NEAR◆◇MISS















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第八章
-1- 隠し穴
 霧の出た、深い夜。
 アルストロメリア市に紅葉のシーズンが訪れ、バトルネーソス構内の緑も色づき始めていた。残暑を過ぎて、日の出までの制限時間は長い。昼間のレンタルバトル利用者の目に憩いを与える木々を、見込みがある順に入念に調べて回る小鳥がいた。
 
「おや? 通れそうなすき間がある」
 独り言のふりをして、白々しく話しかける。幹に開いた小さな穴から、空間の歪んでいる気配を感じる。黄色いくちばしを差しこみ、黄緑色の一頭身を押し付ける。これだけ幅が狭いと、普通ならくぐり抜けられない。ところが狙い通り、その逆の事が起こった。

 『光の石』が闇を照らしている。窮屈な樹の内部という前提が通用しない、適度な広さの洞窟状の空間にすべり落ちてきたネイティ=麹塵を。
 先客の片割れ、金城湊が迎えた。

「よお、遅かったな」

 今夜最も鉢合わせしたくない、自宅で寝ているはずの男。とっさに固まった。本物かと騙されかけた麹塵の、下まぶたが痙攣する。
 『イリュージョン』を使った、変装。
 怖いもの知らずの女だ。

「こんな所に『隠し穴』があったなんてね。木の葉を隠すなら森の中、犯罪者を隠すなら牢屋の中ってところかな」

 ご挨拶には皮肉で切り返す。聞けば誰でもいい気がしない自信作だった。前科持ちのポケモンをケアする施設とは所詮、危険生物を閉じ込めておきたい人間たちの詭弁なのだから。

「ここのオーナーのアナナスが知ったら、驚くよ。可哀想に、共犯者扱いは確実だね。ぼきゅ、表向きは仲いいから同情しちゃう」

 偽の金城湊が吹き出した。
 二体目は低頭したまま動かない。
 波導の使い手、片膝をついた青き獣。
 
「名前、ソリッシュだっけ。キミたちのボスから話は聞いてるよ。ぼきゅの元の体、ハイフェンから救い出してくれるんだって? 本当にそんなこと出来るの?」

 ルカリオ=ソリッシュが面を上げた。
 信心深く、神を恐れる瞳をしている。
 崇拝されて、悪い気は起こらない。
 金城湊の父ハイフェン・レストロイ卿が、ハイリンクの森の神セレビィの魂を、生きたネイティの体に封印したのが十年前。自我は残り、特性『シンクロ』を繋ぎとする小鳥型の依り代は意のままに動かせるが、森の護り神の万能は見る影もなく減殺された。
 落ちぶれようとも、神格は神格。並のネイティの枠から逸脱した天賦の才を、息子の護衛役に任じて利用するとは、どこまでも不届きな男だ。
 真の肉体はハイフェンが厳重に保管している。謀反してミナトの命を奪おうものなら、脅しの材料は即座に焼き滅ぼされるだろう。逆もしかり、真の肉体に大事があればミナトの安全は保証しない。首根っこをつかみ合っている状態なのだ。
 ハイフェンが死ねば、封印も弱まる。しかし、ハイフェンが森の神の祟りに屈する間際に、最後の抵抗でセレビィの体を道連れにすれば、どうなるか。考えただけでも浮き足立つ。振るえる猛威が悪霊どまりの魂だけでは再興を果たせない。真の肉体は神聖な『夢の煙』が組成源。一度失うと復活には歳月がかかる。その間にも人間による破壊と支配は続く。
 人間さえいなければ。
 ――この森はずっと平和だった。
 森の仔らが今際の際に託した、無念。
 全人類を一掃するために。
 護り神として、この世に生を享けた。
 真の体を、取り戻さなければならない。
 なんとしても。

「ボス? あいつのどこが」

 金城湊が眉間にしわを寄せた。

「でも、キミと違って頭よさそうだったよ」

 少なくとも、取り引きを持ちかけてきたタイミングが狡猾だった。裏切りという危ない橋を渡らなければ、このまま何も変えられない。先日の一件で、悟ったのだ。レストロイ親子を憎しみ合わせ、破滅に追いやるヴィジョンは、キズミとアイラがミナトの脇を固めているかぎり、実現する望みはない、と。

「ハッ! 言うじゃない、鳥頭」
「よせ。メギナ」

 ルカリオを無視し、金城湊が詰め寄る。

「なんなら見せてあげるわよ、とびっきり楽しい幻影」
「ジョークだよジョーク! まっ、とにかくぼきゅは、キミたちがアイラを手に入れられるように動けば文句ないよね。そうカッカしないでよ、お詫びにいいこと教えてあげる」

 麹塵はニヤリとした。

「このアジト、捨てた方がいいよ。ダッチェスに特定されたらイヤでしょ」

 反応が薄い。

「知らない? ほら、色違いのブラッキー。ネーソスにもよく来てるのに。『シンクロ』の力を上げてきてるから、面識があるキミたちの気配を探知して、居場所がバレるのも時間の問題だと思うけどな」

 突如、大声で笑いだす金城湊。
 つり上がった口角が耳まで裂け、悪狐の素顔に近づいた。

「無駄な心配してくれて、ありがとう。気づかなかった? あのメスネコは、あたし達からのプレゼントだって」

 開いたくちばしがふさがる前に。
 新たな訪問者がその場に加わった。
 高潔の士を疑わせない、麗しい容姿。
 退魔の波長は『光の石』にもまさる。
 麹塵に調子が戻る。 

「きた、きた。やっぱりキミがボスに見えるよ、パラディン」

 国際警察官『ドルミール』の右腕。
 白き聖騎士、サーナイト。

レイコ ( 2017/07/05(水) 21:58 )