NEAR◆◇MISS















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第三章
-4- 最初の手がかり
「ようナティ!」 
「なんでここにミ―――」
「しぃーっ」

 無造作に外跳ねした黒髪をした快活そうな少年――ミナトは口の前に人差し指をぴんと立て、階段の踊り場にいる女子生徒をにこやかに制止する。
 レンタル制ポケモンバトルセンター「バトルネーソス」。その片隅に『くさぶえ』という喫茶店が併設されている。ミナトは客として頻繁に入り浸っていたので、ウェイトレスのアルバイトをしているナティのことは、互いによく顔を知っていた。

「質問はラブレターに書いてくれよな!」

 実のところ、ミナトは以前、彼女がシュナイデル=ハイスクールの生徒であると聞かされていたので、今回の潜入捜査に際し、ばったり出くわすかもしれないと半ば楽しみにしていたのである。
 冗談めかしてそう言われ、ナティは照れ隠しでムキになった。

「あ、あたし、ナンパ男はタイプじゃないもん!」
「いいっていいって。でさ、今日なんか金城湊(カネシロ・ソウ)って名乗りてえ気分なんだ」
「は?」
「代わりに、ナッちゃんて呼ぶからさ」
「はああ!? あたしにソウ君て呼べってこと!? なんでよぉ?」

 ミナトが妙に嬉しそうにしていたのは、学校に知り合いがいるからだったのか。キルリア=クラウは納得しつつ、アイラのことがちらりと頭によぎる。ミナトがそういう大事なことを彼女に黙っていたのは感心できないが、今さら自分がどうこう言っても仕方ない。
 クラウは少女をしげしげと見つめる。どんな関係なのだろう。知り合いといっても、ミナトが国際警察官ということは知らなそうである。その気になれば感情の深い部分まで探ることもできるが、そんな非常識はしたくない。そうでなくとも断りなく女性の顔をじろじろ覗き込んでいるのだ。今は大目に見て欲しいけれど、後ほど機会があれば失礼を詫びたいとクラウは思う。
 そこへ変声期初期の少年を思わせる掠れた声がした。

「オラァ!」

 クラウは弾き飛ばされたかのようにミナトの隣に戻った。間を置かず、男子生徒が階段を駆け上がってきた。さっき下の階でナティと言い争っていたのと同じ声だ。ということは、彼がリュートと呼ばれていた人物だろう。
 白いカッターシャツとチェック柄のグレーのズボン、紺のネクタイ、基本の形はミナトと一緒である。ただしリュートはシャツの上に深緑のブレザーの代わりに白いラインの入った黒いジャージを羽織り、さらに頭にはカーキ色のワークキャップを被っている。どう寛大に捉えても模範生と呼べる格好ではない。ちなみにナティと頭の高さが揃うほど背が低かった。
 鋭い眼光を漲らせたリュートの目は、はしなくも正面ミナトから脇に逸れてキルリアの赤い双眸と引き合い、すぐに何事もなかったかのように戻される。
 今のは。
 慎重にならざるをえない。クラウは表情を張り詰める。
 ところがミナトはしれっとしてナティに尋ねた。

「カレシ?」

 答えはカウンターもびっくりの四倍返しだった。

「えっ!?」
「はあっ!?」
「ち、ちがうよ! こいつはクラスメートで、リュートっていう変人で、と、とにかくそんなんじゃないからっ!」
「誰が変人だオラ!」

 マトマの実のように頬を赤くほてらせて騒ぐナティとリュート。
 変なこと聞いちゃダメですよ! とつっこみたい気持ちをぐっとこらえ、クラウは目を白黒させる。
 予想通りの反応がそろい踏みなので、ミナトは校舎の内壁に笑い声を響かせた。

「仲よさそうに見えんのに。まぁいいや、オレ金城湊(カネシロ・ソウ)。よろしくな!」
「名前なんか聞いてねーよ!」

 怒鳴るリュートを「お前イイとこ気づいたな!」とゲラゲラ笑い飛ばして。それ以上しつこくされる気もないので、ミナトは肩越しに親指で後ろを差してさっさと話題を変えた。
 
「で、二人してバト研に用かよ?」

 後方にある扉の先は屋上。すなわちポケモンバトル研究部の練習場である。デートという言葉に若干ムッとしつつ、ナティは「……そうだけど」と頷いた。「そっか、オレも」とミナトが答えた途端に、またリュートがドゴームごとく大声で喚き出した。

「チェッ! どいつもこいつも! バト研に近づくなってんのに!」
「うるっさい、そんな耳元で大声出さないでよ! アンタ最近なんなのよ、部員のくせしてさ!」
「とにかくダメったらダメだーっ!」
「意味わかんない。ミ、じゃなかったソウ君、コイツの言う事あんまり真に受けないほうがいいよ。じゃ、お先!」
「おい待てコラ!」
「い・や!」

 クラウは背中を壁に貼りつけて道を空けた。スタートダッシュは勝敗の鍵。ナティとリュートは競い合い、ケンタロスのように猛烈な勢いで階段を駆けのぼってくる。ミナトはドアマンのようにさっと戸を開け、走り抜けた二人をぎゃーぎゃー揉める声ともども屋上に締め出した。

(おやっ!? 彼を追わないんですか?)
「お、やっぱ気付いてた? さっすが美人お墨付きのアシスタント!」

 美人というところを強調して。ミナトは嬉しそうにニィと笑う。
  
「なんか面白くなってきたからな。今のうちに紹介しとくぜ。コイツがオレのアシスタント、麹塵(きくじん)だ」


◆◇


 ミナトが潜入捜査している傍ら、キズミとアイラは連れ立ってシュナイデル=ハイスクールの周辺地域で聞き込みを行っていた。モンスターボール外で同行しているのはキズミのアシスタントであるラルトスのウルスラ、ミナトが出発前にキズミに預けたガーディの銀朱(ぎんしゅ)である。
ここまでの調査によると、強盗団のサマヨールはやはりシュナイデル=ハイスクール潜伏の見込みが濃厚だった。しかし、こうも出足が順調だと余計な物思いを生む隙も与えられてしまう。
 キズミは自転車を押して歩くのをやめ、立ち止まってアイラ・ロングの無言に背筋を疼かせる。ウルスラが若き捜査員二人の挙動に神経を尖らせる。曇り空を見上げて、雨の心配で頭をいっぱいにしているのは、炎タイプの例に漏れず、水に濡れるのが大嫌いなガーディ=銀朱くらいだろう。
 彼は肩越しに振り返る。視線は寄り道をせず、まっすぐ女上司の元に向かった。
 肩の辺りで切り揃えられ、毛先がやや内巻きになったダークブラウンの髪。凛と締まった表情の横顔。大方予想していた通り、大きな暗灰色の瞳は道路を挟んで向こうにあるコンビニを見つめている。あの夜の出来事を――ロング捜査官襲撃事件に際して起きたもう一つの諍いを――思い浮かべ、景色に重ねてじっと眺めているのだろうか。
 キズミは視線を移動する。店の前の縁石が一部、抉られたように無くなっていた。その時飛び散った破片のせいだろう。雑誌陳列棚の窓ガラス面にはところどころガムテープが張ってある。
 
「あのブラッキーが襲った店員、ショックでバイトを辞めたそうよ」

 いつの間にか立場が逆転していた。今度はアイラが責めるような眼差しをキズミの横顔に向けていた。

「酌量の余地がないとは言わないわ。でも容態は? 聴取できる見当はついたの? あなた、このままブラッキーの記憶を風化させるつもり?」
「今はまだ安静が必要です」
「本当にそうかしら。その甘さが裏目に出なければいいけれど」

 ボヤ騒ぎで謹慎処分中の銀朱を連れ歩かないようにと注意したのに、聞く耳を持たなかった今回といい。刑事なら刑事らしく、節度を守り高い見識を持たなければならないのに、彼の生意気な態度にはそれが希薄に感じられてならない。

「……ポケモンだって嘘をつくわ。彼らが社会に出る時代とはそういうことよ」
「じゃあ好きに疑ってください。俺もあなたには何も期待してません」

 両者は透明なガラスで阻まれているように、決して場所を変えず、絶対に触れ合わない位置から反目していた。

「聞き込みを続けるわよ」

 疲れる空気だ。しかし仲を取り持とうにも、微妙にはばかられる。どうしたらいいのだろう。氷点下の野外に放り出されたような冷感から脱却すべく、ウルスラは考えあぐねる。
銀朱が心配そうにキューンと啼き声を上げ、キズミのスラックスを前足でわしゃわしゃ引っ掻いた。
 アイラは歩き出そうとした。
 しかしすぐに立ち止まる。着信らしい。上着の内ポケットから振動するポケギアを取り出した。表示された名前を見て、長い睫毛に縁取られた目が敵意とは別の緊張感を伴った。

「はい、ロングロードです」

 耳に当てたポケギアを両手で包み込む。くるりと向きを変えてキズミ達を視界から外し、真剣に受け答えしている。あの様子から察するに通話相手は国際警察の関係者とおぼしい。
 ピッと電話の切れる音がして、アイラが振り返る。顔に、よくない知らせ、と書いていた。

「支部からよ。説明するからよく聞いて。単独任務にあたっていたムクホークと昨夜から連絡が取れなくなったらしいわ。ここから少し北西にある山岳地に到着したという報告を最後にね。事件性は不明だけれど、念のため最寄りの職員である私達を現地に向かわせて確認を急ぎたいそうよ。聞き込みは一旦切り上げて署に戻……ちょっと!」
「ようは戻るんでしょうが!」

 言うなりキズミは自転車の先頭を百八十度ターンさせ、サドルにひらりと跨った。アイラの脇を片足一蹴り分の助走で素通りし、銀朱とウルスラを後ろに従えてみるみるうちに遠ざかっていく。

「また勝手に……! ライキ、行くわよ!」

 だから最初によく聞けと念を押したのに、結局これだ。ぐんぐん小さくなっていく後ろ姿を睨め付けながら、彼女はフライゴンのモンスターボールを手に取った。

レイコ ( 2012/07/22(日) 16:41 )