NEAR◆◇MISS















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第二章
-6-  ガーディとチルット
 黒い外套をひらめかせるようにして、ドンカラスの気取った羽ばたきが生んだのは高圧の気流だった。あれこそがチルットと少年が引き離された原因――『吹き飛ばし』だ。ただでさえ敵わなかったあの技を、まして今は怪我を負い片翼しか機能していない『鋼の翼』で受けきれる訳がない。青い小鳥の特攻が一度目と同じか、より悲惨な結末を辿るのは目に見えていた。
 六歳前後に見える栗色の髪な男の子は、檻のようなジャングルジムのパイプを握りしめたままパッと顔を伏せた。自分目掛けて突っ走ってくるあのチルットが、むざむざと吹き飛ばされる様を見たくなかったのだ。
 突風はすぐに止んだ。引っ張られるようだった髪や水色のポロシャツの動きも、耳の穴に齧り付くようだった激しい風音も同時に収まった。男の子は祈るような気持ちで、そろりそろりと顔を上げ、ぎゅっと瞑っていた目をゆっくり開ける。

 チルットの姿は、ない。
 一緒にいたガーディもだ。

 だが何かおかしい。二体のいた場所に、あんな穴は開いていなかったのに。
頭上に張り巡らされたパイプに留まっているヤミカラス達も騒然としている。ドンカラスはまるで舌打ちでもするかのように、短くチュッと鳴いた。

「あっ!」

 分かった。
 青ざめていた男の子の顔がほころんだ途端、靴の爪先すれすれのところで地面がボコッと盛り上がる。まるで火山の噴火のごとく、出来たての小さな塚を砕いて溶岩のように飛び出したのは燃える毛色の体だった。
 ガーディだ。
 クリーム色の鬣に乗せている青白の丸っこい物体を、首を振ってさらに高く打ち上げる。パイプ格子の一マスを一直線にくぐり抜け、砲丸のような勢いで飛んでいくチルット。白い綿雲のような翼がキンと金属音を立て一瞬で硬質化する。ジャングルジムの頂上を陣取っていたドンカラスが思わず仰け反った。 しかし回避が間に合わない。
 垂直に振り上げられた『鋼の翼』は、ドンカラスの目と鼻の先で帽子の鍔を切り裂いた。バッと散る黒羽。深々とした一本の裂け目から、本来鍔の下で隠れているはずの暗赤色の虹彩が片方覗く。
 どよめくヤミカラスの群れ。
 突然、真上を向いていた男の子の顔にガーディが覆い被さった。視界が暖かなふさふさの毛に塞がれて何も見えない。慌てふためき、尻餅をつく少年。ドンカラスが注目の的となっている隙にガーディは口から掌大のオレンジ色の光球を発射する。『弾ける炎』だ。ちらと下を見遣ったドンカラスが素早く上昇し、チルットが青いシールドを張って身を『守る』。ヤミカラス達がまともに飛び上がらないうちにパイプにぶつかった光球は花火のように爆散した。
 熱い。眩しい。降りかかる炎の飛沫に逃げ惑う黒い羽の群れ。ガーディは少年に覆い被さることで、火の粉から彼を守る役目も果たしているらしい。
ただの愛玩用の家禽と低レベルな犬公だと思っていたのだが。お遊びもこのくらいにしてそろそろ引き上げるべきか――帽子の鍔を片翼で押さえ、嘴の端を歪めて笑うドンカラス。
 ヂェヂェーッ! と、チルットが鋭くさえずった。しかしドンカラスは歯牙にも掛けず、「グアッ!」と濁った声で子分に向かって鳴く。そして黒と赤の二層になった大きな翼を羽ばたかせて上昇し瞬く間に飛び去っていった。続いてヤミカラス達がギャアギャア鳴きながらボスに追いていかれまいと飛んでいく。やかましい羽音がみるみる小さくなり、ほどなくしてぱたりと途絶えた。
 
 カラス達はもう、一羽残らずいなくなったはずだ。それなのに、チルットの発する警戒音がいつまでも止まないのはおかしい。嫌な予感がする。重たくのし掛かるガーディの下からなんとか頭を出した少年は、青い小鳥の声が聞こえる頭上を仰ぎ見た。

「えーっ!」

 公園の木が燃えている。
 目を塞がれていたので直接『弾ける炎』を見た訳ではないが、少年が真っ先に思い当たったのはやはりガーディの事だった。おそらくさっき何か炎の技を発した際に枯れ枝に燃え移ったのだろう。今はまだ火の手が小さいものの、このまま放っておくと……

「ど、どうしよう! アフロ、どうしよう!?」

 パニックになっているのはチルットも同じだ。怪我をした翼で中途半端な風を送っては余計に火の勢いを増してしまう。ぴょいぴょいとパイプからパイプへ飛び移り、少年の目の前まで降りてきたチルットの顔は、青い羽毛で覆われているのを差し引いても真っ青に見える。

「ガーディ、きみの炎がたいへんだよ! ガーディ? ガーディ!」

 揺すっても揺すっても反応がない。どうしたのだろう。少年がガーディの顔をよくよく見ると、なんと両目をくるくる回して気絶しているではないか。ヤミカラス達に何かされたのかもしれないと彼は思う。パチパチとはぜる音が一秒毎に大きくなっている気がした。早く火を消さなければ。でも助けがいる。とにかく、今すぐ誰かを呼びに行かないと。早く、早く。
 その時だった。

レイコ ( 2012/04/07(土) 16:51 )