NEAR◆◇MISS















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第八章
-1- 隠し穴
 深夜。
 レンタルバトル施設の敷地内の木を調べて回る小鳥がいた。
 
「おや? 通れそうなすき間がある」
 白々しく独り言のふりをして、木の幹の内部に話しかける。細長い節穴に、黄色いくちばしをねじ込み、短い羽をばたばたさせた。物理的不可能を覆し、黄緑色をした丸い一頭身が吸い込まれていった。

 通常空間に生じる良性のひずみの一種、“隠し穴”。
 背景が陽炎のようにゆらめいている、屋根裏部屋じみた亜空間だった。
 抜け穴から落っこちてきたネイティ=麹塵を、先客である金城湊が迎えた。

「よお、遅かったな」

 反射的にネイティはぎょっとした。
 自宅で寝ているはずの、今夜最も遭遇したくない少年刑事の顔と声。
 まんまと騙されかけた。本物そっくりな『イリュージョン』の変装に。

「いい秘密基地じゃん。木を隠すなら森の中、ワルを隠すなら牢の中に限るねえ」

 心臓に悪い歓迎の仕方に、嫌味たらしい皮肉でやり返す。
 犯罪ポケモンをケアする更生保護施設。などと、人間側の詭弁だ。
 このバトルネーソスに害獣を閉じ込めて管理したいだけだ。

「ここのオーナーが知ったらきっと泣くよ。ぼきゅ、同情しちゃう」

 心にもない言葉を聞き、偽の金城湊が口元を手で覆って吹き出し笑いをする。

 先客は、もう一体いた。

 青き波導の使い手は片膝をつき、こうべを垂れたままでいる。
 ネイティがニヤリとして呼びかけた。
 
「名前、ソリッシュだっけ。キミたちのボスから話は聞いてるよ。ぼきゅの本当の体、ハイフェンから取り返してくれるんだって?」

 ルカリオ=ソリッシュが面を上げた。
 信心深い面差しだった。“神”を畏怖している。

 心は“ハイリンクの森の護り神”であるネイティは、まんざらでもなかった。

 護り神――特異なセレビィは、夢を実体化できる獣たちの願いから生まれた。
 人類を滅ぼさんとする神性を、国際警察が完全討伐することは叶わなかった。ハイフェン・レストロイ卿は苦肉の策で、特性『シンクロ』を憑依に応用できるネイティを依り代とし、セレビィの魂を封印した。封印の衝撃で記憶がいくつか欠落したが、セレビイの自我は依り代を、内側から乗っ取った。
 弱体化させられようとも、神格は神格。異常に強力なネイティの力に目をつけたハイフェンから、息子である金城湊の護衛になれと命じられた。息子を殺されたくなければ封印を解け、と脅すと、やってみろとハイフェンに嘲笑われた。わが子に危害を加えようものなら、厳重に保管してある真の器たる肉体を即座に無に帰してやる、と脅し返された。
 森の護り神という正体を何人へも明かすことを固く禁じられ、ただの小鳥として振る舞う恥辱を強要された。あの尊大不遜極まりない男への復讐心を、忘れた日はない。
 ハイフェンが寿命を迎え、封印が弱まるまで辛抱したとして、あやつは計算高い。死に際に対抗措置をとるであろう。うかつに暗殺にも及べない。奪われた肉体は、莫大な『夢の煙』で組成された唯一無二の器である。器を壊されたならば、再生にかかる四季は数百巡。依り代に閉じ込められたまま生涯を終えたならば、現世にしがみつく下等な悪霊へ堕落する。そのような状態で復活を待つのは、護り神の自負が許さない。

 ――さえ、来なければ。ずっと平和だった。
 ハイリンクの森の仔らが、森の護り神に託した願い。
 思い出したい。
 この世に生を享けた理由を求めるのは、原初的な欲求である。
 保管場所を特定して、真の器を取り返したい。そして記憶も姿も元通りに。
 なんとしても。

「ボス? あたしが手下みたい言わないでくれる?」
 金城湊は顔をしかめた。

「でも、キミより頭いいと思うけど」
 少なくとも、この一味のブレーンだろう。裏切りを持ちかけてきた時期が狡猾だった。先日の一件で、ネイティは悟ったのだ。レストロイ親子を憎しみ合わせて破滅に追いやるという理想は、キズミとアイラがミナトの脇を固めているかぎり、実現には遠い。と。

「ハッ! 言うじゃない」
「よせ。メギナ」
 諫めるルカリオを無視し、金城湊が身構える。
「なんなら見せてあげるわよ、とびっきり楽しい幻影」

「ごめーん! そうカッカしないで、お詫びにいいこと教えてあげる」
 ネイティはそそくさとゴマをすった。
「ここ、もう捨てた方がいいよ。ダッチェスに特定されたらイヤでしょ」

 反応が薄い。

「知らない? ほら、色違いのブラッキー。ネーソスにもよく来てたのに。波長識別に特化して『シンクロ』を鍛えてるらしいから。面識があるキミたちの居場所、バレるのも時間の問題じゃない?」

 高らかに笑いだした金城湊の顔。
 口角が耳元まで裂けて、悪狐の素顔に近づいた。
「気づかなかった? あのメスネコは、あたし達からのプレゼントだって」

 開いたくちばしが塞がらないとは、このことだった。
 その間抜け面のままで、ネイティは頭上を向いた。
 空間の穴を通り抜けてきた新たな訪問者が、ふわりと舞い降りる。
 高潔な聖者を疑わせない麗しい聖騎士の、腰から先の純白のひだが広がった。
 
「きた、きた。やっぱりキミがボスに見えるよ、パラディン」

レイコ ( 2017/07/05(水) 21:58 )