NEAR◆◇MISS















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第九章
-1- コンビ結成
 世話になった。ありがとう――
「――人間に言葉は通じないと思うが、君のトレーナーにも礼を言いたい」
「筆談なら、少しはお役に立てます。今の時間は検査とリハビリで立て込んでるので、その後なら会えますよ」
 エルレイド=クラウは直感で、まだ素性のよく分からない相手を早くも好きになりはじめている。
 困ったときはお互い様。助け合いの精神になぜか追い風が吹き、つぼみが咲き誇ろうと逸る気持ちだ。
「アイラさん、あなたが元気になったら野生に返すつもりだったんです。でも記憶喪失となると……」
 うーんと唸り思案顔をするクラウの頭の中で、豆電球がぱちんっと灯った。

 
 粉雪がちらついている。ドクターに外出許可をもらい、クラウ達は病棟の外にくり出した。オタチ=タチ山と待ち合わせをして、向かった先は市立図書館。暖房の効いた館内では、たちまち吐く息が透明になる。人間を同伴しないポケモンだけの立ち入りは禁止されているが、タチ山は人間的市民権を取得している。タチ山がカウンターで書面の手続きをしている間に、入館許可証をストラップで首に吊るしたクラウは検索用の端末にキーワードを入力して、目当ての書架を見つける。タチ山にひと声かけてから、移動した。
 記憶喪失と関係のありそうな書物をキープすると、人気のない場所を探した。ここが良いと決めた席に腰をかけて、足元の影に合図する。すると、クラウの影からにょきりと生首が生えた。青い左目があたりを警戒しながら、真っ黒な全身がそろそろと抜け出る。クラウ達と出会ったときに大怪我を負っていたのは、希少なポケモンという理由でハンターに襲われたからだった。人間に姿を見られるべきではないという忠告を受けて、クラウはとっておきの隠れ家を提供したのだ。司書をだまして潜り込ませるのは礼儀正しいエルレイドの性質上気が引けた半面、病院に生活の基盤が移ってエネルギーがあり余っていたエルレイドの身体はアウトローな隠密行動を少し喜んでいた。
 
「う、うわあ、難しい言葉がいっぱい。えーっと……」
「こっちは読んでおくから、俺の種族について調べてくれ。そのほうがお互いの為になる」

 専門用語にひるんでいない様子に感動して、おとなしく役割分担を引き受けた。ひとりきりで待たせるのは心配だったので、クラウはふたたび検索機を使って突き止めた本棚に急ぐ。探すのは、幻のポケモンに関する書籍。ところが、とある背表紙に目がとまりさっそく気が散った。犬型ポケモンの写真集だ。ほんの少しと思い、めくってみる。親子三代が並んで映っている、真ん中の幸せそうなハーデリア。 
 ぱたりと閉じて、棚に戻した。
 気を取り直して今度こそ、参考になりそうな分厚い一冊を引き抜いた。広げて、項目を探す。
 クラウの同伴者の容姿にそっくりの、リアルな挿絵が入っていた。
 亡霊のように浮遊する全身は真っ黒で、無条件におびやかす威圧感がある。
 首の周りをネックレス状に赤い突起が囲み、頭部は狼煙を思わせる白い髪がたなびいている。
 どれも主役級の彩色の内、群を抜いて見る者の心に鮮烈な印象を与える左目は、神秘的な純青。

 ダークライ。

 暗黒ポケモン。
 新月の夜に活動的になるといわれている。
 深い眠りに誘い、恐ろしい夢を見せる能力を持つ。生態には謎が多い。

 文献を抱えたクラウがとぼとぼ席に戻ると、事情を心得た表情の先方が待っていた。
「病院で言ったとおりだろ。俺は危険な存在だ。助けてもらった恩を、あだで返したくない」
 あの青い目は冷静に立場を見すえて、誰かを傷つける前にみずから消えようとしている。療養中のアイラにとって天敵のような能力と知りショックを受けたが、やはり悪者とは思えない。クラウは国際警察の現場を思い浮かべて、「危険には慣れてますから」と苦笑いしながら、一発で目当てのページをひらいて見せた。栞代わりに指を挟んでおいたのだ。
「これ、見てください」
 先端に向かって金から金緑になるグラデーションが美しい、芯が弓なりにしなった羽毛の写実画を示す。
「『三日月の羽』には悪夢を振り払う力があるそうです。手に入れるのは難しそうですけど、やってみなければ分かりませんよ。なにも、急いで出ていく必要はないはずです」
「なぜ、そこまで肩を持つ?」
「それは……」
 ぽんぽんっと腰をノックされ、会話が中断される。手続きを終えて追いついたタチ山だ。
 タチ山はクラウを本棚の影に連れこむと、持参品のタブレット端末をタッチ操作しながらささやいた。
「ポケモンの記憶喪失の研究が少なすぎるから、人間の記憶喪失で調べたんだけど。ほら、このサイト見て。精神的苦痛が原因で、忘れてることも多いんだって。だから記憶が戻ったら、苦しみに耐えきれない人の中には自殺す……」
「じさっ!?」
 うっかりと大声が出て、「シーッ」とたしなめられた。
「人間の話、だよ。クラウ君のお連れさん、人間の文字もすらすら読めるし、亜人を知ってるくらい博識だよね。元は人間のパートナーがいたんじゃないかな? だったら事は穏便に、外堀から埋めていくほうがいいかも。事情を知る友達や家族が先に見つかるなら、それに越したことない気がする。よかったら知り合いの探偵を紹介するけど、どう?」

◇◆

 賑やかなアーケードの往来の中に、人間は一人もいない。店員を含め、全員ポケモンだ。
 種族は混在していて野生と非野生の見分けがほとんどつかず、庶民的な風情がただよっている。

「ここはジョインストリート。以前はシャッター街でしたが、今はバトルネーソスの新しいオーナーが空き店舗を買い取って、安値で貸し出すようになってから活気を取り戻したんです。将来的に規模を拡大して、このあたり一帯を世界的にも珍しいポケモンタウン化する計画に市の行政も賛成しているそうですよ。観光スポットとして、ガイドブックに載る日も近いとか」
「そのオーナー、やり手だな」

 影の中から返事があった。
 傍からは、独りごとを言いながら歩いている奇妙なエルレイドに見えるだろう。

「……説明なら、後でもいい」
「気にしないでください。話しながらのほうが、楽しいですから」
「おやクラウ君、いいマフラーだね!」
 青果店の店先でカゴの値札の傾きを直していたプクリンに、呼び止められた。極上の肌触りといわれるピンク色の毛皮が寒さでふかふかに膨らんでいる。オタチ=タチ山が監視のアルバイトをしている果樹園の同僚で、給与を現物支給してもらい小売業をはじめたと聞いていた。ひらめいたクラウは手編みの青いマフラーで覆い隠していた、首紐付きコインケースの残金を確認する。三日月の羽根探しに必要な経費を考えると、無駄遣いはできない。外気にさらされ冷えきったオレンの実を一つだけ、買った。『炎のパンチ』の火加減を調節して炙った後、反対の手をまな板にしながら微弱な『サイコカッター』の手刀でスパッと切る。バランスを崩して転がり落ちた実の半分を、影からにゅっと突き出した黒い手がばっちり受け止めた。プクリンの元々まんまるな眼にぎょっと白い面積が増え、焦ったクラウは「あ、ありがとうございました!」と足早に立ち去った。

 温かい食べ物で小腹を満たして、ほっこりした気分で親交を深めよう――
 というクラウの思いつきが、クラウ自身の上の空のせいでいきなり停滞している。
 急に口数が減ったことを勘の鋭い影の住民に指摘され、気乗りうすく理由を答えた。
 
「さっきすれ違ったコマタナ、指名手配犯に似て……いいえ、思い過ごしですきっと」
「時間はある。寄り道なら付き合うぞ」 
「僕はアシスタントですから、逮捕権はありません。緊急時は現行犯逮捕できますけど、書類関係はアイラさんに丸投げせざるをえないので、入院中なのに負担をかけたくないんです。前に、それで失敗してしまって」
 はあと吐いた息が、大きな白い雲になって未練っぽくとどまった。
「アイラさんの介護に専念するって決めたのに、気を抜くとすぐ仕事のことを考えてしまうんです。そうでなくてもある程度体を動かさないと、溜まるみたいで。キルリアの頃はそうでもなかったのに。でも自分からトラブルに飛び込まないように、部屋でじっとしてるべきなんですよね。あ、喋りっぱなしですみません……僕の話、つまらないですか?」
「いや。黙って聞いているつもりだった。相槌が苦手ですまない」
 どこかで聞いたことあるような物言いが、不思議と気を楽にさせる。クラウは微笑み、ぴたりと両足を揃えた。
「到着したみたいです」

 図書館で別れたタチ山におそわった場所に、ブラックボードが設置されていた。探偵事務所を示す白いチョークの筆跡が、どちらかと言えば飲食物のメニューのようだ。古い木造ドアにはアルバイトを募る悪筆の手作りポスターが張られており、路地に無理やり建てた居酒屋を改装せずに使いまわしているらしく、ずぼらでしみったれた了見をかもし出している。先にタチ山が電話で一報入れてくれている手筈なので、門前払いされる杞憂はない。クラウがノックをするとキリンリキの顔が現れ、愛想よく中へ通された。
 狭苦しい空間いっぱいに、ガラガラと滑車を回す音が響いている。
 すばしっこそうなパチリスが全力疾走しながら、何かしらの呪文じみた羅列を唱えていた。
「アーロン、アベル、アダム、アドルフ、アルバート、アレックス、アルフ、アルフォンス、アルジャーノン、アラン、アンドリュー、アンディ、アンソニー、アーノルド、アーサー、バッカス、バーナビー、バーソロミュー……」
 名前辞典、君でもなれる姓名判断師、などとタイトルの読める本が滑車のまわりに積み上げられていた。
 なんの儀式の最中だろう。クラウと、クラウの影から生えた碧眼の生首が顔を見合わせる。キリンリキが間を持たせた。 
「初めまして。飲み物は何が……おっと、ごめんね! シッポちゃん、大好きなものと大嫌いなものに噛みつくクセがあるんだ」
 突然噛みつこうとしてきた尻尾の牙を、間一髪で白髪の生首が影に潜ってかわした。
 一体どちらに分類されたのか、解説してもらう前にふうふうと息を切らせた電気リスが会話の輪にまじる。
 運動直後の毛並みはぼさぼさで、首に巻いたスカーフもほどけかけている。
「やあ、お待たせしました。ぼくが所長です」
 舐めたり掻いたりして身づくろいすると、後ろを向いて身の丈より大きな尻尾を差し出し、来客に握手を求めた。
 印象はそそっかしいが、生首からパワーアップした全身を見ても怖がっていないので、度胸はあるほうなのだろう。 
「タチ山のお知り合いだそうですね。本日のご用件は?」
「その前に。アルバイト募集というのは、まだ有効ですか」
 えっ、と隣で驚いたクラウに、小声で考えを打ち明けた。
「いくらなんでも、依頼料を全額払わせる訳にいかない。入院中なら尚更だ」
「はい、採用」
 ええっ、と今度はふたり一緒に驚いた。パチリスが前歯をきらっと輝させた。
「キキリちゃんが書いたあの超個性的な文字を解読できたんだから、合格です。近ごろ物騒だし、君みたいな強そうなポケモンが出入りしてくれると好都合なんです。いよっ、用心棒! なーんてね。じゃあ明日から早速、よろしくぅ」


 来た通りを引き返しながら、クラウがたずねた。
「バイトのお仕事、大丈夫そうですか?」
「雑用は、なんとかなるだろう。問題は……強そうといわれたが、俺は『技』を一つも使えない」
「一つも!?」
 影の中から伝わる微笑の気配はやや自虐的なユーモアセンスを介して、発せられた驚嘆を受け流している。
 クラウは思いもよらない事実に夢中のまま歩き続け、「そうだ!」と急に叫んでポケモンたちを振り向かせた。
 
「僕とコンビを結成しませんか?」

 エルレイドの影の顔にあたる部分に、何を言い出すんだと言いたげな青い左目がぽこっと現れた。
「僕は未熟なので、落ち着いているあなたが引き止め役になってくれると助かります。技が使えないなら、僕がバトルの練習相手になります。悪い話じゃないはずです。この街にいる間だけでもいいですから、お願いします!」
 真剣そのものだった。
 本体VS.影。瞳同士の力比べが持久戦にもつれこむ。肌の薄い部分が冷気で焼けてきた。ふっと碧眼がいなくなる。諦めかけた。
 次の瞬間、にゅっと影から黒の拳が現れた。クラウはにっこりとして、緑の拳を小気味よくぶつける。 
 ファンファーレとは言いがたい、何かが大量に転がる音がした。
 振り返ると、青果店のプクリンが空の果物カゴを持ったまま目を見開いていた。

 二度目のとんずらを成功させたクラウが火照った体を冷まそうと、マフラーを緩める。
「それ、手編みか」
 いいトレーナーだな、と影の中の声がほのめかして褒めた。  
「文無しでなければ、挨拶用に手土産を買っていきたいところだった」
「あなたの元気な顔が、一番の手土産ですよ」
「恥ずかしいこと言う奴だな」
 クラウがふふっと笑い返す。直後に、大切なことを思い出して表情が曇った。
「アイラさんは優しいですけど、一つ注意して下さい。ご家族について、触れないでほしいんです。特に……お父さんのこと。大が付くほど、お嫌いなんです」

レイコ ( 2018/01/17(水) 20:04 )