NEAR◆◇MISS















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第二章
-5- 少年とチルット
 空は陽気に晴れており、木の葉の隙間から眩しい日差しが零れていた。 
 ガーディ=銀朱(ぎんしゅ)の捜索は、チルットが空を飛ばされてきたこともあり初めこそ手探りだったが、途中少年の臭跡を発見してからはぐんとスムーズになった。チルットの主人でありはぐれたというその少年が見つかるのも、二匹には時間の問題だと思われた。
 怪我で飛べないチルットを背中に乗せ、ガーディ=銀朱(ぎんしゅ)は鼻先をアスファルトの地面に擦るようにしながら急ぎ足で進んでいた。「うぁん」と、そろそろ付近までやって来たことを伝える銀朱に、チルットは驚いたようにさえずった。
 
 チーチッチッチ、チー。
 随分鼻が利くのですね。何か訓練を受けておられるので?
 
 銀朱は鼻を下向けたまま「うぉーん」と答えた。
 
 ヂヂッ! チリッチッチッチリリー。 
 なんと! 国際警察のお噂はご主人様より聞いております。
 
 しかし銀朱はがくりと耳を垂れて、過度な期待はかけないでねとばかりに弱気な声で鳴き返す。

「わぉう。あぅあぅ、うぉおうおう……ワウ!?」
 ヂヂッ!
 あれはっ!

 二匹が同時に見上げた青い空を、性格の悪そうな三羽の黒い烏が割って行った。

 ヂチチッ!
 行ってみましょう!

 チルットが円らな黒い目を吊り上げて鳴く。銀朱は、翼を広げて飛んでいく黒い鳥――ヤミカラス達の後を追った。だが、降下していくヤミカラスを追っていくとあえなく菱形金網のネットフェンスで行き止まりになってしまった。どこかに抜け穴はないだろうか。銀朱は向こう側の乾いた砂の臭いを嗅ぎ、さらにフェンスに沿って走り始める。
 あったあった。金網がひしゃげ、下に隙間が出来ている箇所が偶然にも見つかった。まるで何かが激しく衝突した跡のようだ。金網にこびりついているタイヤや塗装の臭いから、銀朱は知ったバイクを1台ぽやんと思い浮かべた。が、それをすぐに頭から振り払い、前足で土を掻き出して隙間を大きく広げていく。一定のスペースが出来上がると、銀朱はまずチルットを鼻で押して先にくぐらせ、その後自分も頭をねじ込んで無理矢理通り抜けた。
 狭いグラウンドを、砂埃を上げながら突き進む。公園に駆け込んだ二匹がジャングルジムを目前にすると、振り向いた十羽以上のヤミカラスがジムのパイプから一斉にバサバサと飛び立ちまたすぐ元の位置に戻った。
唯一、群れの中心にいたふてぶてしい大烏――ドンカラスだけは飛ぼうともせずその場に留まり、チルットとガーディを見下ろしてフンと嘴の両端を吊り上げる。
 そして、遂に見つけたチルットの主人とおぼしきその男の子は、まるで檻に囚われているかの様子でパイプ格子の奥で膝を突いていたが、チルットを認めた途端急に立ち上がってパイプでゴーンと頭を打った。

「アフロ!? いでで……」

 年は6、7歳。髪は栗色で少し癖があり、これと言って特徴のない人の良さそうな顔立ちをしている。水色の半袖ポロシャツ、ベージュのズボン、緑のリュックサックと服装も至って普通だ。チルットは“坊ちゃま”と敬った呼び方をしていたが、先入観を持ってしても高貴な家柄の出身には見えなかった。
 人懐こい銀朱は早速少年に興味を示し尻尾をぱたぱた振りかけたが、ヤミカラス達の視線にたじろぎ「くーん」と鼻を鳴らすと尻尾を後足の間に巻き込んだ。
 少年も見知らぬガーディを気に掛けつつ、安堵した声でチルットに呼び掛けた。

「よかった! どこまで『ふきとばし』されたのかと思って、心配してたんだ……」
 チチチチチチ!
 あぁ坊ちゃま、大変申し訳ございませんでした!

 チルットは少年に向かって甲高く鳴くと、ヤミカラス達に怖じ気づき耳を垂れて二の足を踏んでいる銀朱からぴょいと地面に跳び下りて、また鋭い声で鳴いた。

 チリー。チッチッ、チヂヂヂ!
 銀朱殿はお下がりを。このアフロ、ただ今坊ちゃまの元へ参ります!
「ケンカしないで、アフロ! ぼく大丈夫だから!」

 只ならないき方に少年は不安を感じたようだ。

「ほら、ジムがバリケードの代わりになってて、みんな奥まで入ったら簡単に飛び立てないと分かってるしさ、そのうちみんな諦めてどっか行っちゃうよ!」

 それを聞いてガガガと濁った声で笑ったドンカラスは、翼を指のようにちょいちょいと動かして眼下の二匹を『挑発』する。キリキリッ! と、勇ましく鳴くや否や、チルットは怪我をしていない方の翼の白綿毛を、鋼鉄の銀色に満たして光輝かせた。正面から突っ込めばドンカラスの思う壺だ。また『吹き飛ばし』を受けてしまう。少年はチルットを思い留まらせようと必死で呼び掛けた。

「『ちょうはつ』にのっちゃダメだよ!」

 『鋼の翼』を水平に保ち。短足、走る。

「まってってばーっ!」

 パイプ格子越しにチルットへ向けられた、少年の声が虚しく響いた。

レイコ ( 2012/02/22(水) 23:55 )