NEAR◆◇MISS















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第四章
-4- キズミの部屋
 退屈を極めた麹塵(きくじん)が、大袈裟な溜め息をついた。
「ねぇねぇトメさん。暇潰しにさあ、この病棟の人間をミナゴロシにしちゃうとか、どお? ダメぇ? そんなことしたら、今度こそ湊様の御父君(ごふくん)がぼきゅをこの憑巫(器)から上げちゃうかな? ぼきゅとお別れすることになったら寂しい? 泣いてくれる? トメさん聞いてる? 返事してよおー」
 がらんとした廊下。
 ミナトの申請が通り、信頼のある二体は正式に病室出入り口の警備を任じられていた。
 無駄話に付き合う気の無いヌオーは完全に会話を放棄していた。
 緑の食わせ物は安定の無関心に張り合いを感じ、相方を値踏みするように眼を細めた。
「ぢゃあトメさん、どお思う? この病室の女刑事さんのこと。ぼきゅは使えないと思うなあ」
 そちらがその気なら、この水魚の測量不能な沸点をどうにか手探りで暴いてやろうと目論んだ。
「だってさあ、ゴミぢゃん。霊能ゼロだよ? 俗物じゃあ、ぼきゅみたいな高位の神霊と交信するのは無理だよね。キズミとウルスラちゃんみたく『シンクロ』で感度を高めてやっとって感じ? ま、湊様の足元にも及ばないや」
 「あーっ」とわざとらしく、たった今気付いたかのような声を上げてみる。
「でもそっか。ご父君ほどではございませんが厳密に申し上げると、」
 口に空気を一含み。
「湊様は人間ではございませんでしたね」
 慇懃無礼にくつくつと笑う麹塵。
 とりわけマイペースな光頭が、今に湯気を立てて絡んでくると期待して。
 見込み違いも甚だしい。
 留紺は悠々と手ぶらでゴルフの素振りをしていた。
「とめさーん? ……カッチーン、ガン無視ですか。いっつもソレ。ぼきゅに恨みでもあるの? そーゆーの冷たいって言うんだよ? ぼきゅ冷たいのキラーイ。だって『氷』は大敵だもーん。それに……ん?」
 ドア越しに、かすかな物音。
「聞こえたよね? 女刑事さんがお目覚めみたーい」


◆◇


 食卓は、宝飾品を積んだように輝いて見えた。
(美味しそうです……!)
 回りくどさの一切無い、直球の褒め言葉。
 嬉しそうに微笑むウルスラ。なんと奥ゆかしい。キルリア=クラウの胸がぎゅうとよじれる。
 キズミがミナトへの取り置きという名目でトマト入りのベーグルをさくさく隔離している間に、飲み物の用意も調った。
(どうぞ、召し上がってください)
(頂きます!)
 パリッとしたバゲット皮の香ばしさ。挟んである具のベーコンやチーズ、ハムの塩気が青い葉物に馴染み、噛めば噛むほど食欲をそそる汁が溢れた。レモネードのゼリーはつるんと喉ごしが良く、爽やかな酸味がすーっと口の中に広がる。粉砂糖で化粧したフルーツロールケーキの、果実をくるんでいる甘すぎない生クリームが舌の上で新雪のようにとろけてゆく。
 どれも絶品に違いないが、ウルスラの手料理という格別な調味料に勝るものはない。
 一口一口を高速で堪能しながら、空きっ腹に掻き込んでいくクラウ。
 お客様の大食が嬉しくて頬を弛ませる一方で、ラルトスには具合が気になって仕方がない目上の同居人がいた。
(……キズミ様?)
 米のおにぎりの頂角を控えめに囓ろうとしていたキズミは、急に路線を変えてがぶりと食い付いた。
「食欲ならある」
(一度、お熱を測ってみたほうがよろしいのでは?)
「後にしろ。メシが不味くなる」
 門前払いのつもりで言ったのかもしれないが、裏を返せば食事が美味ということらしい。
 ほんのり照れたウルスラに見取れたクラウ。
 留守の手元でゼリーを飾りの輪切りレモンごと口に放り込み、刺激的な発砲に焼かれて咳き込んだ。
 頃合いを見て、後片付けが開始された。
 もてなしに徹したいラルトスはキルリアの手伝いの申し出は丁重に断り、さらに皿を運ぼうとした主人に体温計を宛がって安静にさせる。
 シンクに跳ねる水音。スポンジが擦れる音。
 節介に屈したキズミはソファにもたれて脚を組んでおり、不貞た子どものような雰囲気がどことなく可笑しさを誘う。
 わずかな手待ち時間も惜しいので、遅まきながらクラウは部屋の内装に好奇心を傾けた。
 職場のキズミのデスクが仕事本位の質朴なテリトリーであったのに比べ、ここは物質的に生活を意識した調和の空間だ。
 上手く言えないが、男らしいシンプルなインテリアの袖に、ウルスラという意思の同居を感じる。
 ちょうど、今キッチンから漏れてくる洗い物の音のように。
 ……ごく稀に、女っ気の濃すぎる物体が視野の中央を牽引したが。
(あの“ちびブイ”は……ウルスラさんのご趣味ですよね……?)
 整頓されたベッドの枕元には、透明なビニールで包装されている大きなイーブイの縫いぐるみ。
 真ん丸な黒目と地面に着くほど長い耳、二頭身のデフォルメが利いたデザインで今若い女の子に人気のキャラクターグッズ・
 正解を聞くのがうすら恐い質問を、彼にぶつけるのは正直頑張った。
「ミナトがくじで当てたらしいが、置く場所がないとか言って押しつけてきやがったんだ」
 迷惑そうな返事に、キルリアの肩の力が没収された。
(なんとかしないのですか?)
 あのアホの霊感ヤロウが言うには、と彼はじれったそうに前置きした。
「ジュペッタになれる素質があるそうだ。そうなったら彷徨わせるのも悪い」
 またそういう不思議に良心的な理由を明かされると、キズミという人物像の概念がバランスの崩壊を起こしてしまう。
 アイラの面目上、彼に過度な肩入れをするのは禁物なのだが、どう足掻いても否定できないものから目を背ける行儀にも力尽きてきた。
 寓話に出てくる卑怯なコウモリになっても構わない気がした。器から溢れた我慢が自棄に変わった。私語の中の私語をバレないように心の中で唱えた。
――キズミさんは、お人好しだ。
(アイラさんだったら、きっと気に入ったでしょうね)
 気の弛みがつい、彼女のプライバシーの一端を明かすほどクラウの口を軽くした。
「女らしい所もあるんだな」
 少なくとも、異性の意外性に心ときめかせた返答ではなかった。
 若い女が職場で対面を保つのに苦心していることを知りながら、わざと同情の境界を曖昧にした皮肉のように聞こえた。
 自分たち携帯獣にとっては、とても親身になってくれる男なのに。
 理屈上は前後の破綻を判じ、精神的に切り替えが追い付かない。この高低差が難渋の元なのだ。
 イーブイ人形の円らな瞳から、キルリア=クラウは落ち着かない視線を逸らした。
何でも良い。瞳孔がラックを吸い込んだ。背表紙を見ただけで法律やポケモンに関すると分かる出版物が鮨詰めとなっている。
 間隙のなさにかけてはミツハニーの巣と良い勝負だろう。場所を取らない電子書籍の普及率を思えばかなりアナログだ。
(読書家……ううん、勉強家なんですね)
 意外と、モンスターボール関連の書籍のウェイトが上位に食い込んでいる。
「気になるのがあれば貸すぞ」
 いいんですか! と笑顔で言いかけて、クラウは微妙な表情でテレパシーを噤んだ。
キズミは手首のスナップを利かせ、脇の下から抜いたデジタル体温計を上下に振って冷まそうとしていた。
 ニッコリとこちらを振り返るウルスラのイメージ映像がはびこり、言うに言えない罪悪感を覚える。
(計測、終わりましたの?)
 イメージがリアルになるのが早すぎた。
 ペーパードリップしたコーヒーのカップが人数分、『念力』でUFOのようにテーブルに着陸した。
 茶菓子の器にはぽくっと膨らんだ緑のポフィンと、色とりどりの市販のジュエルビーンズ。
「平熱だった」
(……そういうことにしておきますわ)
 綺麗な声には棘がある。甘ったるいテレパシーにはありありと不信感が浮かんでいる。
 勘の冴えた彼女も素敵だ。至福がクラウにもたらされた。
 ところで。
 この停滞したムードの中、部外者だけのうのうとしているのもあまり良くないだろう。
(……そういえば)
 即席だった。
(あれ、お好きなんですか? あのモンスターボ――)
「せや!」
 有頂天な返事と連動して、怪我を忘れがちな長い脚がソファから飛び立った。
 数瞬、クラウの感覚という感覚が機能停止する。
「よぉ訊ぃてくれた! めっちゃえーやろ、ちょぅ待っときや!」
(……ふ?)
 しつこいほど形容詞を重ねてようやく表現できそうな彼の笑顔に圧されて、やっと絞り出せた思念がこれだけとは。
 すり切れてボロボロのカタログ本が、さっきまで皿でいっぱいだったテーブルにどんと積まれる。
 自分をキルリアだと強く自覚するのはこういう時だ。相手のハイな気分が伝わってくると体が勝手に踊り出したくなる。
「まずこれや、製造年は――」
 パラパラとページを捲る。瞼にプレスされた嬉しそうな青眼が、クラウの旺盛な好奇心の扉をしこたま陽気にノックした。
 「――塗装が特殊で――」急流が谷を削り出すように速く深く無知へ食い込んでくる説明は、熱弁でありながら理路整然としており「――肝心なんは――」名講師のごとくよりを掛けた選りすぐりの情報の一過に「――ウォーター・パラダイス社――」逼迫した人間の受験生にも劣らない知識欲を傾注してもまだ足りず「――つまり何が言いたいかっちゅうと――」何が言いたいかと言うと、無邪気なテンションでのべつ無く語られるウンチクに楽しく忙殺された。
「どや!」
(ふぉーうっ!)
 ガチッと暑苦しい握手が交わされた。
 ウルスラは傍観者の立場から笑っていた。
(キズミさんは、モンスターボールのオタクだったんですね!)
 がくっとコミカルにキズミの首が折れた。
「せめてマニアゆうてくれや……」
 爽やかでちょっと小ずるい笑みを浮かべた彼は、急に饒舌になった訳のタネ明かしをする。
「ほとんど“先生”の受け売りやねんやけどな」
 そうだったのか。
 クラウの頭の天辺から感嘆符が飛び出した。
 彼の顔に溢れていた輝きの正体は、その先生なる人物への敬愛。
 ポケモンに掛ける思いが親心に近いとすれば、今度は逆に手放しで童心に返っている。
 つくづく謎の深まる青年だ。クラウ自身の穢れ無さにピンポイントランディングするところなど、特に。
 一度全開した好奇心の扉は、閉めるのに苦労した。
(キズミさんの先生ですか?)
「昔っからの恩人や。ほんま懇意にしてくれて、俺の父――」
 談笑に幕を下ろす沈黙。
 推察が、心筋の麻痺しそうな緊張でぶつ切りになった。
 何か。
 取り返しの付かない話を。
 聴いてしまいそうになったらしい。
「悪い」
 光の三原色は、混ざると白になるという。
 彼の情念は混ざると、能面になった。
(僕……すみません!)
 反射は、罪だ。
 相手の謝罪の真意も突き止めていないのに、何を根拠にして謝ろうとしたのだろう。
 口を滑らせかけたことへの責任を被るのかと問われたら、うまい便宜など一文も出てこないのに。
「お前は何も悪くないだろ」
 ほら。見抜かれているからこそ、こちらの痛い所も避けられる。
 身も心も濡れ鼠のように重くなり、必然的にウルスラと視線を交えた。
 特性『シンクロ』を抜きにしても、彼女にはクラウの心境が忠実に伝わったのだと思う。
(キズミ様……)
 受け答えの時間を稼ぐように、遠い目をした彼は味気なくコーヒーを啜っていた。
「……分かっている」
 ウルスラが、弱々しく微笑んだ。
 カップがテーブルに戻され、職場にいる時のような冷静な雰囲気で腕を組むキズミ。
「仕切り直しだ。何かした方がいいのか?」
 クラウには分からない合図だったが、彼女は電球のように顔を明るくした。
(盛り上がるといえば、ゲームですわっ! )
「よし」
 ミナトの置物もたまには役に立つ、と過小評価を付け加えて。
 テレビゲーム機の準備に取りかかる。ポケモンバッカーよりこちらが良いですわ、とウルスラがキズミの横からゲームソフトを割り込ませた。会話に混じるタイミングを掴み損ねたクラウに向かって、コードレス・コントローラーが一台飛んできた。
(僕、ゲームなんてやったことありませんよ!?)
 一応否定はしたものの、初めて触る形状の感触に少しわくわくしている。
(大丈夫です。わたくしが手解きしますわ)
「ウルスラは留紺の次に強い」
(うふふ、それほどでもないですわよ)
(と、とめッ――?)

 コール音による妨害。

 ポケギアを優先したキズミが、前線を一時離脱する。
 ウルスラはゲーム機の電源を入れようとした手を止めて、背中越しに神経を張り詰める。
 ぞんざいに発した二つ、三つの返事。すぐに通話を切った彼は表情を追わせない速さで身を翻し、
 ドアへと向かう部屋の横断半ばで、あっけなく俯せに沈められた。
 実の主に『サイコキネシス』を仕掛けるウルスラと、事情がまったく飲み込めないクラウを結ぶ対角線。
 這いつくばり、腕の力でわずかでも上半身を浮かせようと抗う度、男の体の内側が歯の浮くような擦過音を上げた。
「止めても無駄だ……!」
 振り絞った怒声には、
(アイラ様のことでしょう!)
 甲高い怒声を。
 キズミの苦しげな抵抗が一瞬、止まる。
 キルリアが戦慄した。
(アイラさんに何か……?)
(お戻りになられる前にすでに何かあったのですわよね? 疲れていらっしゃいますもの、一目瞭然ですわ。ですからこれより先は、お体に障るような真似を認める訳に参りません)
(キズミさん! 一体何を聞いたんですか!?)
 クラウが彼の目線の低さを追って床に跪いた。
「……すぐに戻ると書き置きを残して、病院を抜け出したそうだ」
 そこから派生した暗い展開が、大なり小なりどちらのアシスタントからも血の気を引かせた。
(……詳しい事情は分かりかねますが、兎にも角にもご養生なさるべきですわ。アイラ様のことはどうぞ他の警察の方々にお任せ下さい)
 クラウはウルスラを見つめた。
「“あの人”は……もっと痛い思いをした末に……んだんだぞ……」
 クラウはキズミを見つめた。
(おやめください。これ以上『サイコキネシス』を強めたくありませんから……)
 クラウはまたウルスラを見つめた。
 そしてキズミを見つめた。
「俺がこの程度の怪我で音を上げたら、引き合わないだろうが!」
 みしりみしりと、耳を塞ぎたくなるような筋肉の軋みが鳴り止まない。
 二方から迫り来る感情の激化が、連鎖的にはち切れた。
 リボンのように角の付いた長い緑髪が重力に逆らって浮き上がり、口元まで届く前髪を挟んでいる紅い双眸が鼓動した。
(わたくしは――あっ)
 手を差し伸べ、能力の杭を抜き放つ。クラウの『封印』がウルスラの『サイコキネシス』を差し押さえた。
 解放されたばかりの痺れた全身に鞭を打ち、気力で膝を起こしたキズミが暗器の飛び出しのような鋭い出足を描く。
 キズミ様! クラウさん! とそれぞれの名を悲痛に呼んだテレパシーが、距離を隔てる加速の中で後ろ髪を引いた。
「手間掛けさせやがってあの上司! 見つけたら始末書千枚書かせてやる!」
 烈火の熱が体の傷みを焼却していた。火達磨の猟犬のようにひたすら前方を目指しながらも、キズミの注意は隣に向く。
「……クラウ……」
(いいんですってば! 今はあなただけが頼りなんです! アシスタントの第一原則はご存じでしょう! ウルスラさんは本気であなたを心配していた! だから僕も、アイラさんを心配して、御守りすることにしました! 彼女の思いと何も変わらない……だからたとえ、ウルスラさんに一生裏切り者扱いされたとしても、金輪際口を利いて貰えなくなったとしても、僕は自分の務めを……!)
 充血しているのか元々か赤い目を乱暴に腕で拭き上げた。
(でも今は、これだけお願いします。僕の顔のことは、何も、指摘しないでください! 頼みましたよ!)
 鼻水をぐしゃっとすすり上げ、クラウは頬の肉をがむしゃらに噛んだ。


◆◇


(人に物を頼む時は礼儀が肝心と言うだろう、かわい子さん。アタシら携帯獣に対しても一緒さ)
 夜を獣の形に縫い取ったように、漆黒の短毛が皮膚の上で一律の流れに乗っていた。
 強い意思の宿る灰色の瞳に、思念で語る主は月光色の両目をゆっくりと潰し、開き切る途中の半分で止める。
(まず、アンタがアタシとサシで話せると思ったことに首を傾げるね。まだ信用の種すら巻かれちゃいないのに。キズミを交渉人に置かなかったことはミスじゃないかい?)
「彼に頼りたくないの」
 破り捨てた言い方に反し、相手は笑い出しそうな含みを持った。
(アンタのそれに共感できなくもないよ。野郎共なんて基本鼻の下を伸ばすしか能がないくらいに思っておけばいいのさ。その方が扱いも苦じゃない)
 月色の眼をさらに細め、後脚を折って綺麗に座すと前足の肉球を舐めて掃除を始めた。
(さて……本題に入ろうか。アンタは丸腰、爪も牙もあるアタシを優位な条件に置いて、さらに気の済むまで無駄な前置きを喋らせた。どうも気になるじゃないか。初見の高飛車はどこにいったんだい? 下手に出ればなんでも思い通りに事が進むと思ってるんじゃないだろうね?)
「ダッチェス」
 幻想的な青の光輪を宿したブラッキーは無言のまま、応えるようにふさりと優雅に尾を振った。
「時間がないから一度しか言わないわ。私達の捜査に協力して欲しいの」
ふん、と小癪に鼻の通りを吹かせる。色違いの性質上、生き方も屈折してしまったのか。
これくらいの斜に構えた程度では、若い女刑事の決意に向かって毒にも薬にもならなかったが。
「あなたを追い回したことは悪かったわ。あの時は焦っていた……どうしてもこの事件を早期解決したかったから。父をあんな目に遭わせた犯人を絶対に突き止めたかったから」
 絶対に、のところが他よりも強意が置かれていたのをブラッキー=ダッチェスは耳聡く聞き分けた。
(殊勝な娘だね。でも親子の絆を見せつけて情が揺らぐほど甘く見られているのなら、こちらも癪だよ)
「私はただ、自分の素直な気持ちをあなたに伝えているだけよ」
 直進すぎる視線は睨まれるのと同じくらい不快な時もあるが、この娘は割合そうでもないと評価を下しつつ。
(だからって父親への入れ込みようが過ぎるんじゃないかい? 仮にも親の手元を離れたくなる年頃の娘だろ、アンタも)
 形の良い唇がぐっと結ばれ、艶を小刻みに揺らしていた。
 睫毛の羽ばたきを数回繰り返し、瞳孔の廻る灰が一層深みを増した。
 胸に巣くう闇が少女の整った容貌に落ちると、通常見えない部分の可憐さが濃い陰影で磨き出された。
「……私のせい」
(なんだい?)
 細い肩で呼吸を調律する。
「私のせいで父は一度不幸になった。だからもう、父に苦しい思いや辛い思いをして欲しくないの」
 月が雲隠れを所望するかのように、暗闇でも光る自慢の金の楕円で、思慕の果てない灰色の窓を凝視する。
 少女は繊細に伸びた指を暗い褐色の横髪に絡め、下に一梳き。
「いいわ」
 打ち明けましょう。
 アイラの想いの結晶を鑑定する、言うなれば最初の関門だった。
「決定的だったのは、母が私を刺したことよ」

レイコ ( 2013/08/04(日) 04:56 )