NEAR◆◇MISS - 第二章
-2- 炎VS水
(キズミ様、お電話ですわよ)

 鈴を転がすような女声のテレパシー。
 ネイビーブルーの携帯端末が念力で宙を飛び、キズミの右手に収まった。
「ミナトか。休日なのに早起きだな」
『キズミお前、今日も警部の件の聞き込みする気だろ』

 図星だ。スピーカーの向こうでミナトがやれやれと頭を掻く気配がする。

『オンとオフを切り替えらんねえ奴は大成しないぜ』
 
 ピンポーンと絶妙のタイミングでチャイムが鳴った。はい只今、と発信されるテレパシー。すいーと飛んでいったウルスラがドアの前で一旦停止する。ドアスコープを覗くまでもないのだろう。細い白腕を撫でるように横へ引く。念力でチェーンロックがカチャンと外れ、ドアノブが回り手前へ引かれた。外に突っ立っていた訪問者はにっこり顔を綻ばせ、耳に押し当てていたワインレッドの携帯端末をポケットにしまう。まったく予想を裏切らない男だ。

「じゃーん。邪魔するぜ!」

 ミナトは身なりに気を遣うのが好きな、洒落っ気のある男だ。インナーの上にピンクのチェックシャツを羽織り、ライトグレーのダメージデニムとオレンジのスニーカーを履きこなす。スタイルのよさがと春らしい出で立ちが相乗効果を生んでいる。部屋に上がりむと、テーブルを挟んで朝食中のキズミの正面に回り込み、ニカッとした。
「『ポケモンバッカー』の新作買ったけど、ウチ来る?」
「あのゴミ屋敷に? たまには片付けろ」
「ゴミじゃねえ、蒐集だ。良い意味で物欲旺盛なんだ。な? ウルスラ」

 ウルスラは苦しい愛想笑いをした。

「だったら、ネーソスでレンタルバトルしよう。先行ってるぜ」
 返事も聞かずに、ミナトは勝手に決定して出て行った。


◆◇

 
<審判はポリゴン/ジャッジボット/シリアルナンバーS-492が務めます・使用ポケモンは一体・どちらかのポケモンが戦闘不能となった時点で試合終了です・それではバトルを開始してください>

 赤と水色の角ばった水鳥のような形状の、ドローンポリゴンが定型文を読み上げた。
 空には霞のような雲がかかり、おだやかに晴れている。屋外コートに観客席はついていない。キズミ様ー! と、ラルトス=ウルスラがコート後方から声援を送った。反対サイドのガーディとヌオーが応援ダンスを踊っている。
 トレーナーエリアに立つ二人が、息ぴったりにレンタルボールを投げた。
 ミナト側からは落雷のごとく閃光が地表にぶつかり、地鳴りを響かせた。頑丈な甲羅がブレイクダンスのようにスピンを利かせてから立ち上がる。肩口から二門のロケット砲がせり出した。
 キズミ側のボールからは閃光が照明弾のごとく昇り、実体化した橙色の体躯が青緑の翼膜を全開した。咆吼が大気を震わせた。飛竜は尾先の末端の灯す炎の火力を上げて、熱い火花をばら撒いた。

 カメックス対リザードン。

 養成時代のタイプ別育成科目では、キズミは炎、ミナトは水を専攻していた。
 いきなりの、得意タイプ同士のぶつかり合い。待ったなしの、大盤振る舞いだ。

「日本晴れ」
「アクアジェット!」

 指示はキズミの方が早い。だが技の性質上、先手を取ったのはミナトである。両後足を引っ込めた甲羅の孔から、ジェット放水。水エネルギーをまとった頑丈なボディがミサイルのように飛び、宙に留まるリザードンの鳩尾に激震を与えた。
 鈍痛でガハッと開く長い顎。おえっと白熱の球が吐き出された。カメックスはまぶしさに瞼を細めた。ミラーボールのように宙に浮いてとどまる疑似太陽。強い日差しにさらされたバトルフィールドは、天候が炎タイプに有利な【晴れ】に変化した。
 目が眩んでいるカメックスの脳天へ、先端に炎の灯した尾が鮮やかに振り下ろされた。つづいて振り上げられ、顎の下からアッパーカットを喰らう。よろめいたカメックスが踏ん張り、逆襲のパンチがリザードンの横っ面を殴り飛ばした。

 ミナトは分析する。『日本晴れ』か。となれば、使える技を一つに固定してしまうこだわり系アイテムは未所持。ソーラービーム用の【パワフルハーブ】も無さそうだ。晴れ状態では水威が半減とはいえ、近接で弱点攻撃を受けたくないはず。体術にやたらとキレがあるが、ひとまず【特殊型】を警戒しよう。
 ところが。

「鋼の翼」
「マジか!」

 接近物理技、それも水タイプに効果は今一つの鋼技。

「転ばせろ」
 
 翼をすぼめ、真っ逆さまに急降下するリザードン。
 地面にぶつかる寸前で大きく広げられた被膜が強い揚力を発生させる。

 白刃一閃。

 銀翼に、右のロケット砲を突き上げられた。派手にひっくり返るカメックス。悠々と飛び去るリザードン。頑丈な甲羅があだとなり、素早く起き上がれない。疑似太陽を背にした逆光の炎竜は、両翼を堂々と広げ旋回する。

「ハイドロポンプ!」

 ガチャッと可動音を立て、仰向けのまま照準を定める二門の砲。高圧の噴水がリザードンに迫る。『鋼の翼』が胴体への被弾を防いだ。強い日差しの加護を受けながら、大胆にも噴水を押し切って、突っこもうとしている。

「上だ、カメックス!」

 ミナトの機転にカメックスが応えた。口から、三本目の高水圧を噴射する。翼の盾の脇を素通りし、ヤシの木のように末端がひらいて土砂降りの雫を浴びせた。背後から体温を奪われたリザードンが思わず地面に降り、ずぶ濡れの体をぶるぶる振った。
 
「大丈夫か?」
 キズミの問いに、翼を広げて不敵に牙を覗かせる炎竜。
 ミナトはにやっとした。
「へへ。やっぱキズミとのバトル楽しいよ。歯ごたえあるぜ!」
「余裕だな、ミナト。ソーラービーム!」
 炎竜の青眼に緑光が宿る。日差しの力でエネルギーの充填は不要だ。
 口から、衝撃波をともなう草エネルギーの大技をぶっ放した。
「耐えろカメックス! ピンチはチャンスだぜ!」
 太い光芒に真正面から飲み込まれる直前、カメックスの全身が淡く輝いた。草技の威力を半減する【リンドの実】。照射の透過を耐えきった甲羅は、ぼろぼろに煤けていた倒れそうで倒れないカメックスから湧きだす、水のオーラ。体力を追いこまれ、特性『激流』で闘争本能が高まっているサインだ。重い甲羅を背負う体を支え直す強気な足音が、勝負の続行を望んでいる。
「よっしゃあ、殻を破る!」
 守りを捨て、後先無用の攻撃態勢に転じる。
「【晴れ】がなんだ! こいつを食らえ!」
「リザードン、こらえる!」
 砲口から発射音がとどろいた。桁違いの『ハイドロポンプ』。大量の水粒子で景色が白く、雲の中へ飛びこんだかのように変わる。鋼鉄をも粉々にする高圧に直撃され、リザードンが吹き飛ばされた。体力は首の皮一枚でつながったが、飛ぶ力が出ない。尻尾の灯火が青白くなった。『猛火』が発動したのだ。 

 審判、とキズミが呼びかけた。
 いち早く、負けず嫌いな炎竜が反抗の目をキズミに向けた。

「降参する」


 


 みずから最前線で戦うキズミのポリシーは裏を返せば、手持ちポケモンを自分の都合に巻き込んで危険な目に遭わせたくないという気持ちの表れだ。家族の一員だったパートナーへの深い罪悪感から、競技バトルすら娯楽だと割り切れなくなっている。
 ポケモンは人間より丈夫な生き物だというのに。アシスタントのウルスラは、キズミがいつか殉職するのではないかと恐れている。同じくらい、ミナトも親友の頑固さには手を焼いていた。暇を見てはレンタルバトルに誘い、ポケモンを戦わせることへの心のリハビリをさせようとしている。
 対戦で負けたほうが、施設内の併設喫茶『くさぶえ』でおごるルールだ。
 ちょうど空いている時間帯で、看板ポケモンのリーフィアがあくびをしている。
 たらふく食ってやるぜ。と、ミナトはメニュー表を広げて意気込んでいた。
「ちなみによ、リザードンの“持ち物”……達人の帯、じゃね?」
「正解」

 競技バトルに持ち込みが許されているアイテムは通常、電子空間でデータ化したポケモンにインストールされ、一種の生体アプリケーションとして機能する。アイテムの不可視性はトレーナー間の駆け引きを生みだし、試合展開を一層白熱させるのだ。

「よっしゃー! 注文追加!」
 ガーディとヌオーも歓声を上げた。
「少しは遠慮しろ、ミナト」
「ナティちゃん! オーダーいい?」
 全然聞いていない。
 ホールスタッフのアルバイト少女も呆れて言う。
「はいはい、デート一人前とかはなしね」
「つれないぜ。前はオレに見とれてたろ?」 
「うっ……性格がよくなきゃ意味ないの!」
 むきになって揺れるポニーテール。
 ミナトは茶目っ気たっぷりに笑い返した。

レイコ ( 2011/09/13(火) 23:33 )