NEAR◆◇MISS















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第二章
-1- シンクロ
 署用捜査車両に空きがあって、ラッキーだった。
 
「オレの特技? ありすぎて選べねえなあ。クラウは?」
(僕は、これといって。アイラさんは射撃が得意ですよ)
「マジか! かっけぇー!」
 助手席のミナトと真後ろの席のキルリアが雑談で盛り上がっている。
 ミナトはにこやかに振り返り、運転席の後ろの女性上司へ話題を振った。
「警部補、オレらとタメなんすね。成績優秀で飛び級とか?」
「単位数の少ないコースで早期卒業しただけじゃないですか、どうせ」
 運転中のキズミは前方を向いたままそっけなく横槍を入れた。
 ヘッドレスト越しに金髪を睨み、アイラは冷たく言い返した。
「卒業審査に落ちたくせに、偉そうにしないで。レスカ君」
「俺はただ、経験豊富で信頼できる上司と働きたいだけです」
「信頼? あなたこそ、ダッチェスの経過報告の義務を怠ってるじゃない」
「まだ十日目です。急かさないで下さい」
「耐久力のあるブラッキーには充分な猶予よ」
 ラルトス=ウルスラがおろおろし、ガーディ=銀朱がおどおどした。
「車内、空気わりぃなー。換気するぜー」
 ミナトは冗談半分で窓を開けた。

 ジョージ・ロングを襲った被疑者は、まんまと市外へ逃げおおせたらしい。厳重な検問も昼夜の集中的な捜索も打ち切られた。今後は、国際警察とアルストロメリア警察との合同で方針を固める。上からの命令があるまで、担当刑事を差し置く行動は慎むのが組織の一員としての基本だ。
 その基本に縛られて何もしないでいられるほど、キズミは器用ではない。他の業務と並行して、今日もジョージ・ロング襲撃犯の検挙につながる手がかりを地道に探す。ミナトは職場トラブルが起きないよう、キズミの行き過ぎには口を挟むつもりでいる。アイラは危なっかしい部下二人のお目付け役だ。ただしその本心は、二人を超える感情の重さを秘めている。
 
「オレたち、この辺で聞き込みするから。後で迎えよろしくな」
 噂好きで情報通が多い地元ゴーストの溜まり場。特技の一つが霊感であるミナトは車から降りた。ミナトのアシスタントの麹塵は性格に難ありで、仕事の手伝いにムラがある。その点、キルリア=クラウは素直でやる気もある。ゴースト種と近縁の不定形グループで通訳もこなせるので、霊能関係の助手にぴったりだ。

 ラルトス=ウルスラが陽気なムードメーカーに行かないでほしそうに見送った。助手席にちょこんと座るガーディ=銀朱に、キズミがシートベルトを締めてやった。手分けして情報を集めるべく運転を再開した途端、車載無線機から応援要請が流れてきた。ポケモンが公園で暴れているらしい。ここからそう遠くない。
 
「飛ばせる? 無理なら運転変わるわよ」
「警部補は、射撃が得意だそうですね」
「それが何?」
「俺は、スピードを感じることが好きです。特に『神速』はいい」
 言いながら、キズミが運転席側のウィンドウを半開する。
 ラルトスが、慌てて助言した。
(しっかり掴まって、アイラ様!)
 直後、アイラは急加速した車体のシートに体の背面を押しつけられた。
 

 速い。ハンドルさばきが的確で、アクセルとブレーキ使いに無駄がない。間違っても声に出して認める気はないが、テクニックだけならパトカー運転のプロである交通機動隊に引けを取らないだろう。
 土地勘を未習得のアイラには真似できない、多少荒っぽいコース取りで現着した。
 ハチミツ好きなヒメグマが、暴れん坊のリングマへ。賞金の絡まないフリーマッチの最中に進化したそうだ。肉体や気性の急激な変化はまれに、錯乱状態を引き起こす。
 焦げ跡のある芝生に、抜け落ちた羽が散乱していた。色と形状でハトーボーだと見抜けた。頸がもがれていた。楽しい対戦競技から惨劇に叩き落とされたトレーナーを、先に臨場していた制服警官が押さえ込んでいた。亡骸に近寄ろうと叫び声をあげながら、警官の腕をふりほどこうとしている。
 仕留めた鳥肉を横取りされまいと、殺気立って『吠える』リングマ。
 キズミが『技』を反射する特殊警棒、伸縮式のトランツェンの長さを最大にした。
「俺がおとりに。その隙にアレスターで!」

「おとり!? 何言っ……」
 大熊の『ハイパーボイス』に耳を押さえた。無謀な部下を止めなければ。アイラはモンスターボールを二つ開いた。同時に現れるハーデリアとフライゴン。呼び出された二体は即座に急務を理解した。
「オハン、レスカ君を呼び戻すのよ!」
 ハーデリアは走りだそうとして、ぐん、と後ろから引っぱられた。ガーディがしっぽを咥えて引き止めている。アイラに「銀朱!」と名指しされてひるんだが、咥えたまま離さない。

「ウルスラ!」
(はい!)
 疾走するキズミと、寄り添って飛行するアシスタント。例のごとく、特性『シンクロ』を媒介にし、アシスタント側と『自己暗示』を共有した。人間側の脳に暗示をかけて痛覚をシャットアウトする。
「待って!」
 使用者のリスクを熟知した制止。 
 灰色の瞳が動揺していた。

 習得に素質と鍛錬を要する、国際警察の護身術―【シンクロ】。

 女上司の声に耳を貸さず、『トリックルーム』を展開させた。速いものほど遅く、遅いものほど速く行動できる空間を、『シンクロ』でキズミの動きを掌握するウルスラが、鎧のようにキズミの身にまとわせる。携帯獣に劣る人間の運動神経を逆手に取れば、『高速移動』以上の機動力を生み出せる。その状態に『手助け』を加えれば、人間離れした怪力で攻撃できるのだ。キズミの振るったトランツェンが、茶色く毛深い後ろ足の一本に砕き折らんばかりの打撃を与えた。痛みにのけぞる大熊。腹の下のキープから外れる、首無しハトーボー。
 奪い取った。
 激怒の『吠える』。狙いのでたらめな『切り裂く』を、遺骸を抱えたキズミがかわした。予想どおり。急成長した体に順応しきれていない。頭に血をのぼらせて精神を幼児退行させれば、危険な攻撃の精度が下がる。猪突猛進なタックルをすべて回避し、ヒットアンドアウェイで大熊の体力を削る。

 アイラが射撃姿勢を取る。銀色の拳銃型射出器、アレスター。逮捕(アレスト)専用の捕獲球、アレストボールの撃ち出しに特化した特殊な設計で殺傷力はない。部下の《ハイ・リンク》を即刻、中止させてみせる。風向確認。視界良好。ターゲット、捕捉。誤射の文字は頭にない。
 トリガーを引いた。

 一発の発砲音。
 と、正確な命中。
 リングマが銀の弾丸に吸い込まれる。 
 影も形もなくなった。アレスト完了。

 見届けたキズミは【シンクロ】を解除した。膝をつき、うずくまる。
 心配し、名を連呼するウルスラ。 アイラたちも駆け寄った。
「救急車を呼ぶわ!」
「平気、です」
 深呼吸した。体勢を変えて座りこんだ。目がかすんで頭がふらつくが、意識に別状はない。キズミは遺体収容用ボールをそっと、頸をもがれて冷たくなったハトーボーに押し当てた。
 熊入りと合わせて二球、アイラが預かる。
「平気って……本当なの、ウルスラ?」
(フィーリング上は、セルフケア可能かと……)
「分かった。車に戻って、安静にしてなさい。後の処理は私がやるから」
 アイラは手持ち二体をボールに戻すと、きびきびした早足で離れていった。
 
 暗示が切れて痛覚が復活し、耳の奥に爆音による痺れを感じる。
 大したことのない痛みだ。首を食いちぎられる死に方に比べれば。
 ポケモンバトルは人気スポーツだ。ポケモンの戦闘本能を発散できて、人間中心の生活で陥りやすい運動不足を解消できる。しかし、むごい事故の対応に何度も当たっていると、安全な競技という目で見られなくなった。バトルさえしなければ、あのハトーボーは死なずに済んだ。
 放心しているリングマのトレーナー。警官に肩を抱かれながら泣きじゃくっているハトーボーのトレーナー。彼らの心に影を落とす、トラウマの出来事になるだろう。別々のパトカーに乗せられて、ドアが閉められた。アイラが近くの警官に事情を説明している。ポケットサイズに縮小した、生と死の身柄が警官へと引き渡された。
 キズミは視線をウルスラと銀朱へ向ける。 
「ご苦労。お前たちも、休め」
 光線の止んだモンスターボールを、ホルダーに装着した。のろのろと歩きだし、考えても仕方がないことを考えた。ハトーボーは死の間際に、どんなことを思い浮かべたか。即死で、そんな余地もなかっただろうか。黒い公用車の運転席まで帰り着く。背もたれを倒して、額に手の甲をあてがう。天井の内張りを見上げながら、ぐしゃりとネクタイを緩めた。

レイコ ( 2011/10/19(水) 18:27 )