-3- 反省
「イエローガーデンよかったぞ。次はお前も来いよ。警部補も誘って、みんなで遠征しよう」
「水着姿を見たいだけだろ」
「ピンポーン! っておい」
昼休憩の息抜き場所に良い、アルストロメリア警察本部庁舎の開放屋上。
呆れ顔のミナトがいくらか真面目に、声を低める。
「そんなヘソ曲がりだから、ウルスラを怒らせるんだ。今日は弁当抜きかと思ってたぜ」
と、キズミの分とセットで用意してもらえることが多いミナト用ランチボックスを愛おしげにさする。
「で、本気かよ。内緒でクラウを鍛えるって話」
「ああ」
「知らねえぞ、警部補に本気で軽蔑されても。その隙にオレがデートして、警部補とラブラブになって、お前ひとりアウェイになっても自己責任だからな。ほんとはイヤだろそんなの? ちょっとはそのワケわかんねー性格直せよ」
「人の事言えないだろ、ミナト」
待ちきれなくなったガーディ=銀朱がミナトの弁当に飛びかかった。
◆◇
怖い顔で退勤の準備をしているアイラに、勝算ありのミナトは愛嬌を振りまいた。
「警部補、晩メシ食いに行きません?」
「私が? あなたと?」
予想通りのすげない対応。
いやあ実は……と、考えておいた理由づけを勿体つけた。
「ダッチェスをどうやったら仲間にできるか、オレも考えてみたんすけどね。こういうのはやっぱ、意見の出し合いが一番だなって。怪我人は留守番な!」
横からキズミに口を挟まれる前に、ミナトは釘を刺した。
回転寿司店のボックス席。
アイラの目はタッチパネルと回転レーンをちらちらと、決め手がなさそうに往復している。
「ここデザートのコスパいいんで、それだけ食って帰るのもありっすよ」
しぶとく警戒心の抜けきらない居住まい。
向かい席のミナトは、ぷすすっと噴き出した。
「個室に連れ込まれるとか思ってました? こういう店じゃあ、緊張するのバカらしいっしょ」
「からかわないで」
(ミナトさん、オススメのおスシありますか?)
「んー、玉子。クラウは、玉子っぽい。頼もうか?」
(もう少し、流れてくるのを待ちます。なんだかわくわくしますね)
板前のカイリキーが四本腕の早業で、注文した四品を握ってくれた。
てらてらした赤身。脂の乗った薄ピンク。アボガドロール。天ぷらの海苔巻き。
「ダッチェスをダシにして、別の話があるんじゃない?」
「せっかちだなー、警部補は!」
ミナトは笑い、パキンと溝つきの元禄箸を割った。
「まず謝ります。キズミの野郎、たまに言い過ぎちまうんですよ」
黄色いネタの寿司に手を伸ばしたキルリアが振り向いて、固まった。
取れるはずだった皿が、チェーンコンベアに乗ってすうっと流れていく。
「何のことかしら」
アイラのまとう雰囲気が怖い。
へらへらしているミナトは底知れない。
「なんとなく、そうじゃないかって。違うならそれで。あいつとは古い付き合いなんで、いいとこも悪ぃとこも知ってるつもりです。警部補は、オレのフォローを鵜呑みにするタイプじゃないでしょう? だから自分の目で確かめて、自分の心であいつがどういう奴か、判断してください」
跳ねた黒髪に浅黒い肌。瞳が藍色の目周りに強さがある。
男性アイドルのような要素を備えた顔立ちがにっこりとした。
見劣らず整っている少女の容貌は、靡かなかった。
「金城君は……友達想いなのかしら」
「いやいや、上司想いっす。つーワケで今度、親睦会やりましょう!」
アイラは片眉を上げる。クラウが無邪気にぱちぱち拍手をした。
「なら、ポケモンバトルで決まりね。実力を査定して報告書に書けるもの」
「悪くねえけど、バトルはキズミがなぁ……クラウ、玉子頼むか?」
(ありがとうございます。でも、あそこ、レーンにもう来てますから)
「あれ数の子だぞ」
めいめいに空腹を満たして店の前で解散する前に、ミナトがたずねた。
「送ります。ウチどこですか?」
「気持ちだけ受け取るわ」
「げっ、まさか送り狼の心配!?」
(なんですか、それ?)
「本当にいいの。こっちに来るとき、住む場所決めてなくて。今ホテル暮らしだから」
「あー……了解っす。家を探すの、言ってくれたら手伝いますんで。じゃ、また明日」
おやすみと手を振って、愛車を停めてある方角へ戻っていく部下。
「歩こっか」
クラウを伴にアイラも、灰色のパンツスーツ姿を明るい表通りの風を当てた。
「私……ダメね」
夜の深まった頭上を見上げる。いびつに縫い付けた傷口から、糸を抜かねば。
綺麗も汚いもない。絞ってでも膿を出さねば、公正とは何かを見据えられない。
「公私混同で、いつまでもレスカ君にきつく当たって」
しんしんと雪を降らせるような自供を、クラウは凍えずに聴いてくれていた。
「自分が、恥ずかしい。このままじゃ、上司失格だわ」
(アイラさん)
瞳に力をこめたキルリアが、後ろ歩きをしながら真正面に出た。
(僕だって、自分の嫌なところはあります。いっぱいあります。でも欠点なんて、あって当たり前じゃないですか。僕はアイラさんが大好きです。僕はアシスタントです、僕はあなたの味方です!)
向かい合う双方の歩みがとろくなり、止まる。
(それに、あなたが思うより近くに……守ってくれる人はいます)
まばらな通行人の意表を突いた、携帯球からはじけた二光。
ハーデリア=オハンと、フライゴン=ライキ。
「ありがとう」
大小さまざまな三つの体に、一度に腕を回せど収め切れなかった。
「ごめんね」