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第二章
-2- デッドロックバトル! 中編
 炎タイプのリザードンに対しカメックスは水タイプ。養成時代に専攻していたタイプをそのまま再現する出足となった。相性的にはキズミが圧倒的に不利。しかしミナトはそんな甘い勝算を端から捨てている。
豪気な翼だ。『竜の舞』で素早さを上げる線は薄いと見えた。

「日本晴れ」
「アクアジェット!」

 指示はキズミの方が早い。だが技の性質上先手を取ったのはミナトである。両後足を引っ込めた甲羅の孔から豪水をジェット噴射しロケットのように打ち上がるカメックス。水エネルギーを帯びた重量感溢れるボディが目にも止まらぬスピードで虚空を穿通し宙に留まるリザードンの鳩尾に激震を与えた。
 鈍痛でガハッと上下に開く顎、おえっと吐き出されるバレーボール大の疑似太陽。速度を失い落下を開始したカメックスは至近距離からの発光に思わず目を覆う。屋内スタジアム全域が強い日差しにさらされ炎タイプに有利な【晴れ】の環境に変化した。

 カメックスの落下の合間もミナトは思考を働かせる。皮切りの挨拶は『日本晴れ』。補助技で足場を固めに来る予想は当たり、技の固定と引き替えに能力を高める【拘り】アイテム、ソーラービームをチャージ無しで撃てる【パワフルハーブ】の不所持は確定。上限4種類の使用技のうち、体力を犠牲に最大限まで攻撃力を引き出す『腹太鼓』は汎用性が低く技スペースも圧迫するため候補から除外できる。やはり【特殊型】か。
 激突から3秒弱。地響きを立てて着地するカメックス。
【晴れ】の天候下では水技の威力が半減する。が、『アクアジェット』のスピードをもって『身代わり』は牽制されたはず。ミナトは離れた距離から撃てる特殊技が来ると睨んだ。
 しかし。

「鋼の翼」
「ミ……なっ」

 接近物理技、それも水タイプに効果は今一つの鋼技。

「転ばせろ」
 
 翼をすぼめ、真っ逆さまに急降下するリザードン。
 地面にぶつかる寸前で大きく広げられた被膜が強い揚力を発生させる。

 白刃一閃。

 カメックスの右のロケット砲を、太刀のごとく斬撃する銀翼。ダメージはほぼ無いが下から一点集中で突き上げられたショックにより、バランスを崩された。派手に倒れるカメックス。急な逆放物線を描いて悠々と飛び去るリザードン。頑丈な甲羅もひっくり返されては逆効果だ。疑似太陽を背にした逆光の炎竜は銀色から橙色に戻った両翼を堂々と広げ旋回する。

「ハイドロポンプ!」

 ガチャッと可動音を立て、仰向け状態のまま照準を定める二門の砲。水蒸気で、砲口が白く爆発したかのように見えた。高水圧の尖塔がリザードンを追いつめる。しかしまたしても『鋼の翼』で身を守られ、強い日差しの加護を受けながらなんと大胆にも噴水を力で押し切りだした。このままいくと、じきに腹部が窮地にさらされる。

「『晴れ』がなんだ!」

 ミナトの一喝にカメックスが応えた。砲台は狐につままれたように静まり、代わりに牙の見える口から白化粧の巨木を彷彿させる水柱が撃たれ、翼で盾をつくったまま行動が出遅れたリザードンの脇を素通りしてスタジアムの天井に到達した。ドーム状に爆散した無数の雫が一斉に地上へ押し寄せた。
 突然の体温低下に見舞われ、呻きを漏らすリザードン。キズミは。
 
「落ち着け。この水はひやかしだ」

 怯えるかよ、と不敵に牙を覗かせる炎竜。図星を突いて上手く戦意を高めたか。苦手な水でプレッシャーをかけたつもりが逆手に取られたらしい。ミナトはにやっとした。

「へへっ、言ってくれるじゃんかキズミ……!」

 身を起こしかけたカメックスをずぶ濡れのリザードンが追撃する。長い橙色の尾が先端に灯る炎の残像も鮮やかに振り切られた。高速の一撃が下顎に入る。
 アッパーカットを喰らい再びバランスを崩すカメックスだが、“なめんじゃねえ!”とばかりに踏ん張ると意地の籠もった握り拳でリザードンの横っ面を殴り飛ばした。

「注意しろ!」
 
 キズミの呼び掛けに、横様に弾き飛ばされたリザードンがはっと一回転した。危うく叩きつけられる寸前だったスタジアムの壁を蹴り進路を180度変えて滑空する。

「来るぜ! ハイドロポンプ!」
「鋼の翼で防御しろ!」

 硬化した銀翼が盾のように前面を覆い隠す。降着し護りに入った翼を刺突せんとするハイドロポンプ。劣勢に見えたリザードンだったが流水に3メートルほど押し負けた時点で拮抗にまで縺(もつ)れ込んだ。真っ向勝負になると『晴れ』で衰えた水威が嫌でも視覚化される。

「っと、“鋼”の翼にゃ水はイマイチか――」

 攻撃は最大の防御と云ったものだ。炎から鋼への属性変化をうまく利用しているだけではない。ポケモンのモチベーションを制御し苦手意識を克服させるのもトレーナーの務めである。だがバトルにおいてもう一つ、諸刃の剣ともよべる素質がキズミにはあった。敵味方の境界を越えあらゆる士気を衝天する異端の存在感。世に言うカリスマ性という奴かもしれない。
 やっぱ楽しいな。お前とバトルすんの。
 ミナトは揚々と顔をほころばせ、そして言った。

「――そこをぶち破んのが……美学(エキスパート)だぜ!」

「……末端、充填!」

 尾先の炎が紫の球形となる。

「上だ、カメックス!」
「火炎放射!」

 直線放水を維持し相手の動きを封じる左ロケット砲に対し、照準をずらした右ロケット砲が上空からアーチ型の王手をかける。
 瞬間、『猛火』が発動した。
 キズミのタイミングは完璧だった。
 鋼の翼が解かれ口腔が明々と金色に躍動する。満を持し、充填を命じられた命の灯火が天を駆ける。
 挟み撃ちのハイドロポンプが灼熱の魔手に堕ち――気化。
 フィールドへ充ち満ちる霧の海にカメックスの視界が沈む。白煙を纏い突出するリザードン。堕ちる影。届く声。

「ミラーコート!」
「ソーラービーム!」

 竜の碧眼が緑光を宿す。【草のジュエル】とは厄介な兆候である。だが同時に最大のチャンスでもあった。反撃の望みを“あの一撃”に賭ける。ミナトはカメックスと自分の直感を信じた。
 リザードンの体内で増幅する草エネルギー。血潮の脈動が止まらない。 

 かつてない光芒。

 一掃される深い煙霧。物理的な天使の梯子に腹甲を射貫かれる直前、カメックスの全身が淡く輝いた。草技の威力を半減する【リンドの実】。しかしその効能も過信できない。
 照射の透過した体躯は燃え尽きていた。
 甲羅の重さか、後方に傾く。そうかと思えばゆるやかに前傾する。前後の揺れ幅が徐々に大きくなっていく。
 ゆっくりと。前のめりに。
 倒れ、

「……」

 ……かろうじて、踏み堪えた。前傾姿勢から、煤けた面を上げ、食いしばった歯を解き、ずるりと笑みを引っさげ……ミナトに目配せする、カメックス。

「……!」

 破顔のミナトが拳を突き上げた。カメックスが応えた。碧眼に戻ったリザードンが奇妙に半開きの口で唸る。渾身の一撃もわずかに及ばなかった。その悔しさが炎竜の表情に滲む。カメックスの全身が鏡の粉を浴びたように煌めき出した。逆転へのカウントダウンが始まる。
 とっさにキズミが手を挙げた。
 
「審判、」

 ジャッジボットが反応した。

「リザードンを棄権させる」

レイコ ( 2011/09/13(火) 23:33 )