NEAR◆◇MISS















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第五章
-1- 使者
 新月の夜。
 定時後も長い残業に追われた国際警察官たちが、市警本部の屋上につどう。
 使者を待ち受ける。
 闇よりいずる、神々しい人型の光。照度が下がり、立ち姿が成形されていく。
 聖なる高貴感。ロングトレーンのような裾状の白いひだが広がる、サーナイト。
 ボウ・アンド・スクレープを簡略化した仰々しくなりすぎない会釈。
 高めの優美な男声で、執事然とした口調のテレパシーが一同にもたらされた。

(私の名はパラディン。どうかお見知りおき下さい。今宵はわが主『ドルミール』の代理として参りました。国際警察本部よりすでに通達があったと思われますが、改めてご報告致します)
 
 コードネーム【ドルミール】。国際警察内では名の通った捜査官である。極秘任務に特化した、正体不明の単独捜査のスペシャリストとして認知されている。その素性は都市伝説のごとく、謎に包まれている。
 人前に現れる用務がある際は、アシスタントにすべて一任するという噂は本当だったらしい。一見して惹きつけるサーナイトの有能な雰囲気に、未進化のラルトス=ウルスラは無条件で尊敬の念をいだいた。中間進化系であるキルリア=クラウは、気高き騎士精神の波長に、エルレイドへの憧れを試されている気分がした。
 
(ジョージ・ロングロード氏襲撃事件は【ドルミール】が捜査します。あなた方は引き続き御市警察へ出向し、御市に貢献する警察業務にお励み下さい)
「随分、好待遇ですね。本部きっての精鋭が送り込まれてくるとは」
 冷淡さを装った噛みつきに滲む、キズミの怒気。 
(お気に召しませんか)
「無能は引っ込め、足手まといだ、と聞こえました。俺たちへの戦力外通告ですか」
「ちょっと、レスカ君」
 無礼な態度を咎めるアイラ。
 碧眼は女上司に目もくれない。
「警部補をおとりに使う気なら、断固拒否します」

 言葉の意図を掴みあぐね、一瞬停止する灰色の瞳。
 確固たる意志のある物言いで、部下の反発を却下した。
「奴らの目的を突き止めるの。私にしかできないことよ」
 ジョージ・ロングを襲った一味に誘拐されそうになったのは偶然か、それとも自分が実の次女であることに起因したのか。ふたたび狙われないことには、分からないことだらけだ。やられっぱなしで引き下がるなど、国際警察官としてありえない。この次は現行犯逮捕してみせる。
 
 サーナイトが紳士的に賛した。
(おっしゃる通りです。おとりとは、言い様です。普段通りの生活を送っていただくだけで結構。周辺の警備は私にお任せを。ご不便はおかけしません)
「あんたを信用できない」
 はっきりと、キズミは能弁なテレパシーの主を睨みつけた。
 続けてアイラにも、厳しい視線を突きつけた。
「それに迷惑です。部下への安全配慮の義務に違反します。巻き添えを食いたくない」
「そいつはムリあると思うぜ、キズミ」
 頭の後ろで腕を組んだミナトが、口を挟んだ。
「お前みたいな蛮勇野郎が自分のこと臆病っつっても、誰も真に受けねえよ」

 射すくめる矛先が白き使者から自分に変わろうと、気にせず続けた。

「警部補、オレの手持ちにも見回りやらせて下さい。不定期でいいんで」
「銀朱たちに? 私を監視させるの?」
「美女のボディガードって、なんかカッコよくないっすか?」
 全然納得がいっていないアイラに向かって、ミナトはにっとした。
「なあキズミ。【ドルミール】に花持たせるとしてさ。敵にひと泡吹かせてやろうぜ、オレ達流に。人事評価は爆上げで正規採用待ったなし。リスクを承知で警部補を残留させるのが上の方針なら、そんくらい融通利きますよね?」
(目的意識の高い方ですね。金城さん)
 口角に薄く角度をつけるサーナイト。
「どうもっ」
 キズミの肩に腕を回し、愛想よく笑い返すミナト。
(レスカ君、でしたね。あなたのことを覚えております)
 万が一キズミが殴りかからないよう、ミナトがスーツの上着の肩口を掴んでいる。
(今宵はここまでに。いずれ、また)
 赤い瞳を穏やかにした聖騎士は多くを語らず、テレポートした。


「彼と、知り合いだったの?」
 詮索にしか聞こえない上司の声を、キズミはすさんだ眼差しで取り合わない。
 大切なウインディの命運を狂わせた仇との因縁を、みだりに明かしたくなかった。

 いいわ、とアイラは確認を取り下げた。今度はミナト達を見やる。
「レスカ君だけ残って。あなた達はオフィスに戻りなさい」
 それぞれに反応を浮かべた面々を立ち去らせ、人払いした舞台で向かい合う。 
 くすぶっていた疑問を今さらぶつける居心地悪さを、夜の暗さで誤魔化した。 
「どうして、私を助けたの」
 彼から嫌われているはずなのに。
 怪我を負ってまで、誘拐犯から守ってくれた。
 その口から直接、答えを聞いてみたかった。
 
「それが仕事だからです。残業代もつけておきました」

「そう。なら、お礼は言わないわ」
 険のある闊歩で、アイラはキズミとすれ違って屋上階段の降り口に向かった。

レイコ ( 2021/11/01(月) 15:24 )