NEAR◆◇MISS















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第六章
-9- 特別顧問
 ドレスアップには、慣れていない。ベージュ色のドレスに、黒いショール。ヒールの高い、メタリックなパンプス。赤縁に緑のブローチとイヤリングはフライゴンの尾先、ひし形の飾りひれがモチーフだ。栗色のミディアムヘアは後ろをふんわり編み込んでまとめるのに苦労した分、出来栄えには満足している。仕上げに、細いゴールドのカチューシャを乗せてみた。こんな感じで良かっただろうか。変じゃないだろうか。ディナークルーズは初めてというアイラに、オルデン・レインウィングス氏のスマートなエスコートは、優雅な船上にふさわしいレディとしての自信を持たせてくれた。 
 同伴するキズミのコーディネートは、無性に腹が立つくらい似合っている。職場で見慣れたダークスーツ姿より、雰囲気が大人びて紳士的に見える。持ち前の金髪はグレーのスーツに映え、水色のチーフがパフドスタイルで小洒落ている。同じ色のネクタイに、ヌオーの尻尾を模したタイピンが留められていた。
 遊び心があって可愛い、とアイラは思う。普段の飾り気のなさと照らし合わせれば、小物はラルトス=ウルスラのチョイスだろう。自宅で留守番だそうだが、ビジネス向きのファッション誌から抜け出したような今宵の彼に、ついて行きたくてたまらなかったはずだ。
 
 個室のドアがひらかれ、クラシカルで上品な内装が目に飛び込んできた瞬間、非日常感の虜となった。なんて贅沢な空間だろう。窓から差し込む夕日。昼と夜が融け合うアルストロメリア港を一望すると、アイラはロマンチックな気分になる。自分にこんな初々しい感受性があったとは知らなくて、気恥ずかしい。
 彩りもあざやかなコース料理は絶品だった。
 
 ワインに舌鼓を打つレインウィングス氏と談笑した。白いチェックシャツに、黄色のネクタイ。褐色のスーツはリネン素材。全体的に涼しげで、堅苦しくない。貰った名刺が縁で、キズミには内緒だが良き相談相手になってくれている。今夜の食事も、親善試合のつもりのポケモンバトルが空振りしたと伝えたことをきっかけに、思いがけず誘われたのだ。
 キズミと並ぶと見た目はいたって地味だけれど、キズミには無い、優しい父親のような魅力を感じる。用件は何だろう。早く知りたい気もするし、もう少し会話を楽しみたい気もする。
 
 ではあらためて自己紹介を、と意味深長な切り出し方をされた。
 三人のデザートの器が、ちょうど空になっていた。
 
「私は国際警察機構、研究開発部特殊装備課、特別顧問のオルデン・レインウィングスと申します」

 アイラの口の中に残っていたまどろむような甘みが、蒸発した。
 暗礁に乗り上げたアレストボールの開発を一手に請け負い、アレスター、トランツェンなど次々に名品を発明したと聞く、情報非公開の天才エンジニア。目の前にいる温厚な男性の裏の顔と言われても、はいそうですか、とすぐには結びつかない。零細モンスターボールメーカーの社長、という肩書きを考慮してもだ。

「いいんですか、そんな秘密を私に打ち明けて」
「あなたはキズミ君の上司。特別です」

 横からキズミが口を挟みたそうな顔をしたが、思いとどまったらしい。
 言われてみると、この紳士がウルスラにアタッシュケースを手渡す現場に遭遇した翌日、壊れたキズミのトランツェンの代わりに新品が支給されていた。国際警察本部から配送の通達を受けた時期とも、ぴったり合っている。
 
「聞くところによると、射撃の腕が芸術的だそうですね。折り入ってお願いしたいのですが、試作品のモニターになっていただけないでしょうか。仮の名を《スリープボール》といいます。アレストボールをベースに捕獲機能を失くし、着弾時に『キノコの胞子』が噴き出す催眠機能を搭載しました」
 
 私でよければ、喜んで。
 良い返事で話がまとまったところで、皆で船室を出た。潮の香りが吹き寄せた。乗客を誘い込むように真っ暗で、間近な海面。手すりで守られた船の外通路にたたずみ、アイラは岸の夜景に浸っている。めったにない女上司のドレス姿からよそよそしい距離をおくキズミに、オルデンが付き合った。
「君に同席してもらって、正解でした」
「そうは思えません」
「おや。君はスリープボールの影の発案者だと、話の途中で補足すべきでしたか」
 
 よして下さい、とキズミが眉をひそめて言う。父娘と立て続けに狙われた彼女に合う護身具はないかと、相談していたことがもしバレたら。赤っ恥だ。重い特殊警棒より扱いやすい、女性警官向けの新装備として実用化への期待も高いと知らされた時は、さすがは先生だと尊敬の念を新たにした。恩師の技術を盗む努力はしているが、目標とはみじんも思っていない。才能が天と地の差で、対抗意識など根元からぽきりと折れている。職に殉じるつもりで肉体を酷使するほうが、自分らしく棲み分けできて良い。
「先生には、感謝しています」
「礼には及びません。ところで」

 手渡されたのは高級感のある、ジュエリーパッケージ。 
 話に聞いていた新製品。キズミは固まった。

「社長の私からでは押しつけがましくて、弊社のイメージダウンになるかもしれません。ここは一つ頼まれて下さい、広報大使さん」
 
 先生も人が悪い。
 自分と警部補の仲を取り持とうと、厄介ごとを押しつけてきたのだ。
 彼女のことは、いつも通りだと考えろ。動悸がしたら、負けだと思え。
 絵に描いたような、しとやかな横顔。
 くるりと上がった睫毛。着色と艶でふくれた唇。普段は髪に覆われている、すっきりとした首すじ。黒いショールが透けて見える、肩のなめらかさ。ウルスラを家に置いてきたのは、正しかった。ヤキモチ焼きのエネルギーがすぐ自己嫌悪に向かうので、下手をすれば寝込んだかもしれない。
 嫌われ者の分際でプレゼントを渡すなど、ふざけている。でも先生のためだ。一瞬でいい。ナンパなミナトが憑依してくれ。箱を差し出すのも武器を突きつけるのも、基本は同じ動作だろう。

「どうぞ」
 差し出されたのはどう見ても、ネックレスのケース。
 訳がわからない。アイラに、取調室の捜査官と同じスイッチが入る。
 彼の狙いを、消去法で絞りこんだ。
 
「クラウによね?」
「あなたにです」

 騙されない。きっと何かある。

「わかった、びっくり箱でしょ?」
「子どもですか」

 実際見せたほうが早い。キズミが包みを開ける。
 
「ヒールボール、バージョン・ピンクパール!」

 発売前の新作をこの手で解禁できた、この感動。
 
「ロータの結晶根をご存じですか? レインウィングス社長はそれを元に、『癒しの波導』を放出する人工鉱物の合成に成功しました。ヒールボールはポケモンの体力を回復する“ちょっと優しい”機能が特色ですが、今言った物質を部品に組み込み、アレストボールを発展させた超小型化によって、ポケモンだけでなくトレーナーもリラックス効果を得られる、アクセサリー型が実現したのです。見てください、この宝石に匹敵する塗装を。バージョン・ピンクダイヤモンドも必見です」

 貰った側より、くれた側のほうがはるかに上機嫌。何がなんだか。
 どこが彼のツボなのか、ピンとこないけれど。レインウィングス氏への敬愛はよく分かった。日頃ぶつかりがちでも、家族を大切に想う気持ちは同じか、それ以上なのもしれない。
 
「でも、どうして私に?」
「それは……そんな事は、どうでもいいです」

 くいっと両肩を掴まれたアイラは、その場で後ろを向かされた。
 死角の指。首の肌に触れるか触れないかの、きわどい熱源を感じる。
 チェーンが留められるまで、震える小鳥のように胸が早鐘を打っていた。
 
「誰にでも似合うように、デザインされています」
「……もう」

 余計なお世話だ。やはり彼は、彼。平常運転。
 悪かったわね。いつもいつも、ウルスラみたいな可愛いげがなくて。
 でも、貰えるものはありがたく貰っておく。
 つまらない喧嘩をしては、いい夜が勿体無い。
 
「キズミ君、アイラさん」

 オルデンにせかされて、船の下を覗く。
 波が一面、鮮やかなピンク色に輝いている。
 潮流のような、ケイコウオの大群。

 きれい。

 夢のようなひと夏の思い出を乗せた客船はゆっくりと、発着場に戻り始めた。


レイコ ( 2016/02/11(木) 15:50 )