NEAR◆◇MISS















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第三章
-5- アナウンサ−、リュート
 今は生憎の曇り空だが、きっといつもは気持ちよい風に吹かれながら、すこんと抜けるように晴れた青空の下でバトルの練習に励むのだろう。太陽がとっぷり西に暮れるまで。
 そんな広くひらけた想像に水を差すのが、高い金網フェンスと、天窓や給水タンクの設置のために歩ける面積が減らされた平面部分だった。初めて訪れたナティも、周りを見て意外とせせこましいという少しがっかりした感想を持たずにはいられない。
 屋上にいた二人の生徒のうち、一人は男子生徒であり、もう一人は女子生徒で、リンゴのようにふっくらして血色が良く、ショートヘアをハーフアップにアレンジしている。その人物こそミナトとクラウのお目当ての人物――写真に写っていたポケモンバトル部の部長だった。
 部長は後輩のリュートが新入生を連れてきたと思ったのだろう。彼を見て目を丸くし、「久々に顔見たと思ったら!」と驚いた声で言う。もし台詞が続いていれば、「客引きお疲れ様」といった労いだろうか。
 それから部長は今度はナティとミナトに目を移し、ショップ店員のような愛想の良い笑みを浮かべた。どんなに張り切ってもミナトを入部させることはできないのに。クラウは申し訳ない気持ちになる。
 挨拶と簡単な自己紹介という下準備を終え、いよいよ勧誘を展開しようという部長ともう一人の男子部員からは、金持ちの年寄りを前にしたセールスマン並の気負いが伝わってきた。

「敵にタイプ一致技で急所と4倍弱点を突かれたくらいピンチなのよ、バト研は! ねっ、だから入部してよぉ、そこのイケメンくん!」
「いやー事実を言われると参っちまうな!」
「そこ、謙遜するとこじゃないの?」

 ヘラヘラと笑って答えるミナトに向かって、ナティが呆れた顔で突っ込んだ。微妙な空気を笑い飛ばした部長の声量に、キルリア=クラウはビクッとしてツインテールの緑髪が揺れた。

「それじゃ、きみは? 女子は部長一人だけど、部員は4人だけだしそんなに気兼ねしなくていいと思うよ」

 年上の男子部員から話を振られたナティは、弱々しく笑い返した。針金のように痩身で背の高い彼は、ぽっちゃりした部長の横に並んで立つと電柱と郵便ポストの絵のように収まりが良い。
返事の声は右肩下がりに小さくなっていく。

「でもわたし、自分のポケモン持ってなくて。マネージャーとかじゃダメ、ですか……?」

 手持ちのいない彼女がなぜバトル研究部に関心を持ったのか。その理由はおそらくバトルネーソスにあるとミナトは推測する。たとえレンタルでも、今は傍にいなくても。もっとバトルが上手くなりたくて、きっとトレーナーとして何か出来ることを見つけるためにここへ来たのだろう。
 部長は目をぱちくりして、ひょろっと高い位置にある男子部員の肩をバシン! とひっぱたいて言った。

「聞いた聞いた!? マネージャーだってさ! 変わったこと言うのねー」
「イテテ、斬新な発想、かもね……テテ……」
「だぁーから、根本的にお呼びじゃねえんだよナティ、てめえは――」
「こらっ! 兼部のサボリ魔が偉そうに言わない!」

 ぶつくさ横槍を入れたリュートに部長がキッと睨みをきかせる。そしてまたケロリとして続けた。

「別にあたしはいーよ! 『呪い』を信じてないから来てくれたんだろうし! 新入生はリュートの次にあんたでやっと二人目だから、この際、入部希望の理由は問わないわよ!」
「『呪い』?」

 聞き捨てならない不穏な単語だけを抜き出し、同時に復唱するミナトとナティ。特にナティがさっと表情を曇らせたのを見て、男子部員は裏返った声ですばやく弁解した。

「ご、ごめん、気にしないで! 悪質なウワサなんだ! とにかく、ウチの現状は手持ちのラス1が『硬くなる』しか覚えてないトランセルくらい厳しいから、入部は助かるよっ」

 そうは言われても余計に気になるではないか。戸惑うナティの顔にそう書いてある。
 おそらく、スクールによくある“怪談”の類だろう。ゴーストポケモンと縁があるなら、何かサマヨールに繋がるかもしれない。クラウは一足先に単独でバトル研究部の部室に調査へ向かった麹塵(きくじん)の身を案じた。自分達が追い付くまでに無理をしなければいいのだが。
 はい! と制服の袖に通った右腕一本、高くあがる。
 ミナトだ。

「そんなに困ってんならオレとバトルしてください! もし負けたら入部します」

 自信満々に叩きつけられた口頭の挑戦状。部員達はどよめいた。人もポケモンも区別なく、目という目が日焼けした満面の笑顔に注がれる。
 クラウはまだミナトのポケモンバトルを見たことがないが、これだけは言える。国際警察の特殊クラス出身たる者、最低でもセミプロの技量を持つであろう彼が、捜査中に、まして一般のスクール生に遊戯のつもりで勝負をしかけるのはありえない。必ず何か心算がある――

「てめぇら、強いのか?」

 “ら”か。リュートの問いかけにミナトはニヤリとして答えず、てきぱきとルールを言って出た。

「その代わり、闘うポケモンは選ばせて下さい。制限時間は5分で、1対1の1本勝負でどうっすか?」
「なるほど……そういうハンデね。それならその自信も肯けるわ。もちろん、OKよ!」

 年下の小生意気なリードに先輩トレーナーとして対抗心をくすぐられたらしい。提案に乗った部長の声はほどよく高揚していた。
「それっ!」という掛け声とともに、指先から離れたモンスターボールを真っ直ぐ上に飛び上がる。開閉部が宙でぱっくり割れ、球の数だけ閃光が下に降り注ぐ。光が形を成したポケモンは、挨拶代わりに骨棍棒をブンブン振ってみせるカラカラ、ツンとすましたブースター、ブルッと毛を逆立てて膨らませるライボルト、くるっと頭の花を回転させるポポッコ、コワモテなグランブルの五匹だ。
 続いて男子部員もモンスターボールを投げ、追加されるツチニン、ゴニョニョ、キマワリ、ムクバード、オタチ。
 そして、リュートからは奥歯を噛みしめた気配がした。

 赤い虹彩にくるまれた、あの黒い瞳の奥深く。
 手首足首を掴まれて、無理矢理引きずり込まれていくような悪寒がする。
 くしくもこの場に出揃った役者は“ふたり”。
 余計な注意を引いてこちらの正体に勘づかれないよう、クラウは慎重にミナトを見遣る。しかし平常そのものな年若い横顔は「今は待て」と告げていた。おさげの緑髪頭がかすかに頷き、了解の意を示す。
 ナティは手持ちを繰り出す素振りのないリュートを見て、不思議そうに声を掛けた。

「あんたとこのは?」
「……おれのは逃がした」

 ゴニョニョが慌てた様子でツチニンに顔を近づけて、ごにょごにょ囁きかけていたが、ツチニンは前足の尖った先端をゴニョニョの柔らかい紫頭にプスッと突き刺して黙らせた。
 
「……その冗談、笑えないな」
「悪いけどこれで全員だと思って選んでくれる? はいどーぞ!」

 男子部員と同じく、部長はリュートの言葉を真に受けず、軽く受け流して選択を促した。ミナトはポケモン達の顔を見渡し、やがて的を一匹に絞ってニコリとする。

「ライボルトでお願いします!」
「あら、このコは強いわよ! それじゃあ二人とも、審判と実況よろしくね!」

 途端に男子部員とリュートがそそくさとした。

「え!? あっ、じゃあ、今から審判です……よろしく……やったっ」
「ケッ、マイクもねえのに調子出……ってコレで雰囲気出せってのかよ! しょうがねえなあ、全員さっさと位置つけよオラ!」

 カラカラの骨棍棒をひったくるようにして受け取ると、リュートは急にご機嫌なテンションになってバトンのようにくるくる片手で骨を回してみせる。終わりにぱしっと中央を掴み、膨らみのある先端を口に向けて大きく息を吸い込むと。

「天気は曇天、気は動転! バト研存亡を賭けた前代未聞のギャンブルマッチが、今
! 始まろうとしていますッ!」

 応援団よろしく整列したギャラリーのポケモンが一斉に応えた。
 ナティは、今なら虫が一匹飛び込んできても気付かないという顔でぽかりと口を開けた。

「そういえばアイツ、放送部に出入りしてたっけ……」

 独り言を聞きつけた男子部員が補足する。

「兼部なんだよ。ああ見えてポケモンバトル実況アナウンサー志望だからね、リュートは。だからウチに――」
「ちょっと審判、集中!」

 説明を頼んだ覚えはないが、自分のせいで部長に怒られる形になってしまい、ナティはバツの悪そうな顔をする。
 ボルテージの高いリュートの声がビィンと弦を弾くように屋上もとい試合会場の空気を震わせる。変声期に差しかかり声質こそ中途半端にしゃがれているが、滑舌と大きさの問題はばっちりクリアしている。機械を通さずに屋外でも十分通用させるのだから、不良っぽい見かけに寄らず発声トレーニングは丹念に積んでいるようだ。

「赤コーナー、熱血爆走、走り出したら止まらなァい! バトル研究部の荒ぶる紅一点、部長ゥウッ!」
「イエーイ! 絶対入部させてあげるんだからね!」
「続いて青コーナー、行動予測率0パーセント、大胆不敵なチャレンジャー、カネシロ・ソウーッ!」
「オーッス! お手柔らかに!」

 リュートもリュートだがミナトもミナトだ。勝負前くらいもう少し刑事らしい威厳を見せても良さそうなのに。呆れるほど雰囲気に乗っているミナトを目に、クラウは残念な気持ちを抑えて何も言うまいと心に決める。
 審判の男子部員は軽く咳払いをしたあと、実況に負けじと声を張り上げた。

「こっほん! 試合は1対1の1本勝負! 制限時間5分、どちらかが戦闘不能になった時点で終了です。それではバトル、開始!」 
「勝っても負けてもお祭り騒ぎィ! ヒアウィイイゴウーッ!!」

 割れんばかりのギャラリーポケモン達の歓声に包まれる中、部長とミナトが動いた。

「ライボルト、いくよ!」

 部長の隣から真ん前へと、ひとっ飛びで移動するライボルト。前足でブレーキをかけて止まった姿は、青と黄の体毛が静電気を帯びて仄かに輝いていた。

「でたーッ疾風迅速のライボルトオォ! 今日も絶好調のご様子です。対するカネシロ選手のポケモンは!?」
「長春(チョウシュン)、テイクオフ!」

 モンスターボールから放出された白光は瓶から溢れた水のごとく宙を蛇行し、柔軟にS字を描いて接地する。稲妻状の鋭い角が取れて流れるような表面へと変化し、先細りした先端は各々、優美な眉尻と髪のような飾り鰭を頂いた頭部、羽団扇のような尾部へと精妙に整形されていく。
 その間眩い白は鏡のように一瞬虹のグラデーションを映したかと思うと、本体の表皮と正確に結び付いた色の一点が広がるように全方へ伸びていった。
 淑やかな色彩が下地の白を一分の隙もなく覆った時、眠るように閉じられていた瞼が涼やかにもたげられ、紅色の双眸が芸術最高峰の彫刻と見紛う全貌に生命を吹き込んだ。

「おぉっとこれはー! その心は癒しをもたらし、その身は水を制す! ポケモン最美の麗竜ミロカロスだああーッ!!」

レイコ ( 2012/08/17(金) 15:19 )