NEAR◆◇MISS















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第二章
-3- デッドロックバトル! 後編
 黒髪の青年はしゅっと繰り出した拳をぴたりと固定し、小麦色の顔をニヤッと綻ばせた。藍色の目が賢しらにきらきらしていた。

「“あの一撃”が利いたんだろっ。ボグウッ!っていい音したもんな」

 炎タイプの観察眼はキズミの方が優れている。だからミナトは見当が付いた。彼が『大文字』ではなく『火炎放射』を指示した理由。レンタル・カメックスの“パンチ”が相手の主砲である口に痛手を負わせたので、『ソーラービーム』の余力を残したのだろうと。

 ざっと10年。キズミと6歳からの付き合いだ。
 試合(ゲーム)は好むがポケモンに不要な負担をかけたがらないところをミナトはよく知っていた。バトルの引き際の良さはいつものパターンだった。
 キズミがリザードンを医療ルームに転送するため建物内に備え付けのマシンを起動する間、手持ち無沙汰のミナトは彼のブロンドの後ろ頭から視線をバトルフィールドに戻した。
 ぽつんと取り残された満身創痍の甲羅に目を留めてさすがに笑みを少し引っ込める。けれどもすぐに持ち直し、どんより漂う失意に向かって大きく叫んだ。

「おーっすタフガイ! ナイスライディングだったぜ」

 真後ろから飛んできた声援に振り返るカメックス。落胆していた顔つきが半ば呆れつつも和らいだので、ミナトはもちろん、それを一瞥したキズミも心なしか安堵しているように見えた。


 
<準備はよろしいデスカ? それでは試合を再開しマス。バトル、スタートォッ!>

 自動審判ドロイド=ジャッジボットが赤と青それぞれ別の旗が付いた両方のアームを胸の前でクロスし、ばっと大きく翼のように広げる。
第2ラウンドの幕開けだ。体力的にもう後がないカメックスを一旦退かせ、今試合での二体目を披露すべくモンスターボールを振りかざしてミナトが言う。

「ジュカイン、テイクオフ!」

 緑色のしなやかな痩躯が閃光から形成される様は眩い鎧を一瞬で風に取り払わせる技芸のようであった。丸めた体を空中で二回転させ、着地の瞬間まるで忍者のように軽やかに跪くジュカイン。
 かたや対抗者は巨大な光球を内側から突き破るようにして登場し、木の幹を思わせる太い四つ足でどっしりとフィールドを踏みしめる。付け根が花片で囲われた長い首を高々ともたげるメガニウム。
構える草竜たちを目前にミナトの声は楽しげだったが、余裕とは別物であった。

「へへっ、新緑勝負か」

 同じ草タイプであり耐久もあるメガニウムが相手では決定打に欠ける。弱点を突こうと下手に物理技を打ちこめば『カウンター』で返り討ちに遭う恐れもある。形勢はやや不利といえるかもしれない。だがジュカインには自慢のスピードがあった。

「影分身!」

 二、四、八とねずみ算式に増えた十六体ものジュカイン。本体を含めてメガニウムを取り囲んだ分身の輪がリミッターの外れた回転木馬のような運動を開始する。一糸乱れぬ足並みは高速で打ち出されるミシン針のように目にも止まらない。

「蔓の鞭」

 待ってました!
とばかりにキズミの指示を受けた巨竜の黄色い目が笑う。
 ミナトのうなじがチリッと痺れた。
彼の直感は違わなかった。メガニウムは伸長させた蔓を嬉々として振り回し始めたのである。それも驚異的なスピードで。メガニウムの蔓の速度がジュカインを凌駕する――通常ならばありえない。ミナトは我が目を疑った。攪乱する立場が一気に逆転した。
 吹き荒れる反撃に散り散りになるジュカインとその分身。逃がすまい、とすべらかに追跡する幾本もの青い筋。
 そういうことか。
 耐久面ばかり警戒していたせいで盲点をつかれたらしい。ミナトは思わず声を上げる。

「そっか、“拘りスカーフ”……まいったぜ!」

 恐竜によく似た逞しい体型からは一見予想もつかないが身体能力は決して鈍足の部類ではない。なぜすぐに思い当たらなかったのだろう。アイテムで素早さを補強し、あとは本人のやる気と火力を補う技術があればメガニウムも立派なアタッカーとなることに。
 冷静に、しかし迅速にミナトは思考する。
ここで交代の隙をつかれては本末転倒。
 多少強引にいくとすれば蔓を封じるのが先決だろうと。

「見切り!」

 「ジェァッ」と応答したジュカインが体を前倒しにして強く地面を蹴った。
五体まで減ってしまった分身たちもすみやかにターンする。
 危ない。
 走り出して間もなく本物の右側頭に迫る一本の蔓。
 しかし蔓の楕円形の先端はさっと下向きに反らされた首の真上をヒュオウッと何事も無く通過しただけだった。ちっと顔を歪めるメガニウム。
 上半身と尾を水平に保ちぐんぐん切れ味を増すジュカインの小隊。
 速い。
 メガニウムは眉間に皺を寄せた。太い四肢に力がこもる。
 花片を纏う首根から蔓が扇の骨のように拡張され、緑の津波となって押し寄せた。
 ビュッ! ヒョウ! と身の竦むようなエオルス音が乱れ飛ぶ。蔓の動きは獲物を襲う蛇さながら。しかしジュカインの実体はその上手を行く。とっくに人間の肉眼で捉えるのは難しい域に達していた。
 その傍らで蔓の直撃を喰らい着実に数を減らす分身たち。そしてとうとう最後の影が霞となった。

 瞬間、孤独なランナーは間合いに飛び込んでいた。

「シザークロス!」

 ブウンと虫の羽音のような低音が響く。ジュカインの両手首のほどから二枚ずつ突きだした剣葉が青緑のオーラを纏う。
 満月型の太刀筋が花片の飾る首回りを一回り大きく飲み込んだ。
 ズパンと高鳴る切断音。羽のように飛散する意志なき蔓。
 胸がすく早業である。

 しかし。
「今だ」
 キズミの合図に不敵な笑みがメガニウムをよぎる。
 すでに伏兵は首根の真後ろの花片の裏より背筋に沿って地中に潜り込み、獲物の接近を心待ちにしていたのだった。
「ジュカイン!」
 ミナトの呼び声も虚しく地表を砕いて躍り出た一本の蔓がジュカインを背後から搦(から)め捕る。
 キズミの声が通った。

「回せ」

 「ぴゅららぁ!」とメガニウムが元気に鳴いて、持ち上げた蔓を投げ縄のように操り始めた。必死に抵抗するジュカインだが回転は加速していく。
 まわる、回る、回る回る回る回回回まままま……
 続く。まだ続く。まだまだ続く。最初に仕掛けた分身のサークルの比でない。一体いつまで回転が続くのだろう。 
 長い長い滞空時間。これはもう完全にアウトだ。ミナトは半笑いになっていた。
 
 散々振り回された挙げ句、はたき落とされた蝿のように地面に打ち付けられたジュカイン。途方もなくひどい目眩に苛まれていた。フィールドに投げ出された細身がぴくりともしないのを認識し、ジャッジボットがキズミ側手のアームを高く掲げる。

<ジュカイン戦闘不能! 勝者、メガニウムーッ!>
「だあぁ……ごめんなジュカイン。ゆっくり休めよー」

 手の中のモンスターボールに向かってミナトが苦笑しながら言葉を掛ける。
次でいよいよ三回戦だ。

「ったく……耐久はどうしたこらっ。聞いてないぜ?」
「一度派手に暴れてみたかったらしくてな」

 キズミは念願叶って意気揚々としているメガニウムを戻し、新たなモンスターボールを構えて言った。

<準備はよろしいデスカ? それでは、バトルスタートォ!>

 ミナトはバクフーンを。キズミはオーダイルを――
 


◆◇




「じゃーオレ日替わりランチとジンジャーエールな。おいキズミ、遠慮すんなよ!」

 くしゃっと跳ねた黒髪。日焼けした小麦色の肌。悪童のように輝く藍色の目。外見のパーツを見る限り東洋出身はほぼ確定だった。出で立ちはピンクのチェックシャツにカーキグリーンのミリタリーブルゾンを羽織り、ライトグレーのダメージデニム。
 むろん似合っているが元々スタイルが良いので何を着ても決まるのだろう。そんな彼は軽い言動で有名なのだが美形という点を差し引いてもなぜか憎めない独特の気質を備えていた。

「人に奢らせるくせによくそんな口が叩けるな」

 太陽の光を集めたような金髪の下で普段は凛々しい青い瞳が愛想を尽かしていた。服装は黒いポロシャツに下は青いデニムと至ってシンプルなもののすらりと締まった体型がそれほど手抜きを意識させない。
 いつものようにラルトスを連れた眉目秀麗なその青年の元では、迂闊に近寄りがたいムードと神髄の引力が絶妙なバランスで共存していた。

「うふふ……やっぱりあの二人は目の保養だわぁ」
 
 喫茶『くさぶえ』の常連客を怪しく見守るウェイトレスが二人。
ポニーテールの少女ナティは先輩ウェイトレスの言葉にニヤニヤと頷いたがすぐに暗い顔になって溜息をつく。

「でも先輩、あの人たち性格が……」
「しっ! それは言わない約束でしょナティ」

 先輩のらんらんと光る目に脅され、ナティは慌てて口を押さえた。

「世の中ねえ、なんでもかんでも揃った男なんていやしないのよ……」
「そうですね、先輩……あ、オーダー取りに行ってきます」

 ナティはポニーテールを揺らしながら二人の常連客に近づいていく。キズミの傍まで来ると少し緊張した。

「ご、ご注文はお決まりでしょうか?」
「お、ナティちゃん! じゃあデートの誘い一つ下さーい!」

 ミナトの言葉に「えっ」と反射的に頬を赤らめるナティだったが。

「あー、でもあっちの先輩からも欲しいなー。なはははは!」
「ご注文はお決まりでしょうか?」
 
 仮面のような笑顔と底冷えのする反復だった。

「日替わりランチとジンジャーエールが一つ。ベリブタルトセットが一つ、ドリンクはコーヒーで。あとチョコパフェ一つ。以上で」

 会話の主導権を何食わぬ顔でかすめ取るキズミ。ナティはぐっと手に力を込めた。伝えるなら今がチャンスだ。

「……あのね、ピクシーが戻ってきたの……! キズミ君といろいろあったけどちゃんと……」
「なんの話だ。勝手に巻き込むな」

 やっぱりだ。予想はしていたが邪険にされるのは悔しかった。ナティはプクリンのように頬を膨らませ、早口で注文を確認するとポニーテールをぶんと振って行ってしまった。それを見たミナトがキズミに向かって肩をすくめた。

「おいキズミ、もうちょっと優しくしてやれよ。感じ悪ぃのは良くないぜ」
「余計な噂を立てられたくない」
「噂? 噂か。お前ら付き合ってんだろーってやつかアハハッ」
「バカを言え」

 呆れ果てたキズミがミナトの眉間にメニューの角を振り下ろす。

「あぅいっでええぁっ!」
(こほん。それにしてもピクシーさん、アナナス様のお許しが出て良かったですわね)


 その頃、激辛の香辛料の瓶を穴の開くほど見つめ、注文の品にぶっかけたい衝動を押さえ込んでいるナティの肩を先輩が優しく叩いた。

レイコ ( 2011/10/29(土) 20:55 )