
「坊や……いい子だから大人しくお父さんのもとに戻りましょうね?」
「は……はいぃぃ……」
ニッコリと笑みを浮かべるリン。だがそれをただの笑みだと感じているほどエレキッドも鈍くない。怯えながらも従うことに。
(ったく……。こえぇ顔すんなっての……)
---
「ばっかもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉん!!!」
「うひゃああああああああああああああぁ!」
さて、エレキッドを連れて帰った早々にエレブーオヤジから正真正銘の”雷”が息子に落ちた。雷を落とされたエレキッドは悲鳴を上げながらひっくり返る。
「この大馬鹿者が!あれほどダンジョンにうろつくなと言っておっただろうが!」
「で、でもさ父さん。ダンジョンを冒険することによって、いつもの惰性に満ちた生活を一変するような刺激が入ってオイラの生活感が大きく変わる絶好のチャンス--」
「そんな哲学的なこと!考えんでいい!」
またも雷が落ちた。ろ、くるりとグラス達の方に振り向くや否やさっきまで雷を落としていた彼の顔が嘘のような(作り)笑顔に変化する。
(って、作りを付けなくていいから……!)
「いやはや、お見苦しいところを見せて申し訳ねぇ!」
「いや……しかし子供が助かってよかったな」
助かったものの当の本人は遊び感覚でダンジョンに入った挙句、反省の色もないのだから複雑な気持ちだ。
「これは今回の報酬だ。受け取ってくれ」
エレブーの声にふっと振り向く三人。彼の手には金貨が大量に入った袋が。
「なになに……一十……。千ポケ!?」
ポケというのはお金の単位。ラックはその予想だにしなかった金額に驚きを隠せない。
「こんな大馬鹿でも息子が助かったなら安いもんよ。遠慮すんなって!」
「悪いな。それと少し聞きたいんだが……」
「ん?どないした?」
話を切り替えるグラスは目を回したエモンガ盗賊団に目をやった。エレブーもそれに気がついて首をひねる。
「こいつら盗賊団でダンジョン道中であったんだが……放置してたらまた悪さをしないと思って連れてきたんだ。この付近で保安官とかはいないのか?」
「ああ、そんなことか」
と、言いながらエレブーは盗賊達の身柄を確保にしかかった。グラスは"おい危ないぞ"と止めるのにもお構いなしに。
「あっ、言ってなかったっけ?オレ保安官だって?」
「言ってない。初耳」
「あっ……そうかい……」
ちなみにグラス以外は知っていた。まぁ転生したてのグラスが知っているほうがおかしいのだが。
(なぁリンよ。なんで保安官が新人救助隊の私達に息子を助けるとか大事な依頼を?)
(決まってるじゃない。こういった世界での保安官とかは大してレベルがなくダンジョンに踏み込んだところで返り討ちにあうするものなの)
(ん……んなハッキリ言うのかよ……)
メタ的な発言が飛び交った。それも結構失礼である。
(もっと酷いのではどこかの世界かは知らないけど無理に自分の実力を顧みずに救助隊に同行しようとして足を引っ張ったりすることが多いそうよ)
(ふむ、要するに足でまといってことか)
「んじゃ、俺たちは帰るぜ。ありがとよ!」
まさか自分たち保安官が馬鹿にされていることも知らずに爽やかな笑顔でエレブーはエレキッドやエモンガ達を連れていった。