第三話 嫌な予感
〜〜ラック side〜〜
とてつもなく嫌な予感を胸に俺は家を飛び出し、声のする方へ走っていった。自分で言うのもおかしいが俺達ミズゴロウは足が遅い。しかも俺はいろいろとごちゃごちゃとした装備をしているだけにそれが顕著だ。どたどたと不格好な走りで足を進めていた。そして--
「--!!」
俺のよく知るポケモン、バタフリーが見るに堪えない姿で倒れていたのだ。慌てて俺はバタフリーに駆け寄った。酷いけがだ……一体誰に!?
「大丈夫か!?しっかりしろ!!」
「----ッ……ラック……さん……?」
どうやら意識はあったようだ。だがその傷は……いや、もっと先に聞くことがある。
「一体何があったというんだ?あんたの子供はどこに?」
「それが……」
--聞くといきなり森の中を歩いていたら地震によって地割れが生じ、そのはずみで彼女の子供と離れ離れになったとのこと。だがなぜバタフリーまであれほどの傷を……。
「お願いです……私の子供を……」
「お、俺が助けるのか!?」
見た限りでも地割れはかなりの深さまで生じていた。下からポケモンの唸り声が聞こえてくる……。これはやっぱり不思議のダンジョンというやつか……。
それよりも俺は医師として誰かを"助ける"ことはたくさんした。だが"救助"することが本当にできるのか?俺の力量でそんなことが……。俺の右足に力がこもる。あいつなら……グラスならこう言ってくれるだろうか。
--大丈夫だ。お前ならできる--
ふっ、見ず知らずだったお前さんにここまで勇気づけられるとはな。
「任せろ。お前さんは俺の家に行け。動けるか?」
「は……はい……」
「ならよかった」
と、言い残して俺は地割れ、即ちダンジョンへと足を踏み入れた。これが俺の初めての救助活動だったのだ。
〜〜グラス side〜〜
「一体どうしたのかしら……」
私の隣で唐突に飛び出した夫を気にかけるリン。私も彼女と同じ気持ちだ。一体なぜいきなり飛び出したのだろうか……。
ガタン
扉が開く音が聞こえた。ラックかと思ったがその主は彼ではなかった。代わりに扉の前に立っていたのは見るに堪えない傷を負った一人のポケモンだ。あのポケモンは確かバタフリーか?しかしこの体でみるとずいぶん大きいな……とそんなこと考えている場合じゃないか。
「どうしたんだ!?」
「なんてことだ……!!」
あらかたの事情を聞いた私は腕の怪我も忘れて家を飛び出した。途中で制しの声があったが到底聞くつもりなどなかった。
「まったくもぅ!」
と、勝手に飛び出した男2人に対して怒るリンがいたのはまた後の話。
〜〜ラック side〜〜
「まったく、薄暗いところだぜ……」
我を失い襲いかかるポケモンたちをいなしながら俺はボソリとつぶやく。幸いにもここのポケモンたちはレベルが低く俺程度のレベルでも対応ができた。しかしならなぜあのバタフリーはあそこまでやられたんだ?仮にも進化系だろうに……。
「--!!」
ふと気配がし後ろを向いた。そこにはあのマントを羽織ったあのキモリ--グラスの姿があった。
「なんでお前さんがここに!!俺の家にいろと行ったはずだろ!!」
「済まない。だが子供が落ちたと聞いていてもたってもいられなくなった」
「なんだ……知ってしまったのか」
仕方ないかと心の中で後付けをし、それ以上は咎める気にはならなかった。
「しかしずいぶんと暗いところ……」
「----!!静かにしていろ!!」
何か泣き声、それも幼い声が聞こえてきた。それもそう遠くはない。間違いないな、あやつの子供はこの奥だ!!
「急ぐぞ!!」
「あ……待ってくれ!!」
「ピーピーうっせぇんだよこのクソガキ!!」
泣きじゃくるバタフリーの子供キャタピーに罵声を浴びせるのはフライゴン、それも以前グラスに制裁された個体であった。フライゴンはその時の腹いせと言わんばかりにキャタピーを踏みつける
「あのクソ生意気なキモリのせいでとんでもない目にあっちまったぜ……」
「誰がクソ生意気なキモリだって?」
「てめぇのことにきまっ……あっ……」
本人登場に言葉を失ったフライゴン。しかし我に返ってからはというと……。
「おいトンボ、悪いことはいわねぇ。俺たちにまたフルボッコにされる前にそのキャタピーを解放するんだな」
「誰がトンボだ!!てめぇら立場わかってモノ言えよ……。一歩でも動きやがったのこのガキをやったあとてめぇらをズタボロに……」
「どうなるんだって?」
「----!?」
どうなるんだっての”て”の部分を聞き終える前にフライゴンは自分の手からキャタピーが消えていることに気がついた。そして代わりに鋭い痛みが全身を走る。
「おお、はやいはやい」
「きっ……きさまあああああああああああああああぁ!!」
「さぁどうした?一歩でも動いたから私たちをフルボッコにするんじゃないのか?」
手をしゃくったあからさまに挑発にフライゴンはいとも簡単に乗ってきた。
「ぐぎががががががががががががっ!!」
だが実力の差は明らかに明白であった。グラスは突っ込んできたフライゴンの胸倉をつかみ地面にたたきつけられそこから猛烈な勢いで踏みつける。フライゴンには踏みつけのダメージだけでなくキモリに踏まれるという屈辱感も植えつけられていた。
「消えろ。二度とくだらない理由で誰かを巻き込む真似をするな」
「ちっ……!!」
どう見ても反省のはの字もない様子でフライゴンは去って行った。グラスは追いかけてでも仕留めたかったがラックに止められる。
「いかんな……やつから受けた傷が多いようだな……」
キャタピーを助けたラックだが、災害やフライゴンのやつあたりに巻き込まれたからか思いのほかの重傷を負ってしまったようだ。
「ラックよ、だがお前ならなおせるんじゃないのか?」
「まぁ、そうなんだが……おろろろろ?」
柄にもない間の抜けたラックの声にいやな予感を感じたグラス。--こいつもしかして……。
「すまん、バッグ忘れたわ」
「おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃ!!」
地割れのおきたダンジョンの中なので戻ることも不能。一瞬は詰んだと思った2人。
「まったく……。2人ともあたしがいないとダメね」
「--!!?」
高いメスのポケモンの声。ツタージャのリンだ。彼女はラックのものであろうバッグを所持していた。
「どこの世界に道具忘れてくる医者がいますかっての……」
「はははははっ……」
ジト目で睨まれてばつの悪そうな顔をするラック。彼はリンから差し出されたバッグを受け取った。
「さっ、こんな薄暗いところいてられないわ。さっさと脱出しましょ」
「でも……どうやってだ?」
首をひねるグラスに対して。ニッコリ--というよりはニヤニヤするリン。ちっちっちと片指を立てている様子から何か有用な策があるのだろうか。
「よっと!!」
リンの首元から蔓の鞭が飛び出し。キャタピーを抱えたまま地上まで蔓を伸ばした。そしてシュルシュルと音と立てて、掃除機のコードのように彼女の体が引っ張られていった。
「なるほど……蔓の鞭を使うのか……」
「……っておい!!俺たちはどうなるんだ!!」
「あああああああぁ!!」
2時間後すっかり忘れていたリンによって助けられたグラスとラックであった。