NEAR◆◇MISS















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第三章
-1- 学校潜入?
 涼しくて爽やかな朝だというのに。アルストロメリア署携帯獣課の職員はいたたまれない雰囲気を嫌がって、三人のいる一角には寄りつこうともしなかった。
 濃灰のパンツスーツの立ち姿が厳格なイメージをもたらす一方、暗茶色のミディアムボブは女性らしい甘さを醸し出している。アイラ・ロングはいじらしく見えるほどに持ち前の可憐な顔立ちを冷静にして、異動への緊張感を漂わせている二人の青年――黒いスーツに身を固めたキズミとミナトに告げた。

「あなた達二人は、これまで通りこのアルストロメリア署に残ることが決まったわ」
「おっしゃあ!」

 ミナトは笑い、隣にいるキズミの肩をラルトス=ウルスラがふわりと離れた瞬間にバシンと叩いた。10年来の付き合いはしぶとく続くらしい。どのみち順調に行けば来年の今頃は一人前の国際警察官として別々に配属されている予定だが。長年の相方と中途半端な別れ方をしたくないという思いを恥じらいも無く前面に出したミナトに比べ、キズミは堅い表情をほとんど崩さなかった。

「その代わり当面は私の直属の部下となるわ。今後は本部の指示で動くことも増えるでしょうから、これまで以上に職務に専念しなさい。以上よ。何か質問は?」
「あなたのような経験の浅そうな若い刑事に指導員が務まるのですか?」

 不躾な物言いをしたキズミに、アイラはかすかに眉根を寄せて歩み寄る。ミナトは「ありゃりゃ」と白い歯を見せて笑いながら頬を掻き、ウルスラとキルリア=クラウは心配そうな表情で二人の様子を見守った。

「あからさまな言い方をしてくれるのね」
「俺はただ、熟練した上司の下で働きたいだけです」
「そう」

 アイラはさらにもう一歩進み、彼のネクタイを掴んでぐいと顔を引き寄せた。さらに氷のような暖かみの欠片もない声色で、一点の濁りもなくして言葉を突きつける。

「あなた、養成所の卒業審査で一度落第しているそうね」
「……」

 大方、上司の権限で本部のデータベースから情報を引き出したのだろう。キズミは特に動じる様子は見せなかったが、自身の経歴を疎んじるような彼女のニュアンスに不快感を覚えたのは確かだった。

「ジョージ・ロング警部の観察下に置かれていたのは採用適否の最終審査の為だそうね。私も特殊カリキュラムの訓練生だったけど、あなたと違って何の問題も無かったわ。一端の口を利きたいのならそれなりの技量を見せてからにしなさい」

 冷淡に言い終えると、アイラはストライプ柄の紺ネクタイから手を離して机上のパソコンへと向き直った。
 何が技量を見せろだ、その台詞をそっくり返してやりたいくらいだ。背筋を正してネクタイの結び目を緩める間も、キズミは彼女の横顔から不機嫌そうな視線を外さない。ミナトはそそそと彼のすぐ隣にまで忍び寄り、ニヤッとして囁いた。

「今のお前さ、リード引っ張られたガーディみたいだったぜ」

 暗い面持ちで視線を落とすウルスラ。クラウはアイラの肩越しにウルスラを心配そうに見ている。朝っぱらから揃いもそろってしけた顔つきばかりだ。ぐるりと周囲を見回して、ミナトは頭の後ろで腕を組み片足をぶらぶらと前後に揺らしながら言った。

「あーあ。オレだって一回落とされてんのにスルーっすか。いいよなあキズミは」

 反応がない。無視された仕返しにミナトはキズミの足を踏みつけようとしたが、ひょいと躱されたかと思うと逆にグギュウと踏まれてしまう。たまたまその瞬間を目撃したウルスラとクラウは痛そうだと顔をしかめた。良い表情とはいえないが、どちらもさっきよりは生気のある表情になっていた。

「何を遊んでいるの?」

 ちょっと目を離した隙にこれだ。アイラは咎めるような表情をして、青年二人に呼び掛ける。これを見て、と指差されたパソコンのディスプレイには縮小された画像データがいくつも並んで表示されていた。

「春休みが開けて以降、シュナイデル=ハイスクール構内でゴーストポケモンの目撃情報が増えているそうよ。心霊写真も複数提供されているわ。それで鑑定の結果、このオーブが指名手配中のサマヨールのせいである線が強まったの」

 爪の綺麗な細い指がタンとキーを打つ。拡大された写真は夕方のクラスルームをバックに学生を被写体として、周辺に多数の丸い発光体が写り込んでいた。ミナトは一目で「あー」と納得したような声を出す。キズミは青い目を細め、何も言わずに上着の内ポケットから黒いサングラスを取り出すと、それを掛けて再び画像を見直した。

「二人のどちらかを潜入捜査員として派遣したいのだけど、金城(キンジョウ)君は強い霊感体質だそうね」
「あいよ! おまかせあれ!」

 まったく、威勢の良い返事がこんなにも軽薄じみて聞こえるとは。キズミに比べればまだ協調性はあるように見えるが、その実は同じくらい癖のある人物だという気がしてならない。アイラはデスクの引き出しから彼女の自製とおぼしき分厚い冊子を取り出すと、ヘラヘラ笑っている黒髪の少年にぽんと手渡した。

「では決まりね。これはマニュアルよ。よく読み込んでおきなさい」
「了解! で、潜入はいつからっすか?」
「写真が撮影された時刻を参考に、今日中にはシュナイデル校に向かいなさい。それと今回の捜査には私のアシスタントを同行させるわ」
(はっ)

 ふわりと床に降り立ち、片足爪先立ちで優雅にターンを決めるキルリア。色白の顔を急にハッとさせ、ぴんと背筋を張ってミナトを見上げると。

(女々しく踊ったりしてすみません……クラウです。謹慎中の銀朱さんの分まで頑張りますので、どうぞ宜しくお願いします)
「おう、こっちこそヨロシクな」

 改まったテレパシーに対し、くだけた調子の朗らかな声が返された。

レイコ ( 2012/05/26(土) 17:19 )