NEAR◆◇MISS















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第三章
-12- 血の力
 霊媒のミロカロス。『冷凍パンチ』を廊下に叩き込み、彼女の囲う水晶代用の氷の祭壇をしつらえたヌオー。そして、霊道をくぐる道糸で体育館から部室棟に引き込んだサマヨールをミロカロスの体に降霊させたミナト。彼は憑依の瞬間から祭壇の役割を転化させ、ミロカロスの巡りに結界を張ってサマヨールの身動きを二重に封じた。さらに登校時に乗ってきた珍しい榊の大木から削り出されたスケートボードを取り出して、大麻(おおぬさ)の範疇ぎりぎりセーフと見なされる作法で振り回す。こうした儀でラストは『潮水』中に含まれる塩分の浄化作用を爆発的に引き上げ、サマヨールの邪気払いを貫徹させたのだった。

 シュナイデル=ハイスクール部室棟がきたした異状を仄めかす、棟内の濡れた痕跡はまるで皆無だった。『潮水』の出水から、揺らぐ青い尾の、尾びれにある赤い小円模様からミロカロスの蛇体に一滴洩らさず還るまでの期間を麹塵(きくじん)とクラウが協働し、『サイコキネシス』で水と壁面の間に空気の層を保ち影ながら防水していたのだ。いかに豊かな想像力がある生徒がいようと、何の手掛かりもなしにここが巨大水槽と化していたなどと夢にも思うまい。同じ国際警察の眼識を欺くには、少々始末が粗いやもしれないが。
「体は大丈夫か? よしよし」
 赤い髪のような飾り鰭を撫でられて、ミロカロス=長春(ちょうしゅん)はそっとミナトに微笑みを返す。長春(ちょうしゅん)の霊媒能力は高いが、体質的にあまり丈夫な方ではない。堪え性があり、自分から不調を訴えない彼女は健康管理を欠かせなかった。
 ミナトは麗龍のチェックを終え、邪気を沈めたサマヨール入りのアレストボールを垂直に放り投げた。縦回転しながら落ちてきたところを、投げたのと同じ手で横からはたくようにキャッチする。振り返って、リュートに目配せした。にい、と色の黒い顔に白い歯の三日月が浮かんだ。
「ほらよ! 宣言通り、サマヨールは逮捕(アレスト)したぜ」
 人差し指の先端に乗せたアレストボールを、自転する星のようにスピンさせて言う。
「もう安心だろ?」
 途端に、キャップの少年はまるで主君に謁見する騎士のように片膝をつき、頭を垂れてささめいた。
「……疑って申し訳なかった、若殿」
 リュートの人格が入れ替わったのだ。
「うげげ!」
 ミナトは橦木で腹を突き飛ばされたかのように、大げさに後ろ飛びをした。
「ワカドノ!? うおーブルッと来た! どーした急に、妙な小芝居はやめようぜ!」
 笑いが引き攣っている。鳥肌の立った二の腕を反対の手で擦っていた。しかし、下を向いているのでミナトのそんな敬遠の仕草も目に入らない。“リュート”は悪気なく続けてしまう。
「小芝居ではない。歴然たる本家の御力、あなた様は紛うことなき――」
「ああーああああーっ!? ぜんっぜん聞こえねえぜーーああああーーー!?」
「レストロイ家の次期当主殿にござりますね」

 静かになった。
 しゃがんで騒音を避けていたヌオーが海坊主を少しもたげると、堅く握られた拳が視線の高さに来た。ミロカロスは腫れ物に触わるように、湿って癖の落ちた彼の黒髪を俯瞰した。
 顔の見えない方位を含めても、視界の外にあるミナトの苦り切った表情は想像に難くない。普段は軽い調子でいるばかりに、少しでも神経が苛立つとその都度異変も気付きやすいのだ。しかし、ここまで態度に出たのは警察学校(アカデミー)時代にキズミと大喧嘩した以来だろうか――卒業を目前にしたあの時期だ。高い資質にかまけず、厳しい訓練の合間も血の滲むような努力を重ねてきたキズミを――ファーストやウスルラにも劣らず、親友の苦心を目に刻んできたからこそ、ミナトはあの時キズミを許さなかったのだと思う。
 ややあって、何年も仕舞い込んであったような笑い声があがった。
「家督なんか継ぐわけねえじゃん! でもお前、すげーな! なんで血筋わかったんだ? オレがしてみせた除霊、流派は別もんだろ?」
リュートは片膝をついたまま、生真面目な面をスッと上げた。屋上バトルの最中に倒れ、ミナトと長春(ちょうしゅん)に解放されながら会話を交わした時の目だ。あの時の“リュート”が、今再び少年の体の主導権を握っていた。
「それは若殿が――」
「おえーっ、その呼び名はナシ!」
 苦笑、と群がるハエを追い払うように振られる小麦色の手に、“リュート”は二、三度瞬きをする。
「では……そのように」
「うん。続けてくれ」
「は。自分がまだ下級であった頃、レストロイ家現当主殿に調伏さ―――」
「どわーっ!」
 頭の天辺から噴き出した声が、火山弾のようにミナト以外を襲った。
「パス! パス、パス! いいから! 現当主の話とか、マジいらねえっ!」
 洗濯バサミで無理やり形を整えたような笑み。だーっと丘陵を避けて駆け落ちていく冷や汗。ダイビング中に機材の異常が発覚しても、ここまで取り乱しはしないだろう。飾り鰭を手のように肩に乗せ、主人の気を落ち着かせようとするミロカロス。話せと言ったり話すなと言ったり、ねっとりと嫌気を持った“リュート”が口早に言った。
「お言葉ですが、あの御方は貴方様の父君で有らせられるはず」
 あわやミナトが自制心を剛速球で手放す手前、外からコツコツと窓ガラスを叩く音が割り込んだ。
(ミナトさん、只今戻りましたっ)
「クラウッ!」
 心底明るい、しかし耳をガンと殴りつけるような声量で呼び返す。バーンとガラスの砕けそうなほど勢いよく開けたサッシに、ミナトが黒い頭を猛然とねじ込んだ。緑髪に覆われた額がそれをのけぞって躱す。すれすれの頭突きにひやりとした肝をほぐしつつ、屋外に突き出されたミナトの頸とにこやかに対面するキルリア=クラウ。と、気のせいだろうか。少年の笑顔が病み上がりで一杯一杯のように見えて、仕事終わりに浮いたクラウの笑みが引っ込んだ。
(……もしかして、お取り込み中でしたか?)
「え!? いや全然! っつーか早いなー、もう片しちまったのかよ?」
 そういえば、そのことで報告に来たのだった。キルリアがぴしりと姿勢を正すと、少女が二つ縛りにしたような緑髪が甘く揺れた。
(はい。あと、麹塵(きくじん)さんは霊道の見回りに行かれました。大教室に収容していた住民ゴーストタイプたちもすでに解放しています。ライボルトの意識はまた戻っていませんが、身体に霊的な異常は見られませんでした)
 麹塵(きくじん)の『念力』と長春(ちょうしゅん)の『潮水』の塩分。二体の力であつらえた超常的な道糸は、バトル研究部部室の霊道をくぐり抜け、体育館の別の霊道まで続いていた。サマヨールの憑依したライボルトを術式の施した体育館内に封じ込め、首に巻き付けた糸を締め上げる。そうして緊縛したサマヨールの霊体をライボルトの肉体と分かち、そのまま力業でミナト達のホームグラウンドに仕立てた部室棟まで引きずり込んだのである。
「ご苦労さん! さっすが超優秀なアシスタントだぜ!」
 ぱあと頬に赤味が差して、クラウは面映ゆそうに頭を掻いた。
(いえ、そんなっ、大部分はミナトさん達のお力ですよ。あっ)
 白い腕が伸べられて、収縮したモンスターボールをミナトに手渡した。
(ライボルトのモンスターボールです。どうぞ)
 ゴクッと“リュート”の喉の鳴りがここまで聞こえてきた。
「あはは、ビビんなって!」
 笑いながら、サッシから頭を引っ込め、サマヨール入りの球とライボルト入りの球でトスジャグリングをしてみせるミナト。くるくると円を描くボールの動きをヌオーとミロカロスが目で追った。こんなところをキズミかアイラに見られでもしたら。おどけたムードに重心が寄っていたが、開けっ放しの窓の向こうから、クラウは物堅い顔つきで“リュート”に注視を浴びせていた。
 あの時、くしくも屋上に出揃った役者は“ふたり”。ゴーストタイプの携帯獣に憑依されていたのは、人間の少年リュートと携帯獣ライボルトのふたりだった。ライボルトの赤瞳はすでに禍々しい妖気に侵されていたが、検証のために焚きつけたミロカロスとのバトルで憑依した霊の実態を暴くことに成功した。ダメージを受けて窮地に追い込まれたサマヨールは怪電波で“リュート”を苦しめ、ミナトのポケギアに入った通信さえ電波妨害して逃亡の隙を作ろうとしたのだ。しかしライボルトから離脱するよりも早くミロカロスの『ドラゴンテール』でモンスターボールに強制送還された。そしてその後は自力で脱出する手段を完封されたまま、現在の除霊に至ったのである。屋上バトルで本命が一本に絞れたから良いものを、もしもあの場にふたりが居合わせていなければ、今頃は“リュート”に焦点を当てたまま捜査が続行されていたかもしれない。今回のようにスピード解決できたのは運が良かった。
 性能の違う二つのモンスターボールを左手にまとめて握り、ミナトは二階のポケモンバトル研究部部室があるあたりに向かってぷらぷらと右手の人差し指を突き立てた。つられてヌオーも上を見た。クラウの視線もミナトの手を辿った。
「あの霊道の門番を買って出てるほどのお前がなぁ」
 ただ遊んでいるように見えていたので、急に呼びかけられた“リュート”はミナトに向かって眼を細めた。レストロイ家の現当主に調伏され、このスクールに居着いて邪気の温床にならぬよう見張りを務めるようになって久しいが、人間から門番と呼ばれたのは初めてだ。
「サマヨールを学内から追い出せなかったのは、うかつに手を出すと怪電波を流されたからだろ? コイツ、それ狙ってライボルトに潜り込んでたんだろうしよ」
 何気ない調子ですらすらと出てくる言葉に“リュート”はぐっと身を固くした。すでにそんなところまで調べが付いているのか。
「……そのとおりです。最悪、洗脳される恐れもありました」
 なかなか危ない状況だったのか。クラウが深刻そうに顔をしかめた。ヒューッと口笛を吹いた後に「そりゃ危ねえ!」とニヤニヤ付け加えるミナトとは大違いだ。ヌオーとミロカロスが目配せし合う。そろそろ本題に入る頃だろう。
「じゃーさ、目の前で大敵を捕まえてやったことだし、その避難所から出ていってやってくんねえか?」
 妥当な頼みだろう。今まではこの霊媒体質の少年に身を寄せることで怪電波の影響を最小限に抑えていたが、ミナトは成果を上げて信用を勝ち得た。“リュート”は頷いた。
「わかった。しかし……無関係な小僧を巻き込んだ自分を、このまま放っておくのか?」
「いいっていいって! 万一の時ぁオレ達がこらしめてやるよ!」
 清々しい笑い声を立てるミナト。リュートがポケモンバトル部の人払いをしていたのも、部長のライボルトにサマヨールが取り憑いていたせいだ。“リュート”なりに宿主を負担のない範囲で操って、生徒への被害が拡大しないよう努力していたことは、ここにいる全員が承知していた。
「あ! 悪ぃ悪ぃ、言い忘れてた。バト研の『呪い』のことなんだけどさ」
 廊下に腰を下ろそうとする“リュート”を、ミナトが空いている右手を前に広げて制止する。ヌオーやミロカロス、キルリア=クラウはすでに心積もりがあるらしい。呼び止められた当人だけが、周りから浮いた顔つきになっていた。
「大会と試験の時期が重なると百パー試験に落ちるジンクス。お前、バト研気に入ってるみたいだけどさ、部員に霊的な気合いは注入しねーほうがいいぜ?」
 “リュート”の目がくわっと開いた。
「なぜそれを……」
 表情と声のトーンのギャップに、ミナトはプーッと笑いを噴き出した。
「あは! オレの上司は優秀なんだぜ。欲しいと言やぁなんでもデータ処理して送ってくれるよ。教えてくれねえのは本人のスリーサイズくらいだな!」
 自分が褒められているかのように、嬉しそうに頷きながら聞いていたクラウが、最後の最後でつんのめった。 
「それにお前、相手は普通の人間だぜ? 全員が全員、負の力を昇華できるわけねえじゃん」
「そうか……余計な節介であったか。以後気をつけるとしよう」
 うんうんと、念を押すようにヌオーとキルリアが首を縦に振った。
 離脱の準備を始めた“リュート”を、今度こそ止めるものはいなかった。
「さらばだ。恩に着るぞ、カネシロ・ソウとやら」
 壁に背中をもたれ、あぐらを掻く。目を閉じた。少年の全身が仄かに蒼く輝くと、首が前のめりにかくんと折れた。脱げたキャップが腹を滑って太腿の横に落ちた。腕も足も、だらりと脇に垂れ下がっている。綿の人形から針金の芯を抜いたような状態のリュートの、その頭上に、霞みがかかったような霊体が浮遊していた。瞬きをした瞬間には消えていそうな、ヨノワールの薄明だった。これまで謝罪と感謝を込めてか、意識のない少年に向かって丁寧に一礼する。そしてミナト達に向き直り、左を腰に右手を胸に当て、深くお辞儀をした。ミナトが笑顔と軽く掲げた右手で挨拶に応えると、ヨノワールは下半身から下へ下へと床面に沈み始め、頭のアンテナを最後に一度光らせて、すっぽりと全身が廊下に飲み込まれて消えてしまった。

 闇の中から、ぎぎっ、と声がした。開けっぱなしの窓から黒い影が飛び込んできた。気絶したリュートの周りを飛んだり跳ねたりと忙しない。時々、疑うような視線をミナトに向ける。ヌオー=留紺(とめこん)が欠伸のような声を出し、ミロカロス=長春(ちょうしゅん)がゆったりと尾を揺らすと、やがて黒い影は安心したように動きをやめて、ミナトの顔をじいと下から窺った。
「リュートは無事だ、ヨノワールは身を引いてくれた。よかったな、ヤミラミ!」
 ヤミラミは万歳をして、うぎぎーっと喜びの声をあげた。クラウも窓から中に身を乗り出して、ヤミラミとミナトへ交互に笑いかけた。
屋上バトルの終盤、ミロカロス=長春(ちょうしゅん)がライボルトごとサマヨールを送還したモンスターボールを横からかすめ盗って逃亡を計った犯人が、何を隠そうこのヤミラミだ。追い詰めたクラウが説得を試みると、なんとヤミラミは自分がリュートの手持ちであることを明かし、ヨノワールに憑依されたリュートの許を離れ、彼を元に戻す方法を探すうちにサマヨールとの因縁を知り、サマヨールを倒す機会を常日頃探るようになった経緯を包み隠さず教えてくれたのだった。
「オレたちも、部長からライボルトをかっぱらう手間が省けてよかったぜ。なあ?」
(かっぱらうって、ミナトさん……)
 苦笑のクラウ。
(そろそろアイラさんに報告しますか?)
 そうだな、と返すミナト。
「けどその前に……ちょっと付き合わねえか?」


◆◇


 空一面に、靄のような雲がかかっていた。星は見えない。
 生ぬるい風邪が吹き抜けていく。シュナイデル=ハイスクール校舎の屋上だ。ゆるくカーブを描いて横たわったミロカロスの身に、制服に着替えたミナトが寄りかかっていた。背もたれと呼ぶには低く、ほとんど寝そべるように肩や後頭部を当てているので、枕にしていると言うべきか。黒髪の下に広がる地肌にこぞって詰め寄せる感触は、すべすべときめ細かい鱗の肌と、むっちりとした筋肉の反発、それにひんやりとした冷感だろう。彼は屋上床に手脚をだらーんと投げだして、まるで待ち人を待つような面持ちでいた。ヌオーは彼の足の側で腹這いとなり、丸く組んだ前足の上に顎を乗せている。気絶したリュートとヤミラミは少し離れた場所に固まっていた。クラウはミナトの隣で所在なく、膝を抱えて座っている。さっきから真正面にあるヌオー=留紺(とめこん)の点目と視線が堅く結び付いてしまっていて、無下に切り離せず困っていた。
「大した話じゃねえんだけどさ」
 ミナトは遠くを見ながら、唇だけ動かすような喋り方をした。どさくさに紛れて、取るに足らない目の競り合いを終わらせるクラウ。何か言い足そうに、留紺(とめこん)がごろんと仰向けになった。
「……警部補の父さんは、ジョージ・ロングロード警部だよな」
 充分、大した話だ。クラウは一瞬目を泳がせて、弱い思念を伝えた。
(その、アイラさんは、仕事に私情を挟んでいると思われたくない方なので……)
「んー。国際警察は厳しいよな。色んな意味で」
 普段おちゃらけたミナトが言うと、そこにまた別の重みが加わるようだった。
雨を吸った地上から厚ぼったい湿気が立ち上り、目や鼻が詰まってくる。
「同じ仕事を選ぶなんてさ、警部補はよっぽど警部が好きなんだな。嫌だったら絶対そうはならねえじゃん」
 なんと返すべきなのか。どう答えれば正解なのだろう。主人の本意をありのままに伝える資格を、自分は持ち合わせていない。キルリアは思考の回廊を駆け巡る。頭蓋を眼球の高さで水平に横切る薄い板があって、そこに焦りがどんどん降り積もり、苦みとなって咽頭に流れてゆくようだった。
(……僕には分かりかねます)
 父親だけではないのだ。母親、それに姉に対して、アイラは家族への情が深い。クラウはジョージ・ロングロード以外の彼女の身内と面識はないが、しかし――
(でも……でも愛情だけで国際警察になれるほど、甘くなかったと思います)
 クラウの罪悪感に配慮したのか、ミナトはあやふやな表現で張った予防線を無神経に踏み越えてまで、深層に分け入ろうとはしなかった。ただ少しの間返事を保留して、やがて関心の低そうに、顎を小さく揺らす程度に頷いただけだった。
ごろモチッ、ごろモチッと、暇なのか、その場で体を回転させる留紺(とめこん)
「オレは、ほとんど家族への愛情だけで乗り切ったようなヤツを知ってるけどな」
 ぱっとピンスポットが当たったように、キルリアの胸の中に浮かび上がる人物がいた。
(キズミさんですか?)
 肯定かどうか、怪しい笑いが返ってきた。ミナトはさっき気を利かせて一歩引いてくれたのに。自分はなんと図々しいのだろう。無頓着ぶりが申し訳なくなり、クラウは俯いた。
 あえて空白を残したまま、黒髪の少年は言葉を紡いでいく。
「キズミも自分の親父さんのことを尊敬してんだ」
そして洩れる、蚊の鳴くような幽かな呻き声。
「……オヤジ嫌いなの、オレだけかよ」
(え?)
 立ち上がった水色が尻尾を素早く屋上に打ち付けた。激しい、水風船の割れたような音が空気を振るわせる。驚いたキルリアが尻を弾かれたように起立した。恣意から解放され、さっきまでの落ち目を客観的に思い出し、ブーッと噴き出して笑い転げるミナト。どっしり構えて彼らを見つめるヌオーの、ゆるいポーカーフェイスはいつもと変わらずだ。
「だな、トメ!  よっし、じゃあ気合い入れて警部補にラブコールすっか!」
 長春(ちょうしゅん)の優しい眼差しが、遠巻きに皆を包んでいた。

レイコ ( 2013/01/21(月) 02:02 )