1.ポケモンもどき
「リチャージング完了、個体からのシグナル確認。シンクロ回路正常、波形パターン正常。システム・オールグリーン」
「了解、予定通り進めて」
巨大なモニターに向かい合う財団の研究員と、母上の会話がいつものように響いてくる。相も変わらず横文字ばかりが行き交うそれに嫌悪感を抱きつつも、オレもその様子をじっと見つめる。いや、見つめざるを得ない。この状況に無視を決め込むなどということは不可能だ。
三つに分かれた巨大なモニターの前にはキーボードの並んだ卓が幾つも並び、それぞれに研究員が何人か充てられている。左右のモニターには刻々と変化するパラメータを表示するグラフが躍り、中央のモニターには眠るポケモン――の素体が映し出されている。右下には小さく「No.03 Mass production model」の文字。
「オールメモリおよびリミッタースタンバイ、起動パルスのチューニング良好。いつでもいけます」
「……開始!」
「起動パルスセンディング、ナンバー03――“タイプ:フル”、スタートアップ!」
嫌味なサングラスのチーフの手元にある赤いボタン――モニターに映るポケモン“もどき”に繋がれているケーブルを通じ、アイツに起動するためのパルス信号を送るためのボタンが、勢いをもって押された。数秒としないうちに左右のモニターのグラフがせわしなく動き始め、それまで黄色で表示されていたパラメータがどんどんと緑色に変わっていく。
すべてのパラメータが緑色に変わって間もなく、中央のモニターに映る素体にも変化が出た。虫ポケモンのような前足がぴくりと動き、水ポケモンのような尾びれがまるで泳いでいるかのように左右に揺れ、やがてゆっくりと目を開く。
「パラメータ値オールグリーン、シンクロパルスに乱れは観測されず。ナンバー03、タイプ:フルは正常に起動しました!」
「ここまでは計画通りね」
まるでおもちゃを買い与えられたかのような口調のチーフとは裏腹に、母上の口調は静かで落ち着いていた。……無理もないか。寧ろ当たり前だ、なんで研究の陣頭指揮をとっているはずのチーフがこれだけ呑気に喜べているのか、部外者のオレですら疑問に感じる。
“タイプ:フル”。エーテル財団――いや、母上が熱を上げて“開発”しているこいつは、ポケモンであってポケモンではない。オレに言わせれば、ポケモン“もどき”が良いところだ。
虫ポケモン、水ポケモン、ノーマルポケモン……様々な特徴を持っているポケモンたちの研究によって得られたデータを用いて、人工的に培養したポケモン細胞を組み換え、自分の望む姿のポケモンを創りあげる――これが、母上が自分の財団を率いて行っていることのすべてだ。その狙いは、別の世界を手中に収めることにある。
ウルトラスペース。
あの世界と繋がるウルトラホール、そこからやってきた“パラサイト”。きっと自分では気が付かないのだろうが、母上はあいつの毒に侵されてしまっている。
過剰なまでにあの力に魅せられ、あの力を手にすることで――……一体何をどこまで考えているのか、そこまではオレにもわからない。ただただ、母上はこの研究に異常なまでに熱を上げており、そのために手段を厭わない、それだけだ。
「始めるわよ。今度こそ、成功させなさい」
「はっ」
背中しか伺えない母上の表情が険しく強張っているのが、オレにはわかってしまった。これは決して気のせいなんかじゃない。
プロトタイプのナンバー01、量産テストタイプのナンバー02。過去に二度行われた起動実験は、どちらも今と同じように成功した。財団の手によって命を吹き込まれた“もどき”は、起動パルスに反応して生命活動を開始し、この世界に生きる“ポケモン”の一員に仲間入りした。
“タイプ:フル”の役目は、向こう側の世界――ウルトラスペースに生きている謎のポケモン、“ウルトラビースト”を鎮めること。多くを解明されていないビーストたちを我がものとするため、つまりはゲットするために戦うための存在。ビーストキラー、それがやつらの存在意義だ。
好戦的なのか、はたまた耐久寄りなのか。タイプは、得意な技は、特性は。何もかもがベールに包まれているビーストたちと対等に戦うために、“タイプ:フル”には人造ポケモンならではのある“機能”が特性という形で組み込まれた。それが、装填する“メモリ”の種類によって自身のタイプを好きなように変化させる機能――“ARシステム”だ。この機能によって、確認されている18ものタイプ全てに変化することができ、常に有利な戦いができることが期待された。“フル”の名前もここからきているらしい。
だが、実験はここで頓挫した。
起動実験に成功し、パラメータのオールグリーンが確認されたナンバー01・02は、すぐさまARシステムの実験に移行した。頭部の後方に設置されたスロット部に任意のメモリを装填することでARシステムの機能が発現し、通常時はノーマルタイプとして活動している“タイプ:フル”は、装填されたメモリに応じたタイプに変化しその威力を発揮する――はずだった。
「炎でいくわ」
「ファイヤーメモリ、装填スタンバイ」
「装填」
「ファイヤーメモリ装填、コネクティング開始します……」
チーフと母上のやりとりがどこか遠く聞こえる中、オレはメモリを装填されるナンバー03を見つめながら01と02のARシステム実験を思い出していた。
結論から言えば、ともにARシステムの実験は失敗した。01も02も、メモリを装填して読み込みが始まったとたんシステムエラーを引き起こし、正常だったパラメータは次々とレッドゾーンへと突入した。レッドゾーンは決して低いパラメータを表すものではない、その逆――危険値を表すものだ。
ほぼすべてのパラメータが異常値を示し、シンクロパルスが乱れ、手を打つ間もなく遂にこちらからの指示を受け入れるためのシンクロ回路が破損した。充填されたエネルギーだけで活動を開始したやつらは自身に繋がれていたケーブルを引きちぎり、狭い檻のような研究室の中で暴れ始めた。じめんタイプに変わるグラウンドメモリを装填された01は研究室の床がボコボコに変形するまで暴れまわったのちに力尽き、まるでロボットのように倒れた。みずタイプに変わるウォーターメモリを装填された02は研究室の壁を水圧で凹ませ、同じように力尽きて倒れた。
不測の事態に備えて“心臓”を入れられず、代わりに外部からタンパク質などエネルギー源となる物質を注入することで活動していた01と02。二度の実験失敗を考えるとやはり03にも心臓は入れられず、同じように外部エネルギー方式で実験が行われる――
「リチャージング完了、個体からのシグナル確認。シンクロ回路正常、波形パターン正常。システム・オールグリーン」
「了解、予定通り進めて」
巨大なモニターに向かい合う財団の研究員と、母上の会話がいつものように響いてくる。相も変わらず横文字ばかりが行き交うそれに嫌悪感を抱きつつも、オレもその様子をじっと見つめる。いや、見つめざるを得ない。この状況に無視を決め込むなどということは不可能だ。
三つに分かれた巨大なモニターの前にはキーボードの並んだ卓が幾つも並び、それぞれに研究員が何人か充てられている。左右のモニターには刻々と変化するパラメータを表示するグラフが躍り、中央のモニターには眠るポケモン――の素体が映し出されている。右下には小さく「No.03 Mass production model」の文字。
「オールメモリおよびリミッタースタンバイ、起動パルスのチューニング良好。いつでもいけます」
「……開始!」
「起動パルスセンディング、ナンバー03――“タイプ:フル”、スタートアップ!」
嫌味なサングラスのチーフの手元にある赤いボタン――モニターに映るポケモン“もどき”に繋がれているケーブルを通じ、アイツに起動するためのパルス信号を送るためのボタンが、勢いをもって押された。数秒としないうちに左右のモニターのグラフがせわしなく動き始め、それまで黄色で表示されていたパラメータがどんどんと緑色に変わっていく。
すべてのパラメータが緑色に変わって間もなく、中央のモニターに映る素体にも変化が出た。虫ポケモンのような前足がぴくりと動き、水ポケモンのような尾びれがまるで泳いでいるかのように左右に揺れ、やがてゆっくりと目を開く。
「パラメータ値オールグリーン、シンクロパルスに乱れは観測されず。ナンバー03、タイプ:フルは正常に起動しました!」
「ここまでは計画通りね」
まるでおもちゃを買い与えられたかのような口調のチーフとは裏腹に、母上の口調は静かで落ち着いていた。……無理もないか。寧ろ当たり前だ、なんで研究の陣頭指揮をとっているはずのチーフがこれだけ呑気に喜べているのか、部外者のオレですら疑問に感じる。
“タイプ:フル”。エーテル財団――いや、母上が熱を上げて“開発”しているこいつは、ポケモンであってポケモンではない。オレに言わせれば、ポケモン“もどき”が良いところだ。
虫ポケモン、水ポケモン、ノーマルポケモン……様々な特徴を持っているポケモンたちの研究によって得られたデータを用いて、人工的に培養したポケモン細胞を組み換え、自分の望む姿のポケモンを創りあげる――これが、母上が自分の財団を率いて行っていることのすべてだ。その狙いは、別の世界を手中に収めることにある。
ウルトラスペース。
あの世界と繋がるウルトラホール、そこからやってきた“パラサイト”。きっと自分では気が付かないのだろうが、母上はあいつの毒に侵されてしまっている。
過剰なまでにあの力に魅せられ、あの力を手にすることで――……一体何をどこまで考えているのか、そこまではオレにもわからない。ただただ、母上はこの研究に異常なまでに熱を上げており、そのために手段を厭わない、それだけだ。
「始めるわよ。今度こそ、成功させなさい」
「はっ」
背中しか伺えない母上の表情が険しく強張っているのが、オレにはわかってしまった。これは決して気のせいなんかじゃない。
プロトタイプのナンバー01、量産テストタイプのナンバー02。過去に二度行われた起動実験は、どちらも今と同じように成功した。財団の手によって命を吹き込まれた“もどき”は、起動パルスに反応して生命活動を開始し、この世界に生きる“ポケモン”の一員に仲間入りした。
“タイプ:フル”の役目は、向こう側の世界――ウルトラスペースに生きている謎のポケモン、“ウルトラビースト”を鎮めること。多くを解明されていないビーストたちを我がものとするため、つまりはゲットするために戦うための存在。ビーストキラー、それがやつらの存在意義だ。
好戦的なのか、はたまた耐久寄りなのか。タイプは、得意な技は、特性は。何もかもがベールに包まれているビーストたちと対等に戦うために、“タイプ:フル”には人造ポケモンならではのある“機能”が特性という形で組み込まれた。それが、装填する“メモリ”の種類によって自身のタイプを好きなように変化させる機能――“ARシステム”だ。この機能によって、確認されている18ものタイプ全てに変化することができ、常に有利な戦いができることが期待された。“フル”の名前もここからきているらしい。
だが、実験はここで頓挫した。
起動実験に成功し、パラメータのオールグリーンが確認されたナンバー01・02は、すぐさまARシステムの実験に移行した。頭部の後方に設置されたスロット部に任意のメモリを装填することでARシステムの機能が発現し、通常時はノーマルタイプとして活動している“タイプ:フル”は、装填されたメモリに応じたタイプに変化しその威力を発揮する――はずだった。
「炎でいくわ」
「ファイヤーメモリ、装填スタンバイ」
「装填」
「ファイヤーメモリ装填、コネクティング開始します……」
チーフと母上のやりとりがどこか遠く聞こえる中、オレはメモリを装填されるナンバー03を見つめながら01と02のARシステム実験を思い出していた。
結論から言えば、ともにARシステムの実験は失敗した。01も02も、メモリを装填して読み込みが始まったとたんシステムエラーを引き起こし、正常だったパラメータは次々とレッドゾーンへと突入した。レッドゾーンは決して低いパラメータを表すものではない、その逆――危険値を表すものだ。
ほぼすべてのパラメータが異常値を示し、シンクロパルスが乱れ、手を打つ間もなく遂にこちらからの指示を受け入れるためのシンクロ回路が破損した。充填されたエネルギーだけで活動を開始したやつらは自身に繋がれていたケーブルを引きちぎり、狭い檻のような研究室の中で暴れ始めた。じめんタイプに変わるグラウンドメモリを装填された01は研究室の床がボコボコに変形するまで暴れまわったのちに力尽き、まるでロボットのように倒れた。みずタイプに変わるウォーターメモリを装填された02は研究室の壁を水圧で凹ませ、同じように力尽きて倒れた。
不測の事態に備えて“心臓”を入れられず、代わりに外部からタンパク質などエネルギー源となる物質を注入することで活動していた01と02。二度の実験失敗を考えるとやはり03にも心臓は入れられず、同じように外部エネルギー方式で実験が行われる――
「パラメータ異常!」
「シンクロパルスに大きな乱れが発生!」
「チーフ!」
警報と赤いパトランプが部屋のあちこちで躍り、研究員たちがにわかに慌しくなる。やはり、03も先の二体と同じようにARシステム実験でエラーを起こしていた。中央のモニターでは、苦しそうにもがきながら身体に繋がれたケーブルを引きちぎらんばかりに吠える03の姿が映し出されていた。
母上は、と目をやると、チーフを刺すような目線で睨みつける横顔が映った。その気迫に気圧されながらも、オレはこの光景から目をそらしてはいけないと半ば意地のような心境で母上を見つめる。
「代表、ご心配なく。01と02のデータより、03には新たにリミッターを――」
「わかっているわ、早く試しなさい」
「仰せのままに」
食い気味に口を開く母上に、チーフは特に怯む様子もなく応じていた。コイツ、呑気なようで意外と肝が据わっている。ビーストに当てられてから鋭く尖ってしまった母上に一番近いところで仕事を任されているだけのことはあるようだ。
チーフは手元のパネルを開き、その下に隠されていた黒いボタンを迷いなく押した。中央のモニターに目をやると、03のスロット部から先ほど装填したファイヤーメモリが勢いよく射出され、口から炎を吐き出さんばかりに暴れていた03の動きが一瞬鈍った。その瞬間、天井から斧のようなものが取り付けられた四角錐の物体が投下され、03の頭部を覆うように固定された。
途端に、03の動きが止まる。01や02のエネルギー切れのようにプツリと止まったわけではなく、まるで宥められたかのように動きが静まった。
「これは、成功したのかしら」
「少々お待ちを、現在調査を進めております」
左右のモニターに映し出されているパラメータは、ほぼ全て正常値のグリーンに戻っている。今までと違ってリミッターを取り付けたことで03は実験に成功したのか。
色々と複雑な気分のオレを切り裂くかのように母上の怒号が飛んだ。
「ARシステムが無効化されているじゃないの、どういうことなの!」
「はあっ、予定ではARシステム発現時のシステムエラーの原因となるオーバーゲインを正常値になるまでカットしてコントロール下におくはずだったのですが、その作用がARシステム化を阻害するほどに影響が出ているようでありまして」
「解決する見込みは!」
「現段階では何とも言えません、どのみち今すぐこの場でどうにかすることは無理かと……」
「近いうちになんとかなさい! ARシステムなしに、ビーストと戦うことは不可能だわ!」
母上はそのまま踵を返し退室していった。オレとすれ違うとき一瞬表情をうかがったが、かなり険しい顔つきをしていた。ひとまずリミッターとやらによって03はコントロール下に置くことに成功し、実験は一段階前に進んだものかと思ったが、母上の考えはそのような前向きなものではなかったらしい。黙って研究の様子をうかがっていたオレに当たるようなこともなく、カツカツと靴音を速めながらこの場からいなくなっていた。
母上がいなくなって胸をなでおろしているのか、はたまた実験がうまくいかずにがっかりしているのか。この場に残っている研究員たちは皆静かだった。チーフだけはモニターのデータを見ながら「特性がカブトアーマーになっている…素体として組み込んだガラガラの細胞組織の影響が強く出てしまっているのか」とブツブツ言っている。
モニターに映る03は、先ほどまでとは打って変わっておとなしく座り込んでいた。リミッターは相当の重量があるのか、頭を地面に置くようにしている。あれでは思うように活動することすら難しいだろう。人間の不都合で産まれてきて、なんとも不憫だ――
何となく居た堪れない気分になって、オレは実験室を後にした。どこまでも白が続く廊下を自室まで歩く途中、不意に様子が気になって扉の前で立ち止まる。この扉の先には、実験中止後に活動を停止した01と02がいる。
カードキーと指紋認証でロックを解除し、誰もいない部屋に足を踏み入れる。ここは機材などの置き場所で、いわば物置のような部屋だ。その中に、実験が失敗した後でからっぽになった01と02も檻に入れられたまま放置されている。
電気をつけると、大掛かりな機材や並んだメモリなどと共に大きな檻が二つ浮かび上がった。それぞれ「No.01 Test model」「No.02 Test model of Mass production」と刻印が刻まれた檻の中には、“タイプ:フル”として動いていた“もどき”の姿があった。人間によって外部からエネルギーを入れられない限り、自律機能で活動できない。こいつらは果たして、“もどき”と呼ぶことすらできるのだろうか――
人間によって存在意義を与えられ。
人間によって活動の自由を制限され。
人間によって機能を決められ。
それでも、こいつらは“ポケモン”なのか?
こみあげてくる感情に整理をつけられないまま、オレは部屋を飛び出した。