NEAR◆◇MISS















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第三章
-3- 女子生徒
「ウルスラも、片想いだけどな!」

 アクセントの置かれる「も」。へらっと笑って告げるような台詞ではなかろうに。クラウは溜息をついた。その事実を知ったからと言って自分の薄暗さは何も変わらないと思った。

(……たとえそうだとしても、僕が身を引かないとウルスラさんのご迷惑に……わっ!)

 陰鬱な表情をしていたキルリアは突如思念を昂ぶらせる。一方、断りもなく彼の細い体を脇の下に抱きかかえたミナトは風のようにスケードボードを滑らせていった。
行く手に金属の手すりが太陽の光を反射するのが見えた。あの下り階段をまたスケードボードごと飛び降りる気だろうか。クラウの予想は、オーリーの要領でミナトがデッキを浮かせたところまでは合っていたのだが。

(ぶわあっ!?)

 ボードスライド――手すりの上を滑るとは聞いていない。
スケードボードの振動がミナトを通じて伝わってくる。それはまるで、自分が手すりとボードの摩擦から生じるこの小刻みで激しい律動と一体になったかのようだった。いつ手すりから落ちるとも知れない視覚的な恐怖を扇情する一方、普段念力で宙を浮かせている分には忘れがちな大地との繋がりが迫力をもって得られる。五秒間にも満たないのに。良くも悪くもこんなにスリリングなライディングは初めてかもしれない。
 
「頭スカッとしたろ?」

 着地の衝撃など感じていないかのように、黒髪の少年は笑顔で訊いた。
 キルリアは熟れすぎたトマトそっくりの脆そうな赤色の目をして、弱々しく頷いた。
 とっさの感情に駆られたことで、それまであった胸の淀みは一切リセットされていた。

「な。ゴチャゴチャ考えても仕方ねえだろ? オレは応援するぜ、クラウ」

 海綿の骨格に水が吸い込まれるように。その言葉がどれほど頭の縁まで染み入ったことだろう。傍観者らしく脳天気で、そのくせトンと背中を軽く後押しするような響きが心強い。
 ミナトの手が離れた。クラウは自力で浮き上がった。憧れとほんの少し悔しさの混じった眼差しを真下にある黒髪のつむじに向けて。彼は思念する。

(ミナトさんは……良い人ですね)
「そうかぁ?」

 念力で空を飛ぶキルリアをぱっと見上げた、小麦色に日焼けした少年の顔はからかうような笑みを湛えていた。
 それから二分ほどして彼らはシュナイデル=ハイスクールの正門前に到着した。二メートルはあろう乳白色の御影石張りの門塀の左手に、金字で校名の刻まれた黒いステレス製の銘板が埋め込まれている。柵状の黒い門扉は開け放たれ、校舎まで緩い石畳の坂が続いていた。

「まず最初に何やるか、わかってる?」
(はい)

 ミナトの含みのある流し目に、キルリアがこっくり頷いて答えると。
 
「よし。オレは女子のスカート丈をチェックする」
(は?)
「警部補のマニュアルにもあったろ? 校則は守れって」
(…………)
「ジョーダンだよジョーダン!」

 こんな気安い調子で捜査になるのだろうか。自分をミナトに随伴させたアイラの判断は正しかったのだと、クラウは振り返らずにいられなかった。


◆◇


 土曜日の構内はもう使われていないディグダの穴のようにがらんとしていた。グラウンドでは野球やサッカーのユニフォームに身を包んだ少年達が基礎練習に打ち込み、その奥の緑色のテニスコートからはポコンポコンとボールの当たる音がひっきりなしに聞こえてくる。別方向に耳を澄ませると、おそらくブラスバンドだろう、打楽器の厚みのある音に加えて管楽器の透き通るような音色が、遠く隔てた距離を問わずここまで高らかに響いて来ている。だが理事長室を出た彼らは、クラウが余所見をしていたためにぶつかられそうになった生徒数名を除いて、学舎に局在する活気とは無縁のまま最上階まで上って来た。

(屋上が練習場とは、飛行タイプにとって嬉しい環境でしょうね)
「なんかワクワクするな」

 他には誰もいない踊り場で、ミナトはクラウがやっと聞き分けられるような小さな声で言った。目的はポケモンバトル研究部部長――心霊写真の被写体であった女生徒との接触である。理事長と違って面会の約束は取り付けていないが、この時間なら部室よりも屋上にいる可能性が高いとミナトは考えたのだ。
 空に通じる扉は目の前。残りわずかな段差を上ろうという時になって、不意にパタパタと下の階から聞こえてきた足音が彼らを引き留めた。男女の騒がしい話し声も一緒に。

「ほっといてよリュート! あたしだってポケモンバトル強くなりたいの! バカにされっぱなしは嫌よっ」
「やめろよ、ナティ! バトルなんか時間の無駄だぞ!」

「おっ?」

 階段を駆け戻り、手すりから身を乗り出して下の様子を窺うミナト。藍色の目が嬉しそうに笑っている。急にどうしたのだろう。クラウは不思議そうに小首を傾げてから、ミナトの真似をして階下を覗き込む。
 深緑のブレザー、赤いスクールリボン、タータンチェックのベージュのスカートに黒いソックスと茶色のローファー。至ってオーソドックスな制服姿の女子生徒が一人、赤褐色の髪を結ったポニーテールを揺らしながら階段を駆け上がってくるのが見えた。
 思った通りだ。ミナトはにっこりして、さらに前傾すると「おーいっ」と親しみを込めて呼び掛ける。声に釣られて頭を上げたポニーテールの少女は、構内で出会うとは夢にも思ってもみなかった知り合いの顔にまっすぐ目を留めて、

「ウソーッ!?」
 
 と、頬を押さえて黄色い声をあげた。

レイコ ( 2012/05/07(月) 17:28 )