NEAR◆◇MISS















小説トップ
第八章
-5- 迷子捜し
 国際的な厳格規制により、銃犯罪はほぼ封じ込められている。銃弾発射型に取って代わり、少ない被害での無力化を重視する麻酔銃や麻痺銃が、公務員が携行する護身具の主流になった。悪の哲学の象徴として所持を好んでいた反社会勢力のあいだでも、機能性は重視されず、箔をつけるだけの飾りの意味合いが強くなっている。
 民間人が実銃を入手するルートは、ライセンス制のスポーツ競技用を除いて撲滅されたと言った良い。弾が貫いて失血死にいたらしめるという恐怖と暴力はスクリーンの中でのみ、誇張される。そんな時代遅れの、殺傷力で軍用獣に劣る武器が、ここ一か月ほどアルストロメリア市に不安感をもたらしていた。

 相次いで発見された二体の遺体は共通して、頭部の急所を撃ち抜かれていた。

 こんな事があるとアイラは、やっぱりね、と分別臭い気持ちになった。銃に犯罪のイメージは付き物だ。射撃の腕がよくても自慢にはならない。部下の前でひけらかすつもりはなかった。レストロイ城で役に立ったのも偶然みたいなものだ。そうやって、特技を否定的に俯瞰する癖がついている自分が少し、寂しい。

 聞き込み中に、不審車両を見逃さなかった。職務質問した運転手はなんと、自殺目的で実弾入りのピストルを隠し持っていた。異例の連続射殺事件の真相は、連続自殺幇助事件であった。自殺希望者は代金を払って一丁のピストルを貸り受ける。自殺幇助犯の手持ちであるミルホッグが自殺完了を見届けると、現場からピストルを回収。また次の自殺希望者の手に渡る、というサイクルが回されていたのだ。
 拳銃加重所持で現行犯逮捕した運転手の証言から芋づる式に、幇助犯も逮捕できた。
 小太りの男は報酬を薬物に費やしており、取り調べ中もテンションが高かった。
「死にてえのに死ねない人間は、不幸だ! ピストルなら一発パン。で、終了。逝った奴ら、これならもう失敗しないって喜んでたぜ。こんな便利な道具、なんで政府は世の中から無くしちまったんだ? 人が楽に死ねる権利を奪ってる、クソ食らえ! いひっひひ……寝るな、聴け、お前!」
「おお、すまん。お兄さんの演説に興味ねえから」
 地元警察の刑事ポワロ・フィッシャーは寝ぼけ目をこする。
 取り調べ官の片割れを務めるアイラは横目を使い、居眠り常習犯を無言で諫めた。
「どうやってピストルを手に入れたか、詳しくお答えいただけますか」
 質問役が若く生真面目な少女に移ると、小太りの幇犯助は引き笑いをした。
「さっきも言ったろ上玉ちゃん! サービスしてくれたら、全部吐いてやるよ」
「かったりぃ。いいや、しばらく休憩するか。ロングロードも気分転換してきな」
 

 アイラの直属の部下二人は別室で、自殺を企てた加重所持犯を取り調べていた。会社をクビになり、関係の冷えていた妻にも逃げられ死のうと思い、直前で急に怖くなった、と供述するのは、頭頂部の薄い、気が小さそうな中年男性だ。おどおどして、口元に薄っぺらい愛想笑いを浮かべている。まともに人の目が見られない。
「り、理解できませんよね、こんな動機。君たちみたいな、若くて、勝ち組には……」
「勝ち組? どのへんが? こいつの傷跡見ても、そう言えるんすかね」
 呆れたミナトが親指で、隣にいる金髪の少年刑事の右頬を差し示す。
 冷静な表情のキズミは黒髪の少年刑事の手首を掴んで、下ろさせた。
「夫婦内の不和は、ペットの臭いが原因だそうですが。今はどうしていますか」
「ぼ、僕は、好きな香りでしたよ。死んだら飼えないと思って、捨てました……」

 置き去りにしようとして言うことを聞かなかったので、用事が済んだら迎えに行くと嘘の約束をしたらしい。無責任だ。出発前にデスクの上を軽く整頓するキズミの仏頂面には、被疑者への不平が表れていた。取調室に残るミナトからサポート役を二体、預かった。捨てられたペットもとい、逮捕前日に逃がされた参考獣を、これから捜しに行く。
 茶飲み休憩を取っていたアイラが「手伝うわ」と自席から立ち上がった。
「後ろに乗せろって事ですか? 嫌です。俺はよく、バイクで事故るので」
「それでミナト君、新品弁償してもらえたらラッキー、なんて皮肉を言ってたのね」

 ついて来させないようにしようと、キズミは断る理由を探した。

「警部補の手持ち、クラウひとりですよね。ミルホッグの事情聴取に立ち会い中では」
「迷子の保護なら、それほど危険はないでしょ? それともあなたも、女は腕力がないから邪魔とでも言いたいの? デスクにかじりつくより、外で動きたい気分なの。それに私、部下を監督するために本部から来たのよ」
 バイクの鍵貸して、とアイラは運転する気満々で手を出した。
「ライキの時はあなたが後ろだったでしょ。ね、ちょっといい? ネクタイ歪ん――」
「自分で直します。運転も結構です」
 言いながらキズミは、襟下の結び目をいじられる前にスッと後ろに躱した。
「あなたに怪我をさせたくないんです。その、つまり、後が面倒なので」
「治療費を請求されたくないってこと? 失礼ね。いいわよもう、安全運転でお願い」


 のろのろとミナトのオフロードバイクを走らせるキズミ。安全運転のリクエストを真に受けすぎている。前のヤドン・タクシーを追い抜かしてもいいのに。と、タンデムバーに掴まるアイラは歯痒かった。
 くんくんひくつかせている鼻面は、違う意味で気が休まらなかった。アイラとキズミの間にぎゅうぎゅうに挟まれている、ぬいぐるみのようにもふもふしたガーディ=銀朱。災害系救助犬並みに、空気中の浮遊臭を嗅ぎ分けるのは得意なのだ。
 風下がうまく機能する前に、旧市街のさびれた一角に到着した。
 被疑者が捨てたと証言した現場だった。警察犬の基本中の基本、固定臭の探知へ切り替える。とうとう、恐れていた臭いと対面してしまった。ガーディがウッと青ざめる。ネイティ=麹塵がテレパシーで人語に通訳した。鋭い嗅覚が嫌々たどる進路に付き添う道すがら、キズミと知り合いの市民が顔を合わせた。
 お決まりの挨拶みたいに、いつもペアを組んでいる親友の不在を突っこまれた。
 
「あのスケボー小僧によろしくな! 少年!」
 と、キズミの背中を張り飛ばす、タトゥーだらけのガソリン・スタンド店員。

「それでかあ。金城の単車、なんであんたが乗ってんのかと思った」
 と、ハスキーボイスがセクシーなミートパイ売りの女性フードトラッカー。

「早く見つかるといいですね! 頑張ってください、ミナトのお友達さん!」
 と、元気に手を振る、マメパトを肩に乗せたスポーツクラブ帰りの女子大生。

 目の前にいる金髪の刑事より、タイプの正反対な、人当たりのいいミナトのほうが好かれている。分かりきっていた事だ。アイラは苦笑を潜めた。キズミの態度は損していると思う。そっけなくて近寄りがたいから、中身に良いところがあっても伝わりにくい。まだ完全には仲直りした訳ではないけれども、自分なんてこの間まで、性悪男だと思い込んでいて、まるで敵同士のようにいがみ合っていた。
 ミートパイを買ってもらい、やる気を見せていたガーディがついに音を上げた。うるうると涙目で訴えられるキズミ。ネイティの通訳なしでも、臭いの我慢はもう限界だと汲み取れた。モンスターボールに戻して休ませる前に、毛むくじゃらの頭を撫でてねぎらった。敏感な鼻には虐待じみていただろうに、よく頑張ってくれた。
 この近辺から考えうるゴールを割り出すと、候補の第一位は、環境センターだ。


 見学ガイド係の職員が、施設内を案内してくれることになった。
「刑事さん達、お似合いだと言われません? 職場恋愛とかは?」
「ないです」
 キズミに即答を先越された。妙に癪に障り、アイラは心の中でそっぽを向く。
「にしても、お若いですね。もしや十代?」
 ヘルメットを被った作業着の男性職員は、歩きながら世間話にそつがない。
「両方とも十七です」
「勝手にバラさないでくれる? あと私はまだ十六よ」
 警部補はまだ誕生日が来てないのか、と晩夏生まれのキズミは漠然と知った。 
 職員は「やっぱり! こないだ来た生徒さんらとタメじゃなぁ」と笑顔になる。
「僕はそのくらいの歳まで、旅のトレーナーやってたんですよ」
 栄えあるリーグ出場を懸けた公認ジムバッジの獲得。研究者の調査手伝いに、モラトリアム。ポケモントレーナーが各地をめぐる目的はさまざまだ。年齢層は十代が最も厚い。根深い社会問題であった、新人トレーナーの犯罪被害は法整備により減少した。冒険マニュアルに従い、勇気と無謀をはき違えさえしなければ、安全に旅ができる。
 トレーナー育成を奨励するタウンマップ加盟自治体では、福祉的サポートが受けられる。年齢が上がっていくにつれ、最低限の衣食住が保障される権利の審査は厳しくなる。賞金制バトルで手堅く稼げないアマチュアの多くは生活難にあえぐ。リタイアした青少年は就職するか、資格や学歴取得に向けて勉学に励むか、アルストロメリア市を含む文化圏では大きく二つに分かれていた。

「勉強嫌いじゃけぇ就職したのに、職も地方も点々と。ここも最初はアルバイトで拾ってもらったんです。旅の経験は仕事に生きてないですけど、青春じゃったなー、とは思いますよ。はい、着きました。ここがプラットホームです」

 大型倉庫の中にいるような眺めだった。腐敗臭が外へ漏れないよう、収集車の出入口ドアは自動式になっていた。発見の遅れた変死体の放つ強烈さに比べれば、マスク必須というほどの苦行ではない。収集車が投入扉から地下ピットへ下ろしたゴミは、中で待機している処理班の食料になる仕組みだ。
 腹を空かせて侵入した野性個体は、プラットホームで食い止められる。下手に追い出すと近隣のゴミ置き場を荒らしたり、収集車を強盗まがいに襲うこともある。そこで片隅に、分別されてリサイクルセンターに回される資源ごみの一部が積まれていた。不衛生な生ごみには魅力が劣るものの、食べ放題には抗えないようだ。野性らしきヤブクロンとダストダスが群がっている。
 強引にくっついて来た立場なので、アイラは口を出さずに部下を監督した。
 あのダストダスの顔は、押収した写真と特徴が一致している。
 キズミが被疑者から聞き出した名を呼ぶと、反応した。警戒しながら寄って来た。
「麹塵、頼む」 
(くっさ! こんなとこでボールから出すとか、イジメじゃん)
 口頭で本体確認をする。戸惑い気味に返ってくる答えの、通訳をさせられる。
 疑いない。連れ帰りに来たペットだ。ネイティは猫なで声のテレパシーで憐れんだ。
(ああ可哀想。人間ってサイテー。ホントはキミ、捨てられちゃったんだよ!)
「麹塵!」
 怒鳴ったキズミを嘲笑い、すたこらさっさとモンスターボール内へ引き上げた。
 ご主人様が裏切るなんて信じられない、とショックを受けた顔にそう書いてあった。叫び声。ヒステリックに噴射される、体内の毒煙。上司と職員を庇い、まともに食らったキズミが立てなくなった。むせている職員が肩を支える。パニックになったダストダスが出口へ駆け出していく。アイラが咳き込みながら追おうとした。一人で行かせたら危ない。キズミは気合で痺れる手を動かし、球の中央にある開閉スイッチを押した。
 大切なアシスタントだ。ファーストのような目に遭わせたくなくて、極力怪我をさせないように苦心してきた。自分が第一に戦うという信条を曲げ、失いかねないものを覚悟して、声を張った。

「さ……いみん、術!」

 ラルトス=ウルスラは胸を締め付けられる思いで、逃げる背中に手をかざした。
 指示にそむけない。痛いほど読み取れる感情を、切り捨てるような真似はできない。
 
 特性『シンクロ』由来のフィードバック。

 電流を浴びせられるような激痛が起こり、キズミの脳を悶えさせた。
 この程度の、補助技の影響にすら、耐えられないところまできている。
 ぼろぼろの健康状態をうとむ意識が、ヒューズが飛ぶようにフッと途切れた。

レイコ ( 2021/07/09(金) 13:39 )