-6- ロングの病室
バトルネーソスのスタッフルームに乗り込んだキズミは、怒号を憚らなかった。
「自分の立場、分かってるんですか!」
気圧されるアイラ。キルリア=クラウもすっかりひるんでいる。
「お前らも、ここで何やってんだ!」
ドア付近でどっしり構えているヌオー=留紺の通訳を、クラウが恐々引き受けた。
(み、見張れと言われたから、一緒についてきたと言ってます……)
「そういう意味じゃないだろ! ……もういい。警部補、帰りましょう」
部下に荒々しく引っぱられた手首を、女上司が振り払った。
「帰る場所なんて、ないのに!」
「いい加減にしてください!」
許容外の激情に、特性シンクロのクラウとダッチェスは瞬間的なひどい頭痛を味わわされた。
「また危ない目に遭いたいんですか!? それがロング警部のためになるとでも!? 彼はあなたの自己憐憫に利用される道具じゃない! あなたの軽率な行動で皆が迷惑する! 悲劇のヒロイン面すればなんでも勝手が許されると、思わないでください!」
よくも……と呟いたつもりが、あまりの事に、口を開けたまま動かし忘れていた。
「わ、私が、いつ……」
(落ち着いて下さい、お二人とも!)
(キズミこそ、いい加減におし!)
あいだに割り込むキルリアと、色違いのブラッキー。
「クラウも大変だな。こんな分からず屋のアシスタントで。俺は良い部下になれそうもない」
(お黙り。アンタ怒ると激しいんだから、『シンクロ』の迷惑も考えな)
(落ち着いて、キズミさん。僕が、責任を持ってアイラさんに同行します。ですから、ここは……任せていただけませんか)
まったくもって糾弾し足りない。
荒れ狂う嵐で転覆してそうな理性を、キズミは無理して立て直す。
踵を返し、捨て台詞の代わりに粗野な靴音を立てながら、その場を離れた。
アイラは壁に背中をつけ、へなと座り込んだ。
取って食われるかと思った。腕力に物を言わせられたら適わないところだった。
今頃になって、本能的な恐怖を感じている。
(アイラさん、後でキズミさんに謝りましょう)
「嫌……謝るなんて絶対、嫌」
(でもキズミさん、怪我してるのに、一緒に探しに来てくれたんですよ)
「あんなにピンピンしてて、どこが? 掠り傷かなにかでしょ」
(で、でも彼はああ見えて……アイラさんのこと、きっと誤解してるんです。ですから)
「どうでもいい!」
そう叫んで、膝の上で組んだ腕の中に顔をうずめた。
「私だけ悪いの!? あんな事言われて、どうして私だけ大人にならないといけないよ!」
目の縁から腕へ、堪えきれなくなった熱い欠片が浸みていった。
鼻をすする音にうろたえて、キルリアは震えている肩をよしよしと撫でつける。
ブラッキーはヌオーと目を見合わせると、はあと長い耳を斜めに垂らした。
(やれやれ。キズミも馬鹿なことしたもんだよ……)
◆◇
肉親であるアイラには、面会許可を取れていない。
取ろうとしたところで、拒絶されるのは明白だ。
この見舞いがばれたら、罵倒されるだけでは済まないだろう。
良識に背くとも、キズミは病床のジョージ・ロングロードにひと目会いたかった。
「俺も嫌なヤツですが。娘さんを心配させるあなたは、俺より悪いヤツです」
一度ならず二度までも、被疑者を逃がした体たらくがどの面を下げて、被害者家族にへらへらと良い顔ができるのか。できる訳がない。憎まれ役に徹して、憎み切られるほうがまだ筋を通せる。
辛辣な言動の人間に、他人は近寄りたがらない。相手の心を身勝手に傷つけていい理屈はない。突き放すために吐く毒は、すさまじい自己嫌悪となって返ってくる。どこもかしこも中途半端な、自分はこういう男なのだ。護れる数より護れない数が多い人生で、周りを幸せにするより不幸にする羽目になることのほうが多かった。
自分自身にろくな存在価値は感じていないが、この身を役立てたいという恩返しの思いはある。ファーストたちに支えられて、今までやってこられた。だからこそ、家族を失う辛さは痛いほど分かる。失いかけているあいだの苦しみも。
ロング警部は、生きている。自分の家族とは違って。
「希望があるなら、力になりたい。俺は、命だって惜しくない」
真剣な決意表明であるはずが、なぜこうも弱者の戯言じみて仕方ないのか。
「起きてくださいよ、警部」
重圧を、今すぐあの声で笑い飛ばして欲しかった。