NEAR◆◇MISS















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最終章
-3- 運命
 波乱と裏切りに満ちた半生を、サーナイト=パラディンは追憶する。

 先天的な人類愛と、後天的な人類への嫌悪はせめぎ合い、自我の誕生した瞬間から優劣がつかずにいる。国際警察に保護され、人間の社会性や教養を学び、エスパーの高い知能が犯罪に誘惑されないための訓練を受けた。命をもてあそぶ不快な悪行を取り締まる理念に共感できたが、コードネーム『ドルミール』として与えられた任務の多くは、矛盾もはらんでいた。人間主体の法治にのっとる善と悪の区別に異議をいだき、いつしか独自の理想に倒錯するようになっていった。

 この汚れた手で、どこまで清算できるだろうか。

 目的遂行を最優先する“正義”の出発点が、無実の者をひとりでも多く、という純粋に誰かを救いたいという初心を思い出させてくれたのは、自身の細胞を改良されて生まれた個体であるエルレイドの、愚直な志であった。

 “正史”の国際警察は、携帯獣の予知能力を頼りに犯罪を未然に防ぐシステムを導入していた。未来への干渉が、時空の均衡を乱す臨界点を超え、万物の秩序を守る全知全能の“力”が働き、予知能力捜査が存在しない世界へと、再構築されたのではないだろうか。
 人類が生存する未来は、オルデン・レインウィングスの『タイムカプセル』で逆算的に観測できた。全知全能の力は、人類の滅亡を望んでいない。自己判断力の欠落した破壊兵器のごとく、人類滅亡を狂信するハイリンクの森の護り神セレビィは、すでに歴史改変を媒介する役目を終えたのではあるまいか。
 “正史の残滓”を色濃く反映した者たちは、乾いた砂漠の大地から摘まみ上げた砂粒のように、森の護り神より高次の存在に偶然選ばれた、八百長の駒にすぎなかった。彼らの、自分の、身を粉にしてやって来た事がすべて、見えざる手の糸に操られていたならば。幾多の苦悩に、何の意味がある。

 これが、悟りの境地。

 しかし“運命”への隷属を――自由の獲得と呼べるのだろうか。

 計略に巻き込んだ一人の人間の女性へ、この期に及んで特別な憐みを感じている。愛情を利用されたと悟った彼女――メギナはみずからの身を粗末に扱い、一矢報いようとした。種族の壁を超える想いが今頃になって生まれた訳でないが、“聖騎士”の名にもとらない誇りを取り戻せ、と博愛精神が拍動している。
  
 神格から引きずり下ろさないかぎり、セレビィは肉体と魂の両方、または片方を滅ぼされようと、ハイリンクの森をはぐくむ亜空間『夢島』の『夢の木』から、エネルギーを吸い上げ年月をかけて蘇る。改変後の現代の科学水準において未発明の多機能端末『C−ギア』は、『夢島』へのワープ機能を標準装備している。オルデン・レインウィグスは時空の欠陥を逆手に取り、『タイムカプセル』を介して未来から取り寄せた。
 対セレビィの最高戦力、呪いで衰弱が進行しているレストロイ卿は一日も早い宿敵との交戦を要求した。垣根を超えた協議の結果、セレビィ本体と『夢の木』の沈黙を同時進行する作戦が決定した。

 
 肉体を苗床にされているハイフェン・レストロイは、ネイティからセレビィの魂を引き受けた。ジョージ・ロングとオルデン・レインウィングスによる作戦の成功を、肌身をもって察知したハイフェンはおのが身に封じ込んでいた格落ちの“幻獣”に意思決定の主導権を譲り、復活を許した。
 その直後、パラディンは現実と誤認するほどに精巧な“夢”に引きずり込んだ。
 『夢喰い』で神の魂を弱体化させた。
 差し違える覚悟の正念場。
 触角と翅の生えたあどけない妖精の姿は異形の鎧をまとい、巨大な怪物へ変貌した。
 眠れる巨神の、顕在意識なき、生存本能による暴走。パラディンは、森の護り神の本懐である“人類滅亡”の夢を見せ続けた。夢の吸収に全力をあげたが、本来の回復技とは逆効果を示しはじめた。指先が変色し、身体の内側からただよってくる腐敗臭。頭脳を寄生虫に食い荒らされるかのような激痛に、パラディンは悶絶した。妖精の形をした光がいくつも真っ暗な頭の中を飛び回り、笑い声や泣き声、怒声を爆音でまき散らされる。精神の崩壊が起きようとしている。このままでは、任務の達成が危うい。

 敵とも味方ともつかない笑い声が闇に割り込んできたのは、膝を折った瞬間だった 

レイコ ( 2019/02/18(月) 23:21 )