NEAR◆◇MISS















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最終章
-3- 運命
 世間にはほとんど知られていないが、ロータの地出身のすぐれた波導使いは波導を使い切り死に瀕すると、肉体を結晶に変えて休眠状態に入る特殊な力を秘めている。疑似的な不老不死ともいわれ、他の波導使いに力を分け与えられるまで目覚めることはない。ゾロアーク=メギナの再生と記憶の回復、別れた夫オルデンが親権を握る息子エディオルに執着するシレネがメギナの代役で進めている研究の時間を稼ぐために、金城湊を依り代にしてセレビィの魂の位を“神”から“人間”へ降格させて抹殺するというジョージ・ロングの思惑のようとした。目上をうやまう義理堅いルカリオ=ソリッシュは命令に従い、ハイリンクの森の護り神の魂を強引に取り込んで結晶化した――
 
 もはや伝わらない謝罪を、サーナイト=パラディンは胸に浮かべる。

 最初からポリゴンのような、存在意義に疑問をもたない人工生命体として設計されていればと、淡く羨んだ経験もないことはない。プログラムされた人類愛と、営利目当てで製造された憎しみはせめぎ合い、自我の芽生えた瞬間から消化しきれずにいる。国際警察に保護され、社会性や教養を学びエスパーの高い知能の堕落を封じる訓練を受け、命をもてあそぶ不快な犯罪を取り締まる理念に共感できたが、コードネーム『ドルミール』として与えられた任務の多くは矛盾をはらんでいた。人間主体の法治にのっとった善と悪の区別に異議をいだきはじめ、いつしか独自の理想を持つようになり、目的のために手段を選ばない合理主義に倒錯するようになっていった。味方になりすまし裏切ることを生き甲斐にしてきたような、波乱に満ちた追憶。はたして、この汚れきった手で清算できるだろうか。ろうか、は許されない。パラディンは自問自答する。救えるものは救う――悪辣な自己中心性を美化した“正義”の始点が純粋な良心だと思い出させてくれたのは、劣化コピーであるエルレイドの“まっすぐ”としか言いようのない心に対し、認めざるを得なかった精神的敗北だった。
 人類が生存する未来は、オルデン・レインウィングスの『タイムカプセル』で逆算的に観測できた。触発されたパラディンは内心、これまでの情報から導き出したある推論で脳が高揚した。“正史”の国際警察は、携帯獣の予知能力を頼りに犯罪を未然に防ぐシステムを導入していた。起こるはずの未来への干渉が時空の調和を乱す臨界点を超え、万物の秩序を守る全知全能の“力”が働き、予知捜査が存在しない世界へと再構築されたのではないか。セレビィは人類滅亡という使命を信じ込んだままでいるが、すでに歴史改変を媒介する役目を終えている。“運命”という名の“正史の残滓”を色濃く反映した者たちは、ハイリンクの森の護り神より高次の“予定調和”を課せられた操り人形だったのだ。
 腹を抱えて笑いたい。
 性に合わないこの感情すら、糸で動かされていると考えるのも面白い。
 己のすべてが見えざる手の支配下ならば、幾多の苦悩に何の意味がある。
 これが救済――自由だ。
 一つ、パラディンの思考にしこりが残った。
 森の護り神にもジョージ・ロング側にも属さない、第三の計略に巻き込んだ一人の人間の女性へ、この期に及んで憐みを感じている。愛情を利用されたと悟った彼女――メギナはみずからを犠牲にして負の連鎖を断ち切ろうとした。種族の壁を超える特別な想いが今頃になって生まれた訳でないが、“聖騎士”の名にもとらない誇りを取り戻せと義憤がみなぎっている。
  
 護り神の座から引きずり下ろさないかぎり、セレビィは肉体と魂の片方あるいは両方を失おうと、ハイリンクの森をはぐくむ別次元の異空間『夢島』の『夢の木』からエネルギーを吸い上げて蘇る。『夢島』と現世をつなぐ『C−ギア』はタイムカプセルを介して未来からUターンした、いわばオーパーツ。現代のテクノロジーでは開発できないタイムパラドックスを、オルデンはまるで時間軸の欠陥を突くような奇策で打開した。対セレビィの最高戦力、呪いで衰弱が進行しているレストロイ卿は一日も早い宿敵との交戦を要求した。垣根を超えた協議の結果、セレビィ本体を討伐後に『夢の木』に着手するプランが採択された。
 眠りについたソリッシュの回収がミッションの第一関門となった。オルデン・レインウィングスとロトムが国際警察本部のセキュリティシステムをハッキングし、現場で『タンタキュル』のサポートを受けつつ、パラディンは厳重な保管庫から取り戻した結晶体をハイフェン・レストロイ卿の守護霊ギラティナ専用の棲み処、鏡の中の異空間へ移送した。
 第二関門はネイティ=長老の補佐。ソリッシュの魂を道連れにさせないよう結晶体から神の魂を引き剥がし、元の器に戻す作業だ。諜報活動で『催眠術』を磨き上げたパラディンが真の同志となったことで、ロングたちの古い案の要を担っていた“生け贄”が不可欠の条件から外れた。
 セレビィが復活を遂げた刹那、現実と混同するほどに精巧な“夢”に引きずり込み、『夢喰い』で神の魂の弱体化を狙った。差し違える覚悟の正念場、第三関門。意識とは別の肉体に宿る防衛反応で、触角と翅の生えたあどけない妖精の姿は異形の鎧をまとって巨大な怪物へ変貌し、眠ったまま暴走している。打ち滅ぼすのは、レストロイ親子の担当だ。怪物と怪物の災害規模の拮抗を意に介さず、パラディンは森の護り神の本懐である“人類滅亡”という極上の夢の吸収に全力をあげた。特技の回復技は通常とは逆の効果を示し、十年前にはじめて魂を抜き取ったレストロイ卿が呪われたのも頷けた。指先が変色して壊死の兆候を見せ、身体の内側からただよってくる腐敗臭に鼻息を止めたくなる。最も神の力による汚染が重篤なのは頭脳で、パラディンは発狂しかけていた。妖精の形をした光がいくつも真っ暗な頭の中を飛び回り、笑い声や泣き声、怒声を爆音でまき散らしながら、耐えがたい幻覚を視神経に垂れ流され、精神の崩壊を招こうとしている。このままでは吸収量が予定値に達する前に朽ち果ててしまう。
 敵とも味方ともつかない笑い声がひときわ高く割り込んできたのは、純白の美しい脚が膝をついたのと同時だった。 

レイコ ( 2019/02/18(月) 23:21 )