NEAR◆◇MISS















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第六章
-5- サイズ
 喫茶『くさぶえ』は昼の混雑のピークを過ぎ、空いている。

「オレ、きーめた! お前はどれする?」
 くしゃりと跳ねた黒髪。小麦色の肌。悪童のように生き生きした藍色の目。東洋の血を引く顔立ちが整っている。服装は白の半袖カットソーに、白からエメラルドグリーンへのグラデーションカーディガンに羽織り、カジュアルなライトブルーのデニムパンツを履いている。スタイルが良いので何を着ても外さない。

「おごるのは俺だぞ。少しは遠慮しろ……」
 太陽のきらめきをそのまま髪にしたような金色。凛々しい青い瞳から角が取れて、仕事中は近寄りがたさを放つ端正な顔立ちが、年相応の少年らしい表情で呆れる。手足の長いすらりとしたモデル体型を、上下ともに黒ジャージで固めている。朝のトレーニング姿のままだ。

 アルバイト店員のポニーテール少女が、常連二人に呼ばれて席に近づいた。
「ナティちゃん。リュートと仲良くやってるか?」
「ちょっと、やめてよ! なんでわたしが、あんな奴と!」
 ミナトにからかわれ、慌てるナティ。
「ダグトリオサンドとジンジャーエール、ベリブチーズタルトセット、ドリンクはコーヒー。ハートスイーツパフェ。モーモーミルク。ミツハニーワッフル。全部一つずつ。以上で」
 メニュー表から目を離さず、無機的にオーダーするキズミ。
 ナティのメモを取る手が鈍った。伝えるなら今がチャンスだ。
「キズミ君、あのね、もうじきピクシーを引き取れそうなの。オーナーが譲渡額を……」
「なんの話だ」

 取りつく島もない。良いニュースなのに。せっかく思い切ったのに。
 ナティはぷんぷんと腹を立て、雑にオーダーを復唱して厨房へ戻っていった。

 視線よけのメニュー表を閉じたキズミに向かって、ミナトが肩をすくめた。
「もうちょい優しくしてやれよ。感じわりぃ」
「余計な噂を立てられたくない」
「ウワサ? お前ら付き合ってんだろーっとか?」
「馬鹿を言え」
 二人のやり取りを、ガーディ=銀朱が首をかしげて聞いていた。

 しゅわしゅわと弾ける炭酸ガス。甘味と辛味のタイムラグ。ジンジャーエールは口に含んだときの感触が楽しい。ショウガの独特な風味も癖になる。ミナトが円柱型のガラスコップがコースターの上に置くと、褐色の液体に浮かんだ氷がコップ内を一周してカランと清い音を立てた。
「警部補、今頃どーしてっかなあ」
「さあな」 
 興味のなさそうに答えたキズミは、ベリブチーズタルトをフォークで削っては、コーヒーを口に運ぶ。ガーディは甘い香りがたまらないワッフルを全速力でたいらげた。ヌオー=留紺はミルクを一口で飲み干した。ラルトス=ウルスラがせっせとスプーンで掬う、チョコレートソースのかかった生クリームが山盛りのパフェは、写真撮影に持ってこいの可愛らしさだ。

「支部の人からも口説かれたりすんのかな。美人だし。警部の娘と思えねえ」
 ジョージ・ロングは武骨で目力がある顔面の、筋骨隆々な巨漢だ。似ても似つかない。
(お母様似ということでしょうか)
 ラルトス発のテレパシーを受けて、ミナトがうなずいた。
「消去法的にはな。警部、ワイフの話全然しなかったじゃんか?」
「父子で髪の色は同じだ。詮索はよせ」
 キズミの碧眼がミナトを見据える。
 ウルスラは黄緑色の前髪越しに、キズミの表情をじっと見た。
「そうしてえよ。けど、スッキリしねえんだよな」
 言い返した藍眼が、利発な刑事の目つきをころっと朗らかにした。

「警部補のことで今一番気になるのは、スリーサイズだけどな!」

 キズミは溜息をつくと、メニュー表の角でミナトの頭をチョップした。


◆◇


 国際警察、大陸西海岸地方支部。新型人工衛星の通信システムセキュリティに関する研修会が終了した。席を立つ前に、アイラは端末の電源を入れる。アルストロメリア市にいる部下からの不在着信はゼロ。留守中に問題が起きてなさそうで、よかった。
 ひとまず安心していると、若い女性職員に呼びかけられた。
 名乗りを聞いて、理解した。
 キズミと赴いた救出が間に合わなかった偵察ムクホークの、トレーナーだ。
 収容した遺体は専用モンスターボールで電子移送したので、これが初体面になる。
「あの子の体、連れ帰ってくれてありがとう」
 命を救えなかった者が、礼を言われてよいのだろうか。
「もうすぐ辞めようと思ってたの。直接お礼が言えてよかった」
「国際警察を、ですか?」
 アイラは確認を口走る。
「もう、自分が育てた仔の犠牲を見たくないの。こう見えて私、トップオブスカイトレーナーだったのにね。資格なら持ってるから、飛行ポケモン乗りのインストラクターに転職するつもり」
 全体奉仕の警察精神と決別したのだ。彼女は。
 公より私を貴ぼうという選択の是非は問えない。
 破滅と隣り合わせな刑事の葛藤を、アイラも内に秘めている。それでも自分は、国際警察官に紐づけられた生き方しか知らない。職を手放せば、意識不明の父の敵討ちを投げ出すのみにとどまらない。供に困難を乗り越えてきたアシスタント達の苦労も無駄にする。任期のあいだに規範を示さなければならない部下たちを、見捨てることにもなる。
 彼女の技能が、次世代に引き継がれたなら。
 いつか未来で守られる命があると、信じたい。

「私に、スカイバトルを指導して頂けませんか」

 まっすぐな瞳をして、アイラが願い出た。

「アイラちゃん……だっけ。スリーサイズは?」
「へっ?」
「私に指導してほしいなら、まず形から入らないと」
 女性職員が、やる気のある表情を浮かべた。

レイコ ( 2015/05/24(日) 22:14 )