NEAR◆◇MISS - 第六章
-6- クラウ、バレる3
 これだからガキは。と地元警官の中年男キャンベルがぶつぶつ文句を呟いている。
 キズミとミナトから先輩視されているフィッシャーはデスクに突っ伏し、寝ていた。
「やっぱりね。変だと思ってたの」
 職場でなければ、アイラは怒鳴り散らしていただろう。
 キルリア=クラウが微熱を出した原因を、突き止めてしまったのだ。
「信じられない。品性を疑うわ」
(キズミさんは悪くありません! 僕が)
「謝るな! クラウ」
 激しく睨み合うキズミとアイラの脇で、ミナトが腕時計を指ではじく。
「警部補、ぐずぐずしてたら遅刻っすよ。行ってらっしゃいっ」
 

 
 怒らないほうがおかしい。もっと言ってやらないと気が収まらない。ひどい男。無茶苦茶な男。人のアシスタントをそそのかすなんて。ぷりぷりしながらアイラは部下を置いて、予定通りの別行動を取る。クラウの代わりにラルトス=ウルスラを同行させた。集合時間にはきっちり間に合った。さっさと気持ちを切り替えて、身辺警護に臨まなければ。
 海外にあるメレシー地下自治領の親善大使は人語の扱いに不慣れなため、警護遂行上の通訳係が欠かせない。また自治領を治める“金剛のピンク・プリンセス”が人間の女性に親近感を寄せていることから、後学のため女性の警備員を一人はつけてほしいとの依頼が、市警本部にあったらしい。条件のそろうアイラのもとには事前に警備部からの応援要請があり、快く引き受け済みだった。女性警備員の代表なのだから、与える印象の責任は重大だ。凛として誠実に、きびきびと。今朝の怒りは封印して、仕事の質は一切落とさせなかった。
 一般的なメレシーは洞窟で細々暮らす、白ひげと水晶体を持つ岩の妖精だ。自治領のメレシー達は代々高い才知をもって、王国を住み継いでいるとされている。高齢の親善大使は、上品な貴婦人のように穏やかなメレシーだった。お供のメレシー達から深く敬われていた。休憩時間、アイラは化粧室の鏡で眉間をチェックした。ここに小じわが出来たら嫌だなあ、と思う。あの大使のような歳の取り方したいけれど、部下に腹を立ててばかりいるようでは成しがたいだろう。
 控室で、ランチボックスを開けた。
 ピーナツバターと酸っぱいピクルスのサンドイッチを作ってきておいたのだ。
 臨時アシスタントを見やると、手作り感のある固形フーズを持参していた。
「ウルスラは……知ってたのよね?」

 クラウがキズミに誘われて、こっそり特訓していたことを。

(申し訳ございません……)
 謝るラルトスの力ない背中を、アイラも少ししゅんとして撫でる。
 クラウの変化が気になっていたのだ。暇さえあればガ−ディと遊びに行く。
 なぜか体つきが締まってきていた。近頃は身のこなしに自信が感じられていた。
「いいのよ。告げ口になるもの。責められないわ」
 エルレイドに進化したがっていることは、前々から気が付いていた。
 任務上のサポート能力はサーナイトが上。
 ひいては汎用力の高さを、アシスタントの個としての生存スキルにも活かせる。
 口で言わなくても、憧れより実利でいつか判断してくれると。漠然と。
 
「私……思い上がってたのね」
 長く一緒にいればこそ、輪の外にいる他人のほうが真理が見えるのだろうか。


◆◇
 

 昼休みを利用して、キズミはクラウを自宅へ連れ帰った。
 寝室のベッドを使わせた。温めたスープでふやかしたフーズを運んだ。
「無理をさせたな」
 育て屋を営む元同期と共同で考案した新トレーニングが祟ったのだろう。

(いえ、ただの微熱ですし! こんなのすぐ良くなります!)
 クラウが病人食を掻きこむ。ゴホゴホむせて、ボウルをナイトテーブルに置いた。
(たぶん僕、気が抜けたんだと思います。もしかしたら、エルレイドにこだわらなくても……)
「パラディンを見習うのは、やめておけ」
 水底でたゆたう亡霊のように青暗い、キズミの眼。
「あいつのせいで、ファーストは……いや。なんでもない」
 息をこらして見つめ返している赤い瞳に気づき、打ち切った。

(ファースト?)
「俺の家族で、ウインディ。あいつがいなければ、国際警察官になっていなかった」
 今はこれ以上語りたくない、という雰囲気の壁を作る。
 悪いが、話題を変えさせてもらった。
「これからどうする。警部補と全面戦争するなら、付き合うぞ」
(こ、困ります。どうしてそんなに、アイラさんにきつく当たりたいんですか?)
「さあな」
 つややかな緑色の頭に軽くぽん、と手を置いた。
「署に戻る。お前はこのまま早退しろ」

 
 寝室を出て、流し台へ空いた器を持っていくクラウ。
 居室のソファで丸くなっていた色違いのブラッキーがひょいと片目を上げた。
(アイツ、いちいち偽悪的なんだよ。特にアイラの事となるとさ)
 くーっと伸びをして、前足でデフォルメイーブイのぬいぐるみを踏み踏みした。
 クラウは背中を向けたまま、スポンジで器に洗剤泡を立てていく。
 微熱を出した自分より、よほどキズミのほうが溜まった疲れを隠している。
 戦闘下での『シンクロ』は、火傷や毒といった体調の異常を敵に伝染させる特性だ。ウルスラにクラウ、さらにはダッチェス。『シンクロ』を扱える身内の心の悪い状態を、来るもの拒まずなキズミは引き受けやすいきらいがある。アシスタントであるウルスラからの影響は避けられないとしても、寄り集まった者たちからまで日常的に不調を浴びせられて、負担が大きくなっているのだろう。そんな苦情は一言も、寄せられる気配がないけれども。キズミのためにも、アイラのためにも。ばれてしまった自分の行いを、うやむやにしては良くない。
(キズミさんは、優しいですよね)
(どこが。ただの過保護だろ)
 鬱陶しげに、黒い尻尾が振られた。

レイコ ( 2015/10/06(火) 21:03 )