-5- 草VS草
週末なので、バトルネーソスへ遊びに行く。
一戦目のキズミとダイケンキ対ミナトとゴウカザルを制したのは、ミナト達だった。屋外バトルコートにガーディ=銀朱の両方を応援する声が響き、ヌオー=留紺は氷技で作った手旗のようなものを振っている。ラルトス=ウルスラが両手を組み合わせた祈りのポーズで、キズミの勝利を念じていた。
<準備はよろしいデスカ? それでは二戦目を開始しマス。バトル、スタートォッ!>
人工知能搭載型自動審判、ドローンポリゴンが旗付きのアームを掲げた。
モンスターボールを振りかざしてミナトが言う。
「ジュカイン、テイクオフ!」
黄色い種を背負うしなやかな痩身が、閃光から空中で形成される。
丸めた体を二回転させ、曲芸師のように巧みに着地する森蜥蜴。
対抗する閃光は、四肢でどっしりと屋外フィールドを踏みしめる。
付け根に立派な六弁が咲いた長い首を、堂々ともたげる花恐竜。
「メガニウムか。へえ、新緑勝負だな」
防御が得意な相手だ。弱点タイプを突ける物理技を打ちこめば、『カウンター』で返り討ちに遭う恐れもある。形勢はやや不利といえるかもしれない。だが、ジュカインには自慢のスピードがある。
ミナトの指示が飛んだ。
「影分身!」
二、四、八とねずみ算式に増えた十六体ものジュカイン。本体を含めてメガニウムを取り囲んだ分身の輪が、制御装置の壊れた回転木馬のように回り出す。一糸乱れぬ高速の足並みは目にも止まらない。
「蔓の鞭」
待ってました! とばかりに、キズミの指示を受けた巨竜の黄色い目が嬉々とした。
伸長させた四本の蔓をプロペラのように振り回し始める。しかも驚異的なスピードで。
散開するジュカインとその分身たち。
そういうことか。
ミナトはにやりとした。
「“拘りスカーフ”か……いいねえ!」
耐久面を警戒しすぎていた。裏をかかれて悔しさより面白さを感じるのは、純粋に競技バトルを楽しんでいるからだ。一見重量級の体型に見えて、身体能力は鈍足の部類ではない。アイテムで素早さを強化し、火力を補うテクニックがあれば、メガニウムにもアタッカーのポテンシャルはある。
「見切り!」
ジュカインが前傾姿勢体で地面を蹴った。五体にまで減った分身が追従する。
動体視力が強みだ。
メガニウムが目尻を上げた。四肢に力を入れる。
ビュッ! ヒョウ! と身の竦むような風切り音が乱れ飛ぶ。
蔓に打ちのめされ、数を減らす分身。残った二体の片割れも霞となって掻き消えた。
瞬間、孤高なランナーは間合いに飛び込んでいた。
「シザークロス!」
ブウンと羽音のような低音が響く。ジュカインの両手首から二枚ずつ突きだした剣葉が、虫属性のオーラをまとって振動していた。両腕で真円をえがくように丸く振り下ろした太刀筋は、メガニウムの首の花弁より一回り大きい。ズパンと高鳴る早業の音。四本の蔓が根本近くから斬り落とされた。
しかし。
「今だ」
キズミの合図。
一本の伏兵はすでに、花片に隠れて背中から前脚の裏側に添って地中に潜っていた。
「気をつけろ!」
叫ぶミナト。
間に合わない。
接近を待ち伏せしていた蔓が真下から飛び出し、ジュカインの片足首を縛り上げた。
「振り回せ!」
メガニウムがいなないた。
蔓が回る、回る、回る、回る、回る回る回る……
ハンマー投げ選手が手を離す気のない、ワイヤー付き砲丸状態のジュカイン。
こりゃひでえ、とミナトは半笑いになっていた。
散々遠心力の餌食にされた挙げ句、どかーんと地面に叩き付けられた。
目が、気の毒なほど渦を巻いている。ドローンがキズミ側のアームを掲げた。
<ジュカイン戦闘不能! 勝者、メガニウム!>
「だあぁ……ごめんなジュカイン。ゆっくり休めよ」
収容したモンスターボールに向かって、ミナトが苦笑しながら謝った。
「ったく。こんな戦法、聞いてねえぜ?」
「一度、派手に暴れてみたかったらしい」
キズミは、念願が叶って意気揚々としているメガニウムの首を軽く叩いた。
試合後に喫茶『くさぶえ』に入り、適当な席に着く前だった。キズミは看板ポケモンのリーフィアから尻尾で、脚をくすぐられた。ついてこい、と言ってるのだ。ウルスラをミナトに預け、バトルネーソスの所長室に一人で案内された。
パイナップルのとげとげした冠芽ような髪型の男は、星型サングラスを愛用している。売れっ子ファッションデザイナーを自負しており、商業用と別途で自分でデザインした奇抜な私服は好んでいる。今日は、真っ赤な男性用フラメンコダンサー衣装にフリルをてんこ盛りにしたような格好だ。
「やあやあやあ! 君がちょうどウチに来てて、グッドタイミング!」
馴れ馴れしく、キズミの肩を連続して叩く。
「用件は手短にお願いします」
「まあそう慌てず! 急に呼び出したのは謝るよ。ウチに特性『悪戯心』のヤミカラスがいたのは、知ってる? そいつが進化したのはいいんだけど、特性が『自信過剰』になったせいだろうね。脱走しちゃったんだよーヌハハハ!」
「この間、ピクシーが逃げたばかりですよね」
それのどこが笑い事なんだ。
と、淡々とした声に非難の響きが込められている。
「まあまあまあ、そう責めないでちょうだいよ。ウチは母体が破産して経営再建中なんだよ? ここの運営費はスバメの涙で、警備に回す予算の余裕なんか、ないない。こんな大変なだけで儲からない仕事、誰もやりたがらない。私は母体の偉い人に弱み……じゃなくて、昔お世話になった縁で仕方なく、オーナーやってるだけだよ? 分かってくれるだろ?」
「分かりたくありません」
ええい、スカしたガキめ! と、アナナスは内心、本性を剥きだしていた。
「私が解任されるようなことがあれば、ネーソスだって閉鎖の危機だぞ? 仲良くなったお客とレンタルポケモンが、引き離されちゃうじゃないの。せっかく築いた良い関係がリセットされて、可哀想に。君さえ黙って協力してくれれば、そういう事態は防げるのになあ! それにほら、ダッチェスちゃんの件は? また急に匿わなきゃいけないコがいたら、ウチを活用してくれたまえ。持ちつ持たれつだ、うん。ね!? 国際警察は弱者の味方だろ!」
オーナーから早口で力説された。同情の誘い方があからさまだ。
キズミは、表情から不信感を消せない。しかし。
「……約束はしません」
ぶっきらぼうに言うと、踵を返した。
「助かるよ、君はアルストロメリアで一番の刑事さんだ!」
部屋を出ていく背中めがけて言い終わる前に、ドアが閉められた。
残されたアナナスは自分の椅子にどさっと腰掛け、交渉の成功に浸った。
「他人の不幸に敏感な性格は、損だねえ……朗報、待ってるよ?」