NEAR◆◇MISS - 第六章
-1- 化石騒動
 市外の研究施設で復元された化石ポケモン達を大学に輸送中であったトラックが、内部から荷室に大穴を開けられて横転する事故が起きた。その際に荷室から逃げ出す古代翼竜プテラが目撃されており、アルストロメリア警察は市内広域に厳戒態勢を敷いている。

 ヒステリックにビル街上空を飛び回る翼竜。その岩色の背上には、ダークスーツの金髪刑事。力を振り絞っている両腕には至近距離でアレスターを撃つ余裕も、新品の特殊警棒(トランツェン)を叩きつける暇もない。彼が振り落される前に追いつかねばとフライゴン=ライキが頑張っていた。愛竜に騎乗するアイラは頭部をゴーグルとヘルメットで守っているが、肢体は平時の濃灰パンツスーツのみ。前方でプテラにしがみついている部下キズミの、安全性を度外視した服装と優劣がない。
 プテラは粗暴な鳴き声で威嚇した。効果がないと見ると、フライゴンに向かって『吹き飛ばし』を繰り出した。暴力的な突風を、竜と乗り手が呼吸を合わせた曲芸のような逸品――『蜻蛉返り』で躱す。躱された翼竜は怒りで咆哮した。キズミの腕力以上に翼竜の首にきつく絡みついている、花びらのような触手の化石獣がおびえて小さく悲鳴をあげた。
 地上の高架ではミナトが他の警察車両に混じり、自前のオフロードバイクで追跡している。
 灰と緑の二竜が繰り広げる空中チェイスは、怪獣映画に出てくる映像のようだ。
月白(げっぱく)が目立つ街中じゃなきゃ、オレも飛べたのによお!」
 加勢できず、残念がるミナト。
「市警の特殊係の顔を潰しちまうが、練度で言やぁ警部補が上だな」
 後席に乗ったキルリア=クラウが状況の見立てを述べた。
(あの触手が外れたら、プテラの気も落ち着くと思うのですが……)
 吸盤でうなじを吸いつかれたら、誰でも良い気持ちはしないだろう。
 ミナトにおぶさるラルトス=ウルスラは、固唾を呑んでキズミを見守っている。
「キズミの野郎、リリーラ引き剥がすどころじゃねえな。このままじゃ交通規制も意味ねえぜ。おい麹塵(きくじん)、『サイコキネシス』でなんとかできねえか!?」
 姿が見当たらないネイティの、せせら笑うテレパシーだけが聴こえた。
(いいけど(ミナト)様、ぼきゅ人間キライだし。一緒にキズミも木端微塵になっちゃうかもお?)
「うぜえー」
 真声の悪態がフルフェイスのヘルメットの下で低く、くぐもった。


 プテラの飛び方が安定している今なら、いけるかもしれない。触手をこちらに乗り移らせようと、汗だくのキズミが片手を伸ばす。まぶたの邪魔をしていた大粒の雫が、翼竜の体が急反転した瞬間、宙へと飛び散らず不自然な軌道をえがいて触手に吸着させられた。
「至急、リリーラの特性の確認を!」
 キズミはインカムに指示を吹き込んだ。
『こちら特殊事件係飛行班、特性は『呼び水』だ!』
 野太い折り返し連絡があった。
「了解! ミナト!」
 キズミはプテラの尾を蹴りつけた。
 噛みつかれる寸前だった、飛行班員を乗せたペリッパーが難を逃れた。
 地上のミナトもバイク用インカムで応答した。
「おうよ、ビッグウェーブ到来させてやらあ!」
 バイクのグリップから片手を離し、モンスターボールを開放する。手持ちは直後から並走しはじめた。金属の光沢をもつくちばしから三本の角がそそり立ち、恰幅のいい体格を紺色が堂々と引き締めている。エンペルト=雄黄(ゆうおう)は忍者が前屈みで疾走するがごとく、両足に履いた水のエネルギーで高速を得ている。
 アイラの指示で、フライゴンが『フェイント』をかけた。持続力はないが、瞬発的な加速でプテラを追い越す。ひし形の飾りひれが生えた尻尾をくねらせて撤退し、怒りを誘った。乗ってきたプテラが旋回して、ノコギリのような歯で尻尾に噛みつこうとした刹那。
「『ドラゴンテール』!」
 黄緑の尾が煌々とエネルギーで出来た竜鱗の鎧をまとい、岩色の脳天に振り下ろされた。
 ぶざまに高度を落とすプテラ。
 足元の水力を全身に漲らせたエンペルトが、階段を一段飛ばしで駆けるように空中を登る。
 『アクアジェット』による接近からの。
「『波乗り』!」
 ミナトの掛け声に合わせ、くちばしからすり鉢型の巨大水砲を放出した。射程範囲内のプテラが慌てふためき上昇する。しかし。水流は獲物を狙うギャラドスのように進路を変えた。リリーラの特性『呼び水』が引き寄せているのだ。不規則な動きで逃げ惑っていたプテラがついに、投網に引っかかるようにして大波に捕まった。水技を吸収できるリリーラは無傷。タイプ相性の悪い水害をもろにこうむったプテラは卒倒。水圧に押し流されたキズミは、肉眼で見える航空写真そのものな光景の真っただ中に投げ出された。
 パラシュートは着けていない。

「ライキ!」
 アイラが叫ぶ。
 翼をすぼめ流線型になり、急降下する愛竜。冷静に。しかし迅速に。
 全霊をかけた手を届かせようした。その時。
 自由落下で吹き荒れる金髪を、鳥影にかすめ取られた。
 同じ警察の別の飛行ペアのほうが、救助が早かった。
 自分の手で部下を救えなかった。どうあれ彼の命が守られて喜ぶべきなのに。
 
「少年! こんな無謀してたら、いつかその綺麗な顔が台無しになるよ!」
 はずみで、キズミはプテラの固い皮膚に鼻をぶつけたのだ。
 大型のバルジーナに乗った飛行班のベテラン女性が叱咤した。
「お手数おかけしました……」
 両肩を鳥爪に掴まれながら、すぶ濡れの若人は手の甲で鼻血をぬぐった。

 騒動はまだ収束していない。鳴りやまぬパトカーのサイレンの最中、ラルトスとキルリアが力を合わせた。すさまじい運動エネルギーを含むプテラとリリーラを同時の『サイコキネシス』で減速させ、最悪の大激突を防ぎきった。目撃した同僚、そして民衆の歓声が沸いた。バルジーナに輸送されながら、キズミは俯瞰する。リリーラ達が無事でよかった。表彰されておかしくないアシスタントの周りに人だかりが出来ている。ああいう盛り上がりに参上するのはぞっとしない。寂しい通り道に降ろしてもらい、自分の足で立った途端に疲労が噴き出すのを感じた。赤いぬめりの残る顔を、我が子を持つ世話焼きなおばさん心をくすぐられた飛行班員にハンカチで拭かれそうになり、逃げてきたところをミナトに追いつかれた。

「よっ、鼻血も滴るイイ男! さすがファーストに乗る奴は度胸イカれてんな」
「褒めてないだろ。技術を鍛えて当然だ……あいつは、最高のウィンディだった」 

「さっきは手が届かなくて、ごめんなさい」 

 会心の『波乗り』に己惚れてうっとり自分の翼に見入っていたエンペルトまでもが、思い詰めた声のしたほうへ顔を向けた。俯いていたアイラが顎を上げて近寄ったかと思うと、ポケットティッシュをキズミの上着の胸ポケットに押し込んだ。踵を返してつかつかと、フライゴンの元に戻っていく肩肘の怒らせ方に、キズミは女上司の意図が汲み取れない。
「気にすんな。オレも配られてるやつ、オリエンタル地区で貰ったし」
 ミナトがぽんと肩を叩いた。
 


◆◇



 事件後日、懸命に保護したプテラの訃報といえる知らせがあった。
 市民を脅かした罪に問われ、元来た研究所で化石に還元されたらしい。
 今後、再復元される見通しは立っていない。

レイコ ( 2014/07/03(木) 15:49 )